第4話 一緒にいても

 街の中、智介ともすけは得意技の独り言をつぶやいていた。


「いろいろあったけど……取りあえず今日のデートに集中せなアカンな。それにしてもマキから呼び出してくれるなんて、珍しいこともあるもんやな。気合い入れていかなアカンな」


 仕事がなくなろうが干されようが、マキは智介ともすけの大切な彼女である。


 いつもデートは智介ともすけから誘うのだが、今回は珍しくマキからのお誘いだった。


 できる限りの一張羅に身を包み、智介ともすけはマキの到着を待っていた。


「おまたせ」しばらくして、カジュアルな服装に身を包んだマキがやってきた。「急に呼び出してゴメンね。ちょっと伝えたいことがあって」

「お、おう……」伝えたいことはなんだろう。緊張してしまう。「マキからの呼び出しなら、いつでも嬉しいよ」

「ありがとう」


 相変わらず素朴な笑顔であった。

 

 智介ともすけはマキの笑顔がとても好きだった。上品でおしとやかで、優しい笑顔に見えた。


 そして彼女のトレードマークでもある黒い日傘。彼女は昼間に出歩くとき、絶対に日傘を持ち歩く。紫外線対策、というやつだろう。


 彼女はその笑顔のままに言った。


「……最初に伝えないと言いづらくなるから、言うね」なにを言われるのだろう。「私たち、

 

 ……


 ……


 なんか嫌な予感はしてたけどさぁ……なんとなく、そんな雰囲気はあったけどさぁ……


 ……


 マキは言う。


「あんまり驚かないんだね」

「……予想はしとったからな……」智介ともすけはマキのことが好きだが、マキは智介ともすけのことが好きではないのだろう。「……そらそうやんな……ワシみたいに金のない、売れない若手芸人なんかと……マキみたいな美人がいつまでも付き合ってくれるわけないやんな」

「ん……」マキはあくまでもいつも通りに、「売れないとか、お金がないとか……そうじゃないよ。それは出会った頃と変わってない」


 それはそう。智介ともすけはずっと金欠気味だし、売れているとは言い難い。


「……じゃあ、なんで?」

「……智介ともすけは……なんでお笑い芸人やってるの?」


 なぜ今さらそんなことを聞くのだろう。


「それは……人の笑顔が好きやから」人の笑顔が見たい。だから自分のネタで笑わせたい。「笑われたってええねん。それでその人が笑顔になってくれるなら」

「うん」マキは頷いてから、「別れる理由は……智介ともすけと一緒にいても、笑顔になれないから」


 ……笑顔になれない……


「……そりゃワシは……おもんないことを言うことも多い。スベることだってあるけど……結構マキのことを笑わせてたと思ってたんやけど……」


 マキはよく笑ってくれる人だった。智介ともすけの他愛ないギャグやツッコミにも好意的な反応を返してくれた。


 それらはすべて愛想笑いだったのだろうか?


智介ともすけがつまらない、って言ってるわけじゃないよ。智介ともすけのことは面白い人だと思ってる。なにより……私の笑顔が見たくて頑張ってくれてるのは伝わってた。スベることも多かったけどね」


 ……ボケる以上、スベるのは仕方がない。それを怖がっていたらお笑いはできない。100スベリ1ウケだ。100回スベって、1回でもウケるのなら智介ともすけは何度だってボケる。


 マキは続けた。


「面白いとか、面白くないとか……そういう話じゃないの」

「……でも笑顔になれないって……」

「ありがとね、智介ともすけ」マキは智介ともすけの言葉には答えずに、「あなたといた時間、楽しかったよ。智介ともすけなら……私より良い女性になんて、簡単に巡り会える。新しい恋を探して」


 そのままマキは背中を向けて、智介ともすけから遠ざかっていった。


 声をかけたかった。呼び止めたかった。でもできなかった。そんな気力は残されていなかったし、マキが自分と別れることを望むのなら、受け入れるべきだと思った。


 ……

 

 ……


 仕事も、彼女も、未来も……

 

 全部なくなってしまった。

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