第13話「あらたなるお着替えの世界」

 愛念が次に選んだデートスポットは、意外な場所だった。

 そして今、利好は試着室のカーテン越しに衣擦きぬずれの音を聞いている。いやあ、試着よりもまずあのすごいゴスロリを脱ぐのが大変なのではなかろうか。

 狭いカーテンの奥で、長身の愛念は着替えに四苦八苦していた。

 さりとて、手伝おうかなどとも言えず、ただ待つしかない。


「はっ! これはアニメやラノベでよく見る、というやつでは!?」


 説明しよう!

 試着室彼氏面しちゃくしつかれしづらとは、主にラブコメ作品で頻繁に散見されるシチュエーションである。ヒロインが服や水着を買うときに、必ず試着室から何度もカーテンを開けて、新しいコスチュームを見せてくれるというものである。

 それを見る主人公。

 その主人公ごと、ヒロインのお着替えを楽しむ読者や視聴者。

 これを業界では、試着室彼氏面現象と呼ぶ!(諸説あります)


「あ、あのっ、利好さん……どっ、どど、どうでしょうか」


 シャーッとカーテンが開いて、愛念が現れた。

 ご丁寧にウィッグまで交換してのチャイナドレス、しかし丈が短いのはサイズがあってないからではない。黒いタイツにお団子頭、そう、これは――


「うん、似合ってるよ。ストレートファイター2のコスプレだね!」


 そう、コスプレショップに二人は来ていた。

 そして、日本一有名な格ゲー女性キャラを愛念は着ていた。


「一番大きなサイズなんですけど、胸とかお尻がパツパツで……ちょっとキツいですね」

「愛念さん、コスプレもするんだ?」

「いえ、初めてです。ちょっと前から興味はあったんですけど」


 ここは秋葉原でも一番のコスプレ衣装専門アパレルショップだ。周囲には有名なRPGの勇者もいるし、セーラー服やナース姿、パイロットスーツの男女なんかもちらほら散見される。

 やはり愛念は規格外におっきな女の子なので、XLサイズでもキツいようだった。

 彼女はほかにも数点、試着を試みるらしく、再びカーテンを閉じる。


「ゲームやアニメの女性キャラって、かわいくて格好いいじゃないですか。そ、それに」

「それに?」

「コ、コスプレだったら、利好さんと一緒にお着替え楽しめるかなと思って」

「ああ、そういうことかあ。どうかなあ、僕は見た目は全然だし、体型もだらしないから」

「宇宙鉄道999の主人公とヒロインとか? いっ、いろいろあると思うんです」


 今は亡き巨匠の最高傑作、宇宙鉄道999……利好も幼い頃に夢中で読んだ記憶がある。謎の美女に導かれて、ちょいブサだが勇敢で優しい少年が旅をする物語。ちなみに、ヒロインがラーメンライスを好んだりと、謎のミステリアス感が好きだった気がする。


「そうか……というか、確かに身長差はそれくらいかもな。面白いよね、宇宙鉄道999」

「わたしは兄の影響でアニメから入りましたね。ほかにも」

「ほかにももなにも、愛念さんにはピッタリすぎて怖いくらいのコスがあるんだけどね」

「えっ、そそ、そんなのあるんですか!?」


 そうである。

 大人気格闘ゲーム、キングス・オブ・ファクターズKOFに出てくる男装の麗人、バーの用心棒という、仕事中の愛念そのまんまなキャラがいるのだった。

 だが、それはあまりにコスプレとして新鮮味がない。

 そう思っていると、再びカーテンが開く。


「こ、これはどうでしょう! ……着物系は着やすいですね、結構」

マズレンマズールレーン信濃しなのさんだね」

「ほかには、聖剣乱舞流せいらぶの刀剣男児とかもいいかも、って」

「あのゲームのコスしたら多分、カメコさんやファンのおねーさんに囲まれ殺されちゃうよ、愛念さんなら」

「ふふふ、でもそうですね。……


 瞬間、利好はグラリとめまいがした。

 意識的に(作業は進めていても)考えないようにしていた原稿を思い出したのだ。

 そう、コミゲ……夏冬の一大同人誌イベント、である。もちろん、利好もロリ仲間のお手伝いで合同誌に参加している。もちろん、ロリコン漫画で成人男性用のものだ。

 だが、忘れていた。

 忘れようとしていた。

 新婚生活に浮かれるあまり、優先順位を意識的にさげていたのだ。それに、プロなので商業誌の原稿を優先していたのもある。


「……コミゲ、行きます?」

「すごく、すっごく興味あります!」

「うん、じゃあ、まあ……年末一緒に行こうね」

「はいっ! あ、あともう一着だけ試着いいですか?」


 うなずく利好を前に、愛念は満面の笑みで三度みたびカーテンの奥に消える。

 利好は利好で、脳内スケジュールを必死で更新していた。こういうのはありすが得意なので、あとで相談しよう。原稿も、まだ真っ白ではないから大丈夫、まだ焦るような時間じゃない。

