知識チートの黒髪黒目の少女は結局物理で異世界を攻略中！？

第4話 黒髪黒目の少女は神様を開放する

倒れた私を気遣うエルノールに「しばらく休んでください」と懇願されてしまい、あれから３日、私はベッドの上の住人となっていた。

にこやかにかいがいしく世話をする彼。

エルノールはとんでもなく優秀だ。

意識を取り戻してから3日、まるで揺り戻しのように思考が混濁することがあった。

意識がはっきりしているときは出来るだけ自分で着替えなどは行ったが、そんな状態の時には食事から着替えまで、てきぱきとこなしてしまう。

いくら意識が混濁していたとはいえ、されるがままの自分がまるで子供になったような気分だった。

調子のよい時に、流石にお風呂は自分で行ったが……

ついて来ようとしたので断ったらなぜかこの世の終わりのような顔をしていたっけ…

何はともあれ何から何まで彼は尽くしてくれる。

余りの甘やかされに、私は感謝を通り越し、申し訳ない気持ちの方が強かった。

※※※※※

「おはようございます美緒さま。……入ってもよろしいでしょうか」

ドアをノックしエルノールが問いかける。

すでに４日目の朝だ。

もう意識の揺り戻しも完全に落ち着いていた。

「どうぞ」

「失礼します」

可愛らしいクマのアップリケがワンポイントのエプロン姿のエルノールが朝食を持ってきてくれた。

美しい彼は何を身に着けても絵になる。

ホカホカと湯気を立て、良い匂いが部屋に充満していく。

彼の作る料理はとても美味しい。

この３日間のようにベッドの横のサイドテーブルに食事を置き、エルノールは当たり前のように食べさせようとする。

具合が悪かったとはいえ彼に「アーン」をされていたと思うと居た堪れなくなってしまう。

私は大きめな声でそれを遮った。

「あのっ、もう、自分で食べられます。その、ありがとう」

「えっ？ですが……」

「本当にもう大丈夫です。わあ、美味しそうですね」

何か言いたそうなエルノールから食器を奪い取り自ら食事を始める。

やっぱりとてもおいしい。

そんな様子をエルノールは残念そうな顔をしていたがすぐに優しいまなざしで見つめてきた。

視線を感じ顔を赤らめてしまうが……

（気付かないふりをしよう）

私は少し急いで美味しい食事を済ませていった。

※※※※※

食事を終え私は改めてエルノールに問いかけた。

まだ時間はあるとはいえ初期設定が済んでいない。

ゲームスタートまであと４年。

私はこの世界を救うため、選ぶルートを決めていた。

そのためには無駄にできる時間はない。

「エルノール、私はもう問題ないです。設定を行いたいの」

「っ！？ですが…」

「お願い。……時間がないの」

心配してくれるのはくすぐったいけど嬉しい。

でも本当に時間が惜しい。

私の真剣なまなざしにエルノールが折れてくれたようだ。

「……はい。承知しました」

つぶやくような彼の言葉は確かに私の耳に届いていた。

※※※※※

寝巻のような服だった私は手伝おうとするエルノールを追い出し、どうにか冒険者のような衣服に着替えた。

そして改めて私は驚愕の事実に気づいてしまう。

（うう、ぜったいに裸見られているよね？……何となくだけど体を拭いてもらった感触も残っているし…お、男の人に、エルノールに真っ裸を見られた！？……し、下着も清潔なものに変えられているし……うう、うああ）

