第3話 黒髪黒目の少女は情報を得る

どうやら彼は落ち込んでいたらしい。

どうしてそうなのか私にはわからなかったけど。


何はともあれ、ギルド本部の地下3階、ゲームでは出てこなかったフロアへと私はエルノールに連れられて来ていた。


「先ほどは取り乱してしまい申し訳ありません。美緒さまはお優しいのですね。私のようなモブにまで慈愛をくださるとは」

「も、モブ?いえいえ、そんな…」

「ふふ、良いのですよ。それよりもまずは説明いたしますね。今から向かう先は管理者施設です。ここで設定を行います」


彼は施錠されている扉に手をかざす。

魔力を込めたのだろうか。

幾何学模様の紋様が浮かび上がり施錠されているドアの表面に灯っていた赤い色がどんどん緑色に変わっていく。

その様子に私は感嘆の声を上げた。


「わあ、エルノール。魔法職なのね。……はあ、とっても奇麗」

「ふふ、お褒めにあずかり光栄です。ですがこれは管理者たる私の特権のような物です。残念ながら戦う力ではございませんよ。おっと、どうやらロック解除に成功したようです」


『プシュー』と音がし静かに扉が開いていく。

中は時代を間違えたような近代的なコンソール類で埋め尽くされていた。

私は恐る恐る中へと進んだ。


「モニター?……パソコンよね、これ……」


壁一面に黒々としたモニターが鎮座しており、大きなデスクにはノートパソコンのような物が青白い光に包まれていた。

パソコンの横にはタブレットのような物も並べて置いてあった。


「美緒さま、まだ触らないでくださいね。最終ロックを解除しないと……ふう。解除完了です。そこにある認証版に触れていただけますか?」


エルノールが指示したのはパソコンの横にあるタブレット。

どうやらこれが彼の言う認証版のようだ。

私はごくりとつばを飲み込みタブレットに自分の右手で触れる……刹那部屋中に七色の光が舞い踊る。


「ひうっ!?……えっ?えっ?……だ、大丈夫なの!?……」

「ええ。問題ありませんよ」


『認証完了……守山美緒をマスターとして登録いたします。サブマスター『エルノール』は速やかに管理者権限の引継ぎを行ってください』


電子音のような音声が流れ、同時に私の頭の中に概要が流れ込んでくる。

先ほどと同じ、頭がパンクしそうだ。


「くうっ、うあ……はあ、はあ、はあ………ふう、さすが2回目よね。さっきより情報とか少ないのかしら……!!?ああ、ああああああああああああああああああああああ……」


油断していたのもつかの間、激しい痛みとともに濃密な情報が脳に流入してくる。

先ほどの比ではない。

耐えきれず膝をつき頭を抱え悶え苦しむ。


「なっ?!ありえない。こ、こんなおびただしい量の情報流入など……文献と違う?!……美緒さま?美緒さまっ!!???……」


慌てふためくエルノールが何か叫んでいるようだけど……


私はなぜか『この人もこんな顔するんだな』とか激しい痛みの中そんな思いがよぎっていた。

彼が慌てて私を抱き起してくれる姿がスローモーションになり、私は意識を手放した。



※※※※※



私はエルノール。

エルノール・スルテッド。


スルテッド一族は創造神よりこの辺境の地『リッドバレー』に古より存在していた古代遺跡を管理する義務を課された一族だ。

創造神が我が一族の前に顕現なされてから早200年。

私は17代目の当主としてこの古代遺跡『ギルド本部』を管理していた。


ギルド本部に保管されている古い文献にある『ゲームマスター権限保持者』の伝承。

古代文字や神聖文字で記されているそれは殆ど解読が進んでいなかった。

だが各国の魔術師による長年の研究により一部が解読できたのだ。


曰く、


世界に暗雲たちこめる時、

かの者は違う世界より現れる。

限りなき英知で全てを救うだろう。


そう記されていた。


この世界は脅威に満ちている。

我々ヒューマンは短命で弱い種族だ。

魔獣や魔物、自然の驚異、そして我々の知らない超常の者たち。なす術がない中、その伝承は世界の唯一の希望だった。


まもなく訪れるであろう召喚の儀。

解読が進む中、それはもう間もないものだと確信していた。


一族に伝わる伝承と特殊な能力によりスルテッド家には大国である神聖ルギアナード帝国をはじめ多くの国家より、いくつかの特権が与えられていた。


何より創造神より直接の神託だ。

一国の王ですら侵害できない権力と、数多のアーティーファクトの所有権を得ていた。


しかし長い年月の中一部の国の権力者たちはその事実に異を唱え始めた。


「カビが生えたような古臭い伝承など時代遅れだ。そもそもあの一族だけに特権を与えるなど、許されざること。奴等だけに大いなる力を独占させるとことこそがこの世界の脅威ではないか」


