第10話「理想の妹、それは偽妹(ぎもうと)」
利好は昨夜、
深夜のちょっとした事件は、
ドタプン……は、いいとして、妻の裸とそのぬくもりと。
そして、思ったより怖がりで見た目に反して乙女なのだと知った。
それが悪くもなく、ただただ戸惑いの中にかわいらしさが感じられた夜だった。
「ふぁーあ、ふぅ……眠い」
昨日の
無論、まだ寝てる
それでも仕事部屋に顔を出せば、既に仲間が作業を始めていた。
「あ、お兄ちゃん。おはよ! ……なに、寝不足?」
「ああ、おはようありす。昨日の夜、ちょっとなー」
「グフフ、昨夜はお楽しみでしたね? この新婚さんめ!」
「そういうのはまだ……ただちょっと、気になることがあって」
先程、外に出てちょっと風呂場の窓を見てみた。
確かに、古い木造家屋なので微妙な高さに位置しているし、成人男性なら普通に覗き見れる目線の高さだ。一応、あとで業者に頼んで格子窓を追加しようと思う。
しかし、幽霊はないとしても……覗き魔はゴメン被る。
利好は自分なりに、妻をデバガメ野郎から守りたいと誓った。
「……という訳でなー、あんまり眠れなかったのさあ」
「へえ、覗き魔……この近所じゃ、あんまり聞かないけどねー」
「愛念さんが怯えちゃって、怖がっちゃって」
「そこでお兄ちゃんは、優しく抱きしめ? そのままベッドへ?」
「うんにゃ? ただ、シャワーの間ずっとドアの外にいた」
「うわー、
いいように言ってくれるなと苦笑しつつ、重い瞼をこすって仕事の準備にとりかかる。
その時、小さなノックの音にありすが「ほいよー」と返事をした。
入ってきたのは、寝ぼけた顔でパジャマ姿の愛念だった。
まだ半分寝てるのか、普段の凛々しい表情がぼんやりとしまらない様子だ。
「おはようございまふー、利好さん……昨夜は、あの、ごめんなさい」
「ああ、いいのいいの。あんまし眠れなかった?」
「あいー、なんだか怖くて……一緒に寝てもらえばよかったでふ……」
「い、いや、それは! その、まだちょっと早いというか」
ぼーっとした半目で愛念は周囲を見渡し、ありすとも挨拶を交わす。
そして、彼女は寝ぼけたままスマートフォンを手に取った。
『もしもし、こちらは警察です。事件ですか? 事故ですか?』
「あのー、旦那様がかわいいロリっ子を家に――」
「だーっ! 違う! 前もいったけど、ありすは幼なじみ! 覚えて、慣れて!」
慌てて利好は愛念に駆け寄り、そのスマートフォンを奪って通話を切る。本当に寝ぼけているのか、ぬぼーっと突っ立つ愛念は、スマートフォンを返してやると、その利好の手を取って引き寄せた。
突然の、朝ハグ。
むぎゅー、と抱きしめられて、胸の谷間にヘッド・オン!
わしゃわしゃと頭を撫でられ、手足の指先まで電撃が痺れるような感触に利好は震えた。
愛念さん、朝から破壊力がデカすぎます。
「はいはい、そういうのは二人きりの時にやってね」
「あいー、むふふ……利好さん、あったかーい」
「レンジに朝ごはん入ってるから、チンして食べたら二度寝したら? 仕事、夕方からでしょ」
「あい……ごめんなさい、なんか眠くて。起きたら洗濯とお掃除しますね」
ぽてぽてと愛念は下のリビングにいってしまった。
それを見送る利好は、まだ彼女の香りとぬくもりに包まれているみたいだった。その自覚があって、自然と
そして、ありすの
「お兄ちゃん、鼻の下伸びてる……すけべ」
「はっ! あ、いや、これは!」
「ロリ道一直線なくせに、大人の色香を覚えちゃって、まあ」
「ちちちちち違うわい! ……愛念さんはほら、澳さんだから」
「はいはい」
もうすぐ
今日明日頑張れば、来月号の原稿もめどがつきそうだった。
そんな中、アレコレ帳簿や経理もやってくれるありすはキーボードをたたく。パソコンの数字を睨みながら、彼女は意外なことを言い出した。
「あのさ、お兄ちゃん。ちゃんと愛念さんと絡んでる?」
「か、絡んでる、とは?」
「なんつーかさあ、まあ、新婚なんてそーゆーもんだろうけど」
ありすは、その小学生みたいな容姿でポンポン、ポンと会計ソフトをいじりつつ話す。
「ちゃんと愛念さんのこと、かわいがるんだよ? もっと距離感近くていいんだから」
「え、ええー!? そ、そんなこと言われても……あのなあ、僕は」
「知ってる。年齢イコール彼女いない歴、彼女の前に奥さんができたロリコンオタク」
「そこまで知ってるなら、あんまし高望みするなよなあ」
ありすとの付き合いが長いから、利好も彼女とだけは気楽に話せる。
