第12話「イケメン写真家、現る!?」

 黄色い電車で二駅ふたえき、そこはサブカルチャーの聖地……秋葉原。

 そう、このたった二駅だけで、利好は思い知ってしまった、愛念が目立つ、とにかく目立つ。その長身とスタイルの良さ、加えてゴシックロリータの着こなし具合。

 さまになってて、多くの視線で妻が愛でられるのは複雑な気持ちだった。

 だが、秋葉原につけばそこはもう、愛念みたいな人がそこかしこにいる。

 それでもやっぱり、彼女の美貌は行き交う人々を振り返らせるのだった。


「実は利好さん。わたし、秋葉原に行きつけのカフェがあって」

「め、珍しいね……ゴスロリの人ってもっと、オシャレな街が中心なんじゃ」

「ふふ、そっちはそっちで楽しんでますが、今日はカジュアルなお店で利好さんと御一緒したくて」


 確かに、上京してから利好は一度も原宿や渋谷には行ったことがない。用もないし、どこか自分に異物感を感じる街だからだ。

 そこんところいくと、秋葉原は妙に落ち着く。

 かつての電気街は今、外国人観光客の行き交うデカルチャーな街になっていた。

 その中を今、愛念と並んで歩く。

 彼女が目指していた店は、意外にも利好がよく通る道の片隅にあった。

 喫茶『コロナ』と書かれた、どこかクラシカルな純喫茶風の店である。

 愛念が「ごめんください」とドアを開くと、チリリンと小さなベルが鳴った。


「いらっしゃい。おや、愛念ちゃん。……そちらの男性は?」

「あ、マスターにも御紹介しますね。わたしの旦那様です。先月、結婚しまして」


 その時だった。

 店のあちこちでガタン! と無数の女性が席を立つ。

 みれば、年齢層は多彩だが、みんな自慢のゴスロリ衣装で美しく着飾っていた。どうやら、愛念の馴染みの店だけあってそういう客層がメインらしい。

 みな、口々に挨拶と笑みで集まってくる。


「ちょっと愛念! 結婚したって聞こえたけど、本当? まーりーすー!」

「っていうか、今日のコーデも大胆ねえ。ほうほう、あそことあそこを混ぜて着るか」

「あーしは全身同じブランドで統一感出したいほうだけどなー」

「で、これが例の旦那様ね……なんか、パッとしない感じだけどかわいいじゃん」


 あっという間にゴスロリ座談会になってしまった。

 コーヒーを淹れているマスターが気にしていないということは、平常運航らしい。

 自分のホームタウンの意外な一面が見られて、ちょっと面白い。

 それに、一口にゴスロリといっても女性陣の着こなしはそれぞれ全員が全員違う印象を受ける。

 モノクロームの統一感や、黒一色の女の子もいる。

 ふりふりのリボンが散りばめられた子や、男装の麗人も印象的だ。

 その中で、頭一つ抜けて長身の愛念は、話の輪の中心でやっぱり目立っていた。


「あっ、ちょっとごめんなさい。利好さん、テーブルへ」

「うん。ゆっくりコーヒーでも飲んでるから、気にしないで」


 まだ午前中だし、ようやく街中の店が開き始めた頃間。休日の時間はたっぷりあるし、同好の志と華やいでいる妻はいいものだ。

 ほのぼのと見守りつつ、カウンター席に腰掛ける。

 すると、三つほど椅子を間に挟んだ隣で、スーツ姿の優男と目が合った。

 互いに目礼を交わしてから、利好はコーヒーを注文する。

 ゴスロリ天国の花々に目を細めて、ひとり心の中に呟く……愛念が一番かわいいのでは、などとのろけてみる。

 すると、知らぬ間に隣の椅子にイケメンが移ってきていた。


「彼女、いいよね。いつも堂々としてるけど、前より明るい印象がある」

「え、ええ。あの、失礼ですが」

「ああ、私かい? 私は西園寺景さいおんじけい、フリーのカメラマンさ」

「はじめまして、炉乃物利好です」

「噂は彼女から聞いてるよ。お互い創作仲間、よろしくね、エモえもん先生」

「なっ、どうしてそれを」


 景はさわやかな笑みで景は説明してくれた。


「私はよく、彼女たちに写真の撮影を頼まれるしね。愛念さんとも二人でスタジオを借りるけど、ちょっと前に結婚の報告を受けたし、その頃から少し変わったなと思って」


 そういえば、愛念は言っていた、

 新作の服や小物を買ったりして、ある程度溜まると写真を撮ると。

 スマホでの自撮りもするが、彼女が見せてくれたアルバムは確かにプロの写真家が撮った本格的なものだった。

 写真の中の愛念は、さながらゴスロリトップモデルといった感じだ。

 だが、ちょっとささいなことが気になってしまい、口にしようかと利好は迷う。だが、景は察したのか疑問に先回りして小声でささやいた。


「安心してほしいな、ええと」

「利好でいいですよ」

「ああ、利好くん。私は被写体とは特別な関係を絶対持たないんだ」

