第2話 黒髪黒目の少女は獲得する
「えっ!?」
気が付けば何もない白い空間に、私は佇んでいた。
「……夢?……イタっ………ええっ!?……」
思わずほっぺたつねっちゃったのよね。
けっこう痛かった。
(夢じゃない?!)
(……私ゲームをクリアして……そのまま寝たはず……よね。………ここどこ?)
(………………何もない?)
私がずっとやっていたゲーム。
最初に訪れる『始まりの間』に、今思えば似ていた気がする。
なぜか私は上等なローブな様なものに包まれていたし?
しっかり見たことないような高そうなブーツまで履いている?
そして私は彼と出会う。
※※※※※
パチパチパチ
「っ!?」
突然拍手の音が聞こえてきた。
思わず肩をはねさせる私。
視界の隅に、突然執事服を着た美しい青年が現れ、慈しむ様な表情を浮かべ拍手をしながら近づいて来た。
意味が分からない。
……でも、銀髪にやさしげなクリアブルーの瞳……
「美緒さま、ゲームマスターの称号取得おめでとうございます。ああ、申し遅れました。わたくし『エルノール』と申します。以後お見知りおきを」
「っ!?エルノール??様!?……ギルド長????」
そうだ。
私の推し、エルノール様。
彼はいわゆるチュートリアルの役割、NPC。
物語が始まるまでの案内役。
残念ながら彼は物語のキャラクターではなかったんだ。
「ふふっ、まさか私のことまで認識されておられるとは……流石美緒さま。感服いたします。以後私の事は『エルノール』とお呼びくださいませ。敬称は不要でございます」
はあ。
なんて素敵……
美しい彼の所作に見とれてしまう。
でもそれとは裏腹に私の困惑はますます深くなるばかりだった。
「あ、あの……ここはいったい……」
どうにか絞り出せたのはその言葉。
そして見れば見るほど彼は美しい。
ドキドキと鳴る鼓動がうるさい。
不安と嬉しさが混ざり合い私の思考はぐちゃぐちゃだった。
彼はにっこりとほほ笑むと私の手を取り……
跪き口づけを落とした。
「っっっ!?」
心臓が飛び出すかと思った。
ぐちゃぐちゃな思考は完全に吹き飛ぶ。
体は硬直してしまう。
卒倒し倒れなかったのは奇跡だ。
「ふふっ、可愛らしいマスターですね。もちろんご説明いたします。取り敢えずお茶の用意をいたしますのでそこのテーブルにおかけください」
そんな私に彼は茶目っ気たっぷりにウインクする。
そしてパチンと指を鳴らした。
気付けばテーブルと椅子が出現し、お菓子とティーセットまでもが現れた。
ゲームの時よりも少し若く見える彼。
見た目通りの紳士だった。
彼は椅子を引いて私をエスコートしてくれた。
夢見心地で椅子に座る私。
もう何も考えられない。
ぎこちなく紅茶を口にし、今までの人生で見たことのないような上品なお菓子を一つ口に放り込んだ。
そんな様子の私を、目の前に座るエルノールは慈愛の籠った瞳で見つめる。
「さて、美緒さま。改めて『ゲームマスターの称号』の獲得、おめでとうございます」
「はえ?」
(ゲームマスターの……称号???……緊張しすぎて変な声出ちゃうし……恥ずかしい)
赤く染まる私の顔。
「ふふっ、本当にあなた様は可愛らしい。ええ、そうです。美緒さまは唯一全てをクリアーなされたのです」
突然彼の後ろの空間に現れる映像。
今まで私がクリアーしたゲームの情景……
それが果てしない物量でいきなり表示された。
「っっ!!??」
そしてその情報が私の脳に直接流入を始める。
余りの情報量に頭を抱え、飛びそうになる意識に歯を食いしばり抵抗していたんだ。
まさにパニックだ。
※※※※※
どのくらいの時間が経過したのか分からない。
気が付けば私はゲームのオープニングで表示される、美しい帝国を見渡せる小高い丘の上に佇んでいた。
「……キレイ」
幾度となく画面越しに見た風景。
でも。
青い空は抜ける様で。
頬を撫でる風が心地よい。
天を優雅に舞う大型の鳥の魔物の鳴き声が耳に届く。
