第8話「闇鍋パーティで叫べ、愛を!」

 愛念まりすの作ってくれた昼食は、利好はもちろんアシスタントたちにも大好評だった。

 まあ、ただの変哲のないチャーハンなのだが。

 ただ、五人分のチャーハンを中華鍋を使って、片手でガンガン炒めて宙に躍らせる姿はちょっと圧巻だ。まったく、どういう握力と腕力をしているのだろう。

 ともあれ、冷蔵庫のあまりもので彩られたチャーハンは美味しかった。

 その後、利好としよしたちが午後の作業に取り掛かる中、愛念も出勤していったのだった。


「えーっ! じゃあ、幼妻さん……じゃなかった、新妻さんいないんですか!?」


 時はすでに日も落ちて夕刻、夕食の場には編集担当者の所田ところだエリカが来ていた。

 夕食の時間は17時だったり21時だったり、締め切りが迫っていればおにぎりを食べながら作業続行ということも少なくない。

 それでも、今日はまだまだ余裕のある状況だ。


「で? エモえもん先生、?」

「それは大丈夫なんですけど、あの、所田さん」

「みなまでゆーなっ! そして聞けぃ! ガチのロリコンエロ漫画家くんが、でっかいゴスロリ奥さんをもらったっていうじゃない? 面白いから見に来たんだけど」

「いや、まあ、なんというか」

「でも、こうして夕食にありついて、おまけにビールまで。やや、みずきさん、どもども」


 いつでも笑顔のみずきにビールのおかわりを注がれ、エリカは上機嫌で鍋をつつく。

 利好はいつも、夕食はアシスタントの三人と一緒のことが多かった。

 歳をとっても俊三は健啖家けんたんかだし、漫画の仕事を完璧にこなしながらもみずきが夕食を用意してくれる。今日は珍しく鍋料理で、ありすもせっせと肉や魚を頬張っていた。

 世間的にはこれはまあ、ちゃんこ鍋亜種みたいなものだろう。


「で? エモえもん先生、どうですか! 新婚生活! いよいよ同居、始まりましたね!」

「え、まあ……とりあえず、原稿は普段通りに進んでます」

「いや、そーゆー話じゃなくてっ!」


 エリカは持参した手土産てみやげ一升瓶いっしょうびんを空けて、俊三とみずきのコップに注ぎ始める。本当に、仕事は関係なくてプライベートな訪問のようだ。

 それも珍しいことではなく、利好にとっては友人も同然の存在だった。

 漫画家と担当編集者、キッチリ線を引いて接しているが、こういう時間のエリカは別人である。ただの同じオタクにしか見えない。


「ときにエリカちゃんや、復刻したドラモンクエスト3はどうじゃったね」

「あー、今ようやく二周目っすねえ。俊三さんはやらないんですか?」

「すごろく場がないからのう……いやあ、昔はよかったんじゃがなあ」

「出た! 俊三さんの昔はよかったマウント!」

「よせよせ、エリカちゃんや。昭和生まれとしてはやっぱりのう」


 因みに、ドラモンクエスト3にすごろく場という要素が足されたのは、リメイク版である。ファミリーなコンピューターの時代には、そんなものはなかったことを利好は知っていた。けど、楽しそうなので黙っておく。

 それなのに、みずきが小さきメダルの話で、昔はよかったトークを蒸し返した。

 まあ、そんなこんなの晩餐ばんさんがいつもの利好の日常である。


「でもさ、お兄ちゃん。なんでガチロリなのに、愛念さんなの? 属性真逆じゃん」

「え、でもゴシックロリータだし、ロリロリで別によくない?」

「でも、大人の女の人でも好きになれるんだ……アタシ、結構びっくりなんだけど」


 この場の一同がウンウンと大きくうなずく。

 そりゃ、幼女や少女へのねじれた性愛をさらにこじらせているので、利好は反論の余地がない。だが。出会って僅かな交際期間しかないが、愛念が好きなことは確かだった。

 好きかどうかがどうこういう前に、なぜかお互いが人生の伴侶であるべきという妙な確信があったのだ。

 利好は、女性とのお付き合いは初めてである。というか、まともな友達すらいなかった。

 向こうも同じようだが、似ていても違う。

 愛念は夜はバーテンダーで仕事をしながら、颯爽さっそうとゴシックロリータで街を歩く美女である。ボーイッシュを極めたような容姿は、その肉体美だけが豊満な色香を発散していた。