「はあ」

「それに、私は女性に興味が持てないからね。ただ、彼女たちは皆、美しい」


 それ以上はなにも言わずに、景は黙ってコーヒーを味わう。

 利好も、安心させてもらえればそれ以上は詮索無用だと黙った。

 だが、ゴスロリ集会はいよいよかしましく賑やかになってゆく。


「で、この間のバーゲンセールに並んだわけ! 朝の4時起きよ? 4時!」

「そうそう、そしたら凄い行列で……しかも、目の前で新作が売り切れ、最悪って感じ」

「それより愛念、カラコン変えた? コスパなら使い捨てもありなんだけど」

「むしろ眼鏡めがね! 伊達眼鏡でいいから愛念の眼鏡っ子姿とか見たいよ」

「だとしたら、コーデはそうねえ」


 凄く盛り上がってて、互いの着こなしを褒め合う愛念も楽しそうだ。

 そして、景もその光景に思わず両手の人差し指と親指でフレームを作る。


「今日はプライベートだからね、カメラは持ってきてないんだ」

「でも、この光景は少しもったいないですね。集合写真とかは」

「という訳で、今日はこいつの出番ってことになる」


 景はスマートフォンを取り出しカメラを起動する。

 本職のカメラマンがスマホで撮影だなんて、ちょっと意外だ。

 だが、景が言うにはカメラはしょせんはツールでしかないという。その時その瞬間を切り取るのに、高価なレンズもメーカー純正の高性能カメラも必要ない。

 気持ちとセンスだと、景は笑った。

 漫画家としてなんとなく、利好もシンパシーを感じる。

 そうこうしていると、思った通りにリクエストが来た。


「ねえ、西園寺さん! 久々にみんなで会ったんだし、一枚お願いできない?」

「今度の撮影会の時、お礼は弾むからさ」

「当然、愛念がセンターね。ほら、こっち来て」


 景がちらりとカウンターの奥を見やれば、マスターは黙って頷く。

 どうやら店内での撮影に問題はないようだ。


「どれ、それじゃあレディたち! とびきりの笑顔を頼むよ!」


 本当になにげなくスマホを構えて、本当に気楽に景はシャッターを切った。

 そして、その集合写真をすぐに彼女たちのRINEラインで共有する。

 利好も景と連絡先を交換し、その写真に思わず感嘆の溜め息がこぼれた。


「へえ、凄いや。景さん、っと、西園寺さん。素晴しい写真ですね、これは」

「被写体がいいからね。それに、気軽に景って呼んでくれるかな。勿論、友人知人枠だから安心してほしい。……なかなかに寂しいものだよ、こういう生まれと育ちは」


 生きづらさというものは、大なり小なり誰にでもあるものだ。利好なんかも、生まれた実家では家族に相手にされなかったし、友達もできなかった。

 放り出されるように上京して、祖母と暮らし始めたのが小学校三年生の時である。

 その時からずっと、絵ばかり描いててコミュ障で陰キャだった。

 だが、景のそれは利好より何倍も大変だったと思う。


「ま、私は私で楽しんでいるけどね。今はフリーってだけで、パートナーがいたこともあったし。っと、こんな時間か」


 景は腕時計に目を落として、席を立つ。

 清算をすませる景を、利好も立ち上がって見送った。

 そして、ゴシックロリータの女性陣が総出で景を囲む。


「せんせ、いつもありがとう! 今度またスタジオでねっ!」

「今度あたし、ボンテージ系とかにも挑戦したいの。そ、路線変更じゃなくてちょっとした興味だけど」

「さっきの写真、新しい待ち受けに頂戴しますね。ごきげんよう、西園寺先生」


 ずらり並んだドレス姿が、そろってみんなでスカートをつまんで一礼する。勿論、愛念も一緒だ。そんなモデルたちに対して、景もさわやかすぎるほどに白い歯をこぼす。


「じゃあまたね、小鳥ちゃんたち。また素敵な撮影会に期待してるよ。それじゃあ」


 颯爽とカメラマンは去っていった。

 利好も、新しい知り合いができて少し嬉しい。それに、なにげなくスマホで雑にざっくり撮影したにしては、頂戴した写真はとても素晴しいものだった。


「流石プロだなあ。僕も見習わなきゃ」

「あっ、利好さん。このあと、もう一軒ショップに寄ってもいいですか?」

「うん、構わないよ。午後は僕も神保町の本屋を回りたいし」

「神保町なら歩いて行ける距離ですね」

「いいけど……その靴で大丈夫? 凄いヒールだけど」

「鍛えてますから! みんなも同じですっ!」


 うんうんと女性陣は皆が頷く。

 ゴシックロリータとは、一に根性、二に体力、三、四がなくて、五に財力だそうだ。そう言って愛念は、笑顔で特盛チョコレートパフェを注文するのだった。

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