自然豊かな大地の匂いが鼻腔をくすぐる。
足元の草の感触が、ブーツ越しに感じられた。
直感してしまう。
今私は『現実に』ここにいる。
「……えっ!?」
そして隣には輝く銀髪を揺らすエルノールが私の肩に手を置いていた。
慈愛を纏う彼のクリアブルーの瞳が私の瞳をまっすぐ見つめて……
「!!??!!???」
「さあ、始めましょうか」
その言葉とともに景色が一瞬で変わる
気が付けば私はなじみ深いギルドマスターの椅子に座っていた。
※※※※※
『魔に侵されし帝国』
このゲームにはある都市伝説がささやかれていた。
『100%攻略すると異世界に転送される』
そんな噂が界隈をにぎわせていた。
シナリオをオールクリアしたものは現れていた。
しかし誰も攻略率100%に届かない。
選択肢を全て試しても96%で頭打ちになってしまう。
「これはもうバグだ」
誰しもがそう吐き捨て、そして多くが脱落していく。
しかし。
10年の時を経てついに達成者が現れた。
私、守山美緒、22歳。
発売当初12歳だった私は長い時を費やしてその深淵にたどり着いた。
なぜ今まで誰も100%に到達できなかったのか。
実はプレイ時間が重要だった。
最低条件として3,500時間。
そしてスチル鑑賞200時間。
条件を知らなかった美緒だったが彼女の執念はいつの間にか最難関のミッションをクリアしていた。
※※※※※
理屈は分からない。
とても現実とは思えない。
だけど……
私は今、推しである『エルノール』を傍らに、ギルドマスターの椅子に座っている。
そして今になり沸々と湧きあがる興奮に自身の体が震えていることを自覚した。
「美緒さま、いえ、マスター。指示を。私はあなたのしもべでございます」
「……ねえ、エルノール?これは現実ですか?」
エルノールは優しく微笑み、大きく頷いた。
「はい。あなた様は成し遂げたのです。そして称号を得られた。『ゲームマスターの称号』を。その忍耐力と英知でこの世界をお救い下さい」
これは夢だ。
たぶん私は寝ている。
でも。
こんなチャンス、2度とない。
大好きだったこの世界。
夢でも良い。
だって。
私は今ここにいる。
※※※※※
「……概要を教えてください。もうゲームは、物語は始まっているのですか?」
「ふふっ、流石美緒さま。いいえ、今は帝国歴25年でございます。まだ勇士たちは殆どが少年少女でしょう」
ゲームの開始は帝国歴29年。
つまりまだ皇帝は狂っていない。
いや、即位すらしていないはずだ。
帝国歴28年の冬、かの皇帝はある事件で悪神と遭遇する。
前皇帝であるドイラナード陛下がその事件で命を落とし継承するためだ。
革命騎士レストールでさえこのタイミングだと農民のままのはずだ。
「……目的、いえ、クリア条件は?」
エルノールはにっこり笑い私を見つめ口を開いた。
「この国、いえ世界の平和と悪神の消滅……そして、マスターである美緒さまの幸せな結婚でございます。ありていに言えば『逆ハーレム』でしょうか」
「……………はい?」
えっ?
なんて言った?
私の結婚????
逆ハーレム????????
「この世界は美緒さまのいらっしゃった世界とは違う倫理観でございます。望むのならば全ての男性を複数人同時に夫にできますよ。もちろん私も選べます。ふふっ」
頬を染め目に色気を纏わりつかせるエルノール。
はうっ♡
カッコいい♡
そしてニコリとほほ笑み、長くしなやかな指で私の髪をさらりと撫でた。
「っ!!!」
えっ?
彼が…
私の髪を????
余りの衝撃に思考は吹き飛び言葉を失ってしまう。
「……まあ、あなた様が私を選ぶ未来は……来ないのでしょうが……」
愁いを帯びた横顔。
ああ、なんて美しいの?
私は息をすることも忘れるほど見蕩れてしまっていたんだ。
彼が何を言ったのか記憶がない。
それを認識する余裕は今の私には無かった。
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