第3話 知ってることだろ?

 支配人がアイドルの女の子を襲っている現場を見てから、3ヶ月が経過した。


 都会の街は人が多い。ザワザワとした喧騒。立ち並ぶビル。悪い空気。それらは智介ともすけにとって都会の象徴だった。


 智介ともすけは寒空の下、友人のお笑い芸人と通話をしていた。


『お前……支配人に謝れよ。そうしないと干されたままだぞ?』


 干される。


 あの一件以降、智介ともすけは舞台に立っていない。つまり仕事がない。


 友人は続ける。


『あの支配人……評判は悪いけど、このへんでは有名な人だ。力も持ってるし金も持ってる。あの人に逆らったら芸人人生が終わるってのは、お前も知ってることだろ?』


 あの支配人に意見をして、そのまま芸人を辞めさせられた先輩を何人か見てきた。


 売れない芸人はギリギリなのだ。バイトをしながら食いつないで、なんとか舞台に上がっている。その舞台を取り上げられたら、夢を打ち砕かれてもおかしくない。


『お前も……もう金なんてないだろ? プライド捨てて頭下げればさ……あの支配人だって許してくれるだろ』

「……」

『そもそも、お前は何をやったんだ? なんで干されてんだ?』

「知らんかったんかい」


 全部知られてるんだと思っていた。


『噂では聞いてる。支配人が痴漢しようとしてて、それを颯爽と助けたんだろ? それで支配人には嫌われた』

「尾ひれがついとるな」

『あの支配人の女癖の悪さは有名だからなぁ……で、違うのか?』

「正解の部分と間違ってる部分がある。詳しくは話せない」


 話したら、あのアイドルの女の子の道が閉ざされてしまう。


 ……


 これは正しい選択なのだろうか? あの女の子がやろうとしていることは痴漢冤罪なのではないか?


 いや……実際に支配人は行為に及んだわけだ。それを利用されただけなのだから、冤罪とも言えないのか……?


 ……


 どっちなんだ? どうしたらいい……? やっぱり警察に言うか? しかしもう3ヶ月も経過してしまった。


 ずっと迷っている。どうしたらいいのかわからない。芸人という道を諦めてしまおうか、と思うほど悩んでいる。


 そんな智介ともすけに声が降ってくる。


 ビルの壁につけられた巨大なウィンドウが、とあるニュースを映し出していた。


 映画の舞台挨拶のようだった。きらびやかな衣装に身を包んだ演者たちが、舞台の上で談笑している。


 その中の主演女優が言った。


【まさか私みたいな新人に主演というものが与えられるとは、思っていませんでした。抜擢してくれた監督さんや、若輩者の私を支えてくれた偉大な先輩たち、そして視聴者様の期待を裏切らないように頑張りたいです】


 ……


 こうしてテレビを通じて見ると別人みたいだな。


 そのテレビの声は電話の向こうにも聞こえていたようで、


『その主演女優って、3ヶ月くらい前に一緒に舞台に上がったアイドルの女の子だろ?』支配人に痴漢されていた女の子である。『スゲェよなぁ……3ヶ月で一気に有名人だもんな。裏表なくて優しそうだし、好きになっちゃいそう。あのときにアプローチしとけばよかったかなぁ……』


 ……

 

 裏表なくて……と言われてもねぇ……


 智介ともすけはウィンドウを見上げて考える。その視線の先には主演女優として笑顔を振りまく彼女がいた。


 ……


 あの地位は自らの力で勝ち取ったものなのだろうか? それとも謀略の果に掴み取ったものなのだろうか? それとも、手回しも含めて自分の力なのだろうか?


 わからない……同じように夢を掴めば理解できるだろうか?


 そもそも自分の夢とは何なのだろう? 有名になることか? 金を掴むことか? 憧れの芸能人と共演することか? 


 ……


 なにか夢があってお笑いの道に入ったはずだった。


 なのに気がつけば……


 追いかけていた夢すらも、霞んで見えなくなっていた。

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