ひとり悶々とし顔からは湯気が噴き出す。

（……わたし……ツルペタなのよね……ううう、もうお嫁に行けないっ！！）

何度か大きく深呼吸をし、心を落ち着かせた私は部屋を出る。

ドアの前で優しげな表情を見せる彼。

その余裕の表情に慌てふためいた私はなぜか悔しさをにじませてしまい、ついジト目を向けてしまった。

「…？？？どうされました？」

（……どーせ私なんか……彼カッコいいもんね。きっとこの世界は美女ばかりだから……私の貧相な体なんて……うう、やめやめ。それよりもっ）

私は大きく息を吸い込みエルノールに伝えた。

「な、何でもないです。さあ、私を連れて行ってください」

※※※※※

ギルド本部地下3階。

ここに来るのは2度目だ。

この世界の『設定』を決める重要な施設。

（この世界を創造したのは現在の封印されているあの子ではなく初代の創造神だったよね）

私はそんなことを想いながら自身の脳に直接植え付けられた情報から最適解を紡いでいく。

「扉を開きますね。設定を定めればあなた様の物語が動き出します」

「ありがとう。……あなたのおかげね」

私は扉を開くエルノールに笑みを浮かべた。

実をいうと私はすべてを掌握していた。

先の情報流入、すでにサブマスター権限までをも継承済みだった。

「……私はもう必要ないのでは？すでにマスターはほぼすべてを掌握されておられるようですが……」

若干寂しそうにエルノールがつぶやく。

だけど大きくかぶりを振り、私は真っ直ぐに彼を見つめ大きな声ではっきりと口にした。

「そんなことない。私はあなたが必要なの……だって！……私はすべてを救いたい……レリアーナも助けるつもりよ」

「っ！？」

レリアーナ・スルテッド。

銀髪の美少女。

ゲームの登場人物ではない。

だがラフ画の挿絵に、確かに描かれていた。

何より情報を得た今、現在彼女が生存していることを認識している。

ギルド長エルノール・スルテッドの唯一の肉親。

彼女の死をきっかけにエルノールはギルド長に就任するのだから。

分厚い取扱説明書の初期設定でさらっと書いてある一文。

ゲームの始まる前、つまり帝国歴26年に彼は最愛の妹を失う。

私は決めたんだ。

全てを救うと。

だから、遊んでいる暇などない事を自分が一番理解していた。

「協力してください。私はあなたを不幸にしたくない」

「っ！？……あ、ああっ！？……」

「？？？」

「し、承知しました………ありがとう、ございます……」

エルノールの瞳がわずかに滲んでいる。

一瞬彼の体が光に包まれた？

なんだろ？

ゲームには無かった新たなルートが開かれ始めていた。

※※※※※

『設定を行いますか？』

「はい」

私の返答と同時に数多のモニターがブンッという音とともに光りだす。

何度も見て、そしてともに戦った勇士たちの姿が表示されていた。

ゲームスタート時にまずはメインキャラクターを設定するところからこの世界の物語は始まる。

一番初めに選べるキャラは5人。

聖騎士ロッドランド

竜帝アラン

禁忌の魔女ガーダーレグト

農民レストール

町娘エレリアーナ

初期状態では必ず皇帝が狂い圧政を始める。

それを防ぐためにレジスタンスを結成していくのがこのゲームのメインストーリーだ。

でも今回はゲームではない。

私は自身の脳に刻まれた情報をもとに一番下の、さらに下へとコマンドを表示させる。

（やっぱりね）

空白の選択肢。

私はそれをためらいなく選んだ。

『……ジジ……エラー、エラー……選択を再度実行してください』

機械音がけたたましいアラートとともに警告を発する。

部屋全体がまるで生き物のように揺れ始めた。

「っ！？み、美緒さま？これはっ！？」

エルノールは眉を寄せ不安げに問いかける。

彼の情報にない事態なのだろう。

私はその様子にふっと表情を緩め、ゆっくりと返答した。

そして強い口調で命令を下す。

「大丈夫。私を信じて。……『ゲームマスター権限』です。速やかに選択肢を実行しなさい」

刹那全てのモニターが強い光を放つ。

余りのまぶしさに、エルノールは目を閉じた。

『……承知いたしました……『救済ルート』を選定いたします。尚、わたくし、メイン擬似人格を作成いたします』

「………ふう、あなたメチャクチャね。でも気に入ったわ」

光が収まると、そこには10歳くらいの赤毛の美しい少女が佇んでいた。

「設定完了ね。もう戻れないわよ？美緒、良いのね？」

「うん。よろしくね……リンネ」

※※※※※

リンネ。

正式名称『失われし三千世界の創造神リンネ』

最終隠しキャラで悪神の双子の姉という設定だ。

私が選んだ隠しルート『救済ルート』

ゲームには無い、新しいルート。

リンネはそれのカギを握る人物だ。

何しろこのゲーム、ものすごく時間がかかる。

最終最後に出てくるリンネはある特別なスキルを保持していた。

『時間流動』

任意で時間短縮、延長を可能とするチートスキルだ。

当然縛りはある。

だけど今回の『救済ルート』には必須のスキルだった。

このスキルのおかげで通常のルートではなしえないイベントが可能となる。

ほぼ同じ時間軸で交差する別のキャラクターとのイベントをしっかり押さえる事が出来る。

つまりより多くのキャラクターを救えるのだ。

本来リンネは実際のゲームでは19人のストーリーをクリアしないと出てこないキャラだ。

しかも彼女のルートは達成率100％でもほとんどの謎は解明されないままだった。

でも私はゲームではないこの世界、すべての情報を受け止めていた。

そして紡ぎだした自分が想う最適解。

私は転移した事が分かったときから決めていた。

全てを救うと。

絶対に救いたい。

私は20人全員を、関係する数百人を、そして悪神までをも救うつもりだった。