そして始まる国による侵略。


もちろん多くの国は我々の味方だった。

鉄壁のアーティーファクトに守られたこの遺跡はあらゆる攻撃を防いでくれる。

だが我が一族の住む集落「エルトリア」は……

欲に目がくらんだ王国兵により、他国のスキを突いた電撃作戦でことごとく蹂躙された。


何とか当主たる父と家族はここギルドに逃げ延びることはできたが……

だが一族は4人だけとなっていた。


そして……

神の怒りなのだろう。

我が一族に牙をむいた国に魔物の大発生がおこった。


そんな中当主である父と母はその国を守るため命を散らしてしまう。

私には理解できなかった。

我らを滅ぼした奴等の為に命を散らすなど。


アーティーファクトにより父と母の躯はこのギルド本部へと転送された。

変わり果てた両親の姿に、私と妹は涙を流した。


その時私の頭に異変が起きた。

まさに今美緒さまが苦しむように、多くの英知が私の頭の中に流れ込んできたのだ。


私の本当の使命。

ゲームマスターの称号を獲得する『美緒』という異世界の少女の事を。


この世界の本当の存在理由、

そして……


大切なものとの別れる未来……我が妹の命がすぐに尽きる事実を。



※※※※※



シュンシュンと蒸気が噴き出す音が聞こえてくる。

部屋は温度と湿度が適度に保たれているようで心地よい。


どうやら私はベッドに寝かされているようだ。

私は徐々に沈んでいた意識が浮上していくのを感じていた。


「……あれ、わたし………」

「美緒さま、良かった……目を覚ましてくれて……」


気が付くとすぐ隣にエルノールが居た。

心配そうに眉を寄せ私の顔を覗き込んでくる。

さらには痛いくらいに手を握り締められていた。


よほど心配したのだろう。

彼の顔色が悪い。


目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


(っ!?近い、近いいいい)


私は至近距離の美しい顔と、手を握られていることにまた顔を赤らめてしまう。


「え、と……あの……エルノール?…その、手……」

「あっ、すみません…痛かったですか?」


慌てて手を放してくれるエルノール。


(ドキドキして気を失いそう!とか言える雰囲気じゃない?!)


私はぎこちない笑みで返答した。

きっといいように解釈してくれることを祈って。



※※※※※



どうやら知識の流入は予定通りだったようだが、あまりにも情報量が多かったらしい。

サブマスターとして知っている内容の範疇はんちゅうを超えていたそうだ。


「やはり美緒さまは選ばれしゲームマスターなのですね。……どうやら私がお伝えする必要がないようです」


なぜか寂しそうに笑うエルノール。

すでに彼の持つ権限はすでに私の中に備わっているようなのだ。


私は彼を見つめる。

うれいを帯びた表情も又美しすぎる。


「心配かけてごめんなさい。でも私はあなたから色々聞きたいと思うわ。これからも私を助けて欲しい」


エルノールははっとしたような表情を浮かべ……

そして蕩けるような笑みを浮かべた。


「……ああ、やはり。……貴方がマスターで良かった……はい。誠心誠意、命果てるまでお仕えいたします」


膝をつき首を垂れた。

まるで騎士の誓いのよう。


(………重いよ!?)


私はその様子を、顔を引きつらせながら眺めていた。



※※※※※



情報の流入で倒れた私は丸一日意識を失っていたそうだ。

目が覚めても覚めない夢。


私は目覚めたら日本のあの部屋にいると思っていたのだけれど……


どうやら本格的に私はゲームの世界へと転移したようだった。

今私の頭の中には膨大な情報がひしめき合っている。

そして時を追うごとに整理され最適化されているらしい。


「……ステータス」


一人になったタイミングで私は自分を確かめてみることにした。


(まさか大人になってこんな恥ずかしいセリフを言う事になるとは……)


思わず顔が上気してしまう。

頭の中にウインドウらしきものが認識される。


※※※※※


名前:守山美緒

種族:ヒューマン

性別:女性

年齢:18歳

職業:軍師

固有スキル:統括・指揮・任命・同期

保持スキル:鑑定・解呪・超元インベントリ

レベル:01/99


称号:ゲームマスター


※※※※※


「……ふう。これは本当にゲームの仕様と同じだね。何故か若返っているし。多分ゲームスタート時、帝国歴29年の時に22歳になるように調整された?のかな……隠し要素は見えない……か。まあ、レベル最低だもんね……知らないスキルもあるし…」


とことんやり込んだゲームだ。

今の状態が『初期状態』という事は美緒が一番わかっていた。

細かいステータスはレベル30以上で解放されるはずだ。


「……でも……私も鍛えれば強くなれるみたいだ。ゲームでの私の役目は指示のみだった。そして当然だけどスチルすら存在しなかった。でもここは多分現実の世界……」


想いを馳せ私は再度身震いしてしまう。

そう、いま私は他のメインキャラクターと同じ舞台に立っていることに気づいていた。


「……鍛えなくちゃ。……そして私はこの世界を救うんだ。大好きなみんなを絶対に不幸にはさせない」


所詮はゲーム。

当たり前だが創作の世界だ。

でも私は確かに彼らとともに戦ってきた。

そして散る命に涙し、幸せをつかむ仲間に心の底から祝福していた。


私は現実に上手に適合できなかった。

でも今は……


「ここが私の生きていく世界だ!!」


こぶしを握り締め私はひとり決意に燃えていた。

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