 まぎれもなく奴な某主人公コ〇ラだって、脳裏に「遊ぼうぜ! まだ11月だ!」と言ってくれる。


「しかし、まいったぞ……でも、愛念さんが売り子してくれたら、みんな喜ぶだろうなあ。でも、ロリ同人誌の売り子がおっきな美女って、どうなんだろう」


 などと思っていると、今度は突然目の前に神が現れた。

 大人気漫画、ファイブダスター物語ストーリーズに登場する主人公、光の神様アマテラスだ。


「これなんか、作中のキャラクターがほぼ全員身長高いんで、サイズはばっちりですね」

「お、おおう……へ、陛下だ。陛下がおる」

「……でも、あの漫画のキャラクターって、貧乳傾向ですけどね……うう」


 ちなみにこの神様、男キャラである。

 だが、愛念の胸はバインバインに衣装の中で自己主張を繰り返していた。

 そして、それ以外は全く違和感がなく似合っていた。

 あとは原作再現するなら、赤いカラコンに太刀があれば完璧である。ただ、コミゲでは武器の類の小道具は持ち込めないのだが、それでも十分に愛念は神々しかった。


「あとは、バシャむすめのサイレンススズ――」

「いや、その胸じゃむりでしょ。完全な解釈違いになっちゃう。ミシアケボノとかは?」

「なんか、ボーノボーノいう子ですよね。……あの子の勝負服もかわいいですよね……」


 ちなみに、利好は真正のロリコンなので、貧乳問題には一家言ある。

 そして、そもそも『』という言語に問題意識が高い。

 なぜ、貧しい乳と書くのか。愛念のように大きな胸を気にする女性がいる一方で、小さな胸を気にする女性だって存在するのである。それをこともあろうに『貧しい乳』と表現するのはいかがなものだろうか。

 どうせなら『品のある乳』と書いて『品乳ひんにゅう』と呼ぶべきである!

 胸のふくらみは、あるかないかの微妙な境目を見極めるのが利好は好きだった。

 好きだったのだが……新妻がダイナマイトすぎて、最近信念が揺らいでいる。


「でも、こぉ、なんというか、貧乳という言葉は」

「利好さん? あ、あの」

「あっ! い、いえ、なんでもないんです!」


 どうやら声に出ていたらしく、気付けば利好はろくろを回す手つきで独り言をつぶやいていた。

 そんな利好を見て、愛念もクスリと微笑ほほえむ。


「ちなみに愛念さん、コスプレは、その……ゴスロリ趣味的には抵抗はないんですか?」

「ほへ? ああ、なんていうか、ゴスロリとコスプレは違うジャンルというか」

「同じお着替え趣味でも、違う……醤油ラーメンと味噌ラーメンみたいな?」

「どっちかというと、ラーメンとパスタくらい違います! ゴスはですね、奥が深くて沼も深いんですよ! で、多分コスプレも同じくらい、別の方向に深いです!」


 今度は突然、愛念が熱く論じ始めた。

 本来は冷徹で無感情な光の神様のコスプレをしているので、ギャップがすごい。


「ただ着て終わり、じゃないんです。着るまでも長い道のりで、着てからが本番なんです! ゴスがそうなので、コスプレも同じ感じじゃないでしょうか!」

「あー、なるほど。知り合いにコスプレイヤーがいるけど、まずは身体から作るって」

「そうなんです! わたしだって、食事に気を付けて……は、いませんね、結構食べちゃいます。それに筋トレ! ……は、やりすぎだって言われちゃいます。あれ? うーん」


 腕組み愛念は悩み始めた。

 でも、そうだと言わんばかりに手をポン! と拳でたたく。


「でも、着るまでも着てからも、みんなすっごく頑張ってると思います! 大切な趣味、大好きな服なので!」

「うんうん、愛念さんも頑張ってるよね。さっきの皆さんもすごかったし」

「ゴスを着たなら非礼や無作法は見せられませんし! 服に失礼ですし!」


 などと語っていると、突然グゥとかわいい音がなった。

 それで愛念が顔を真っ赤にして固まった。

 どうやら、彼女のおなかが空腹を訴えてきたらしい。


「そろそろお昼に行こうか。愛念さん、なにか食べたいものは」

「え、あ、お、おおう……ペコってしまいました。ええと、ゴスの時は主に」

「さすがにファーストフードはナシとして」

「ふふ、でも普通にファミレスとかで大丈夫ですよ。ちょっと悪目立ちしちゃうかもですけど」


 とりあえず、コスプレ選びはまた今度来ることにして、愛念はスマホにサイズや値段をメモした。

 このあとはまたゴスに戻って、利好と楽しいランチタイムである。

 ちなみに利好が一人なら、牛丼かラーメン、ハンバーガーで確定なのだが。

 だが、秋葉原には飲食店も多いし、ファミレスのチェーン店も充実してた。

 元のゴスに着替え終えて、愛念が出てくる。

 凛々しく美しい秋の女神は、ふと視線を鋭く店の外へと放った。


「ん? 愛念さん?」

「今……誰かがこっちを見ていたような」

「いやまあ、愛念さんなら何着てても目立つよ」

「そういう視線じゃなくて……もっと粘度の高いような。……気のせいでしょうか」


 時々愛念は鋭い気配をとがらせる。フィジカル的にも強靭な肉体を持っており、なぜか優れた格闘センスも持っている。

 この時はまだ、利好き「バーテンダーって大変だなあ」くらいにしか思っていないのだった。

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