異性を前にするとキョドってしまうし、まだまだ愛念とのふれあいもぎこちないし、向こう側が時々大胆なのでおどおどしてしまう。
ありすとはもう十年以上一緒なので、逆に異性を意識しなくていいのが楽だった。
ある意味ありすは、利好にとって理想のロリっ子だ。
だが、こう見えても成人女性だし、自分よりずっと恋愛や交際を知っている。
「そういや、ありす。……もう、漫画は描かないのか?」
「かかなーい」
「アシスタントは助かるけど、お前だって本当は」
「かきたいものなんてなーい。……思い出させんなって、お兄ちゃん。そういうとこだぞ?」
「……ごめん」
「もー、深刻な顔はやめなって。アタシ、今が一番楽しいし? アタシがいないとお兄ちゃん、結局なにもできないし。多分、愛念さんともナニもできそうもないし」
「酷い言われよう……でも、現実! これが現実!」
いつものペースだが、やはり今でも利好は気になるのだ。
以前は、ありすも自分で漫画を描いていた。利好と違って、いわゆるエロ漫画でも王道的なやつ、どういう訳か多彩なシチュエーションで恋愛と性交の耽美な作品を量産していたのだ。
そして、事件が起こった。
ありすはエロ漫画界の新星から、名もなきロリお姉さんになったのだった。
そして今は、利好のアシスタントをしつつ雑務全般を面倒みてくれる。
「ま、もう未練もないしね」
「などと言いつつ、こっそりネームを切ってるありすであった」
「ちょっとお兄ちゃん? 嘘なナレーション入れないでっての」
「いやでも、描いてるだろ? 僕、お前の漫画好きだったからさ」
無言がたゆたう。
重い沈黙の中で、ありすは観念したように溜め息をこぼした。
「……別に、
「気が向いたら見せてくれよな。あと、ヒロインはつるぺたロリっ子でたのむ」
「ばーか、見せないよ。……見せられないってば」
その時、バーン! と扉が開かれた。
朝食と洗顔を終えて、ツヤテカになった愛念が現れる。
そこには、少年のような、どこか大型犬のようなハスハスとした瞳が輝いていた。
「ありすさんも漫画、描かれてるんですかっ!」
「うわ、ちょっと……どうどう、どう、ステイ」
「わたしも見てみたいです!」
「見せないってば」
苦笑しつつ、ありすは両手で愛念の長身を押し戻す。
「それよかさ、愛念さん。次の土日、今の進捗状況だと休めそう」
「ほえ? そ、それって」
「アタシたち、こう見えても筆は早いんだよね。俊三さんもみずきさんも、めちゃプロフェッショナルだし。アタシのスケジュール管理は完璧だしね!」
「と、いうことは」
「お兄ちゃんとデートでもしたら? つーか、出会って結婚してから初デートって、順序がでたらめでしょ。あと、今日はアタシが洗濯機回しとくから二度寝しなって」
ありすは優しく微笑み、あっという間に話題を塗り替え覆い潰す。
そのうえで「お兄ちゃんはガンガン描いてね? 居眠りしたら蹴っ飛ばすから」と鬼の形相である。
やはりまだ、あの話題に触れてはいけなかったかと利好は内心で反省した。
ありすは確かに、ちょくちょく漫画やイラストを描いたり、ネームを切ったりしている。エロ漫画家をやめた今でも、むしろ少年視や少女雑誌向けの作品を創作しているみたいだった。
俊三もみずきも知ってて黙っている、だから利好ももうしばらく見守ろうと決める。
「えっ、でもお掃除とかも」
「そんなボケボケに寝ぼけてる愛念さんじゃ、バーのお客さんもがっかりするでしょ」
「でも」
「共働きの主婦なんだもの、甘える時に甘えといて。洗濯物はほしとくから、午後に掃除だけお願い。昼食はなんか、アタシが適当に作っておくから……大変だったよね、昨夜。覗き魔、ちょっと町内会で調べとく」
できる妹キャラ、有栖川ありす。とても利好の二つ下とは思えぬ仕事っぷりである。
そうして彼女は二度寝に愛念を追い出すと、再び机に向かって仕事を始めた。
その横顔を眺めて、利好はうーむと唸ってしまう。
「お兄ちゃん? ほら、手を動かして」
「いや……ありす、お前はさあ……理想のロリっ子なのに、なんであんまし心に刺さらないんだろうなあ。かわいくて妹みたいで、理想の体型で、オマケに成人済みで」
「バッ、バッカじゃないの!? お兄ちゃん……本気で言ってんの? バーカ、アタシだって好きでロリロリじゃないっての」
笑いつつありすが肩をすくめる。
そうしていつもの調子で、エロ漫画家エモえもん先生の一日が始まるのだった。
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