「エモちゃんや、でもよかったよぉ。本当にいいお嫁さんじゃないかい」

「そうじゃそうじゃ。これでワシらも、心配なく成仏できるってもんよ」

「いやちょっと! 逝かないでくださいよ、軽々しいしシャレにならないですから」


 でも多分、祖母が生きていたら同じことを言うと思った。

 利好にとって家族と言えば、たった一人で自分を養ってくれた祖母のことばかり思い出される。田舎ながらもそれなりの名家に生まれた利好は、内気で内向的な上に漫画を描く以外はなにもできず、放り出されるようにして祖母の家に来たのだ。

 その祖母ももう、いない。

 祖母が暮らしていた部屋には今、特別な花嫁が今日から一緒なのだ。


「あとですね、皆さん! ロリコンでも、現実のロリっ子には触れず関わらず近付かず、ですよ!」

「そりゃそうじゃ、ワシがその場にいたらエモちゃんでも通報するのう」

「僕はロリっ子が大好きですけど、愛念さんもちゃんと大好きです! ……ぁ!」


 思わず叫んでしまって、周囲からニヤニヤと生ぬるい目で見られて笑われる。

 まあまあとみずきがビールを継いでくれるので、火照ほてる頬の熱を追い払うように飲み干した。鍋をつつけば、カニもエビも入っててもはやなんだかわからない。

 でも、こんなの日常茶飯事だし、利好は気持ちよく酔えばロリ論……否、ロリ道を熱く語るのは毎度のことだった。


「僕にとってはロリは祈り、願いなんですよ……手折たおらざる花、守るべき神聖な」

「はい俊三さん、野菜も食べてねー? 野菜、野菜、そして野菜!」

「ぐわーっ! エリカちゃんやめて、ワシ肉食なんじゃが」

「はいはい、そうじゃねえ。お酒もおかわりしようねえ」


 思わず「話を聴いてくださいよ!」と立ち上がって、一同で大爆笑になる。

 あまりにも平常運航過ぎて、利好もまったくもって愉快に語れる。

 もう何度目かという話なのだが、勝手知ったる仲間たちの存在はありがたかった。利好にとって、祖母以外に初めて心を開けた人たちで、そこにこれから愛念も加わるのだ。

 今度は、愛念も一緒でみんなで食事がしたい。

 仕事の都合上、彼女は夜の花なのだが、機会は待てばすぐに訪れるだろう。


「いいですか、そもそもロリコンとは! ロリっ子とは!」

「よっ! エモえもん先生!」

「またエモちゃんの例のアレがはじまったねえ」

「でもワシ、不思議とわかるんじゃよなあ。日本画も根っこは一緒じゃからのう」


 そう、これが何度目かはわからない。

 でも、想いを言葉にするのは好きで、漫画として表現する喜びを利好は知っている。そして、女児への偏愛以外の気持ちも今は、伝えたい人がいるのだ。


「あれは忘れもしない、そう! 東京に来て祖母と暮らしはじめてすぐのことですっ!」


 いつも毎度の話なので、皆は適当に聞き流しつつ鍋に舌鼓したづつみを打っている。

 互いに杯を交わして、なごやかな会食が続いていた。流行はやりのゲーム、ソシャゲのガチャ爆死、話題のアニメや漫画、時々物価や経済の話。

 そんな中でも利好は、ロリコンエロ漫画家エモえもんは、いつも通り演説をぶる。


「当時12歳だった僕は、出会ったんです! 永遠の初恋に!」

「それなあ、いつも聞くけど……アタシと出会ったころだよね? 上京したてのころ」

「言ってはいかんぞい、ありすちゃんや。ワシもわかる、男の初恋は永遠なんじゃよ」

「まーまー、ほら、俊三さんも飲んで。んで? 例の話になるんですよねー、せんせw」


 そう、お馴染みの話だ。

 上京したての利好は、この東京というコンクリートジャングルでの暮らしになかなか溶け込めなかった。学校にこそちゃんと通ったが、相変わらず友達もできず、勉強もさっぱりで漫画ばかりの日々だった。

 ただ、祖母は漫画をほめてくれた。

 面白くないところも正直に教えてくれたし、どんどん描けといってくれたのだ。

 そんな祖母に守られ、びくびくしながら都会生活に沁み込もうとしていた、その時の話だ。


「そう、あの時……僕は出会った!」

「はいはい、それもう5,000兆回聞いたから……なによ、フン! お兄ちゃん、あのころ」

「まあまあ、ありすちゃんや。エモちゃんに語らせてやろうじゃないの」

「俊三さんのいう通りだよぉ。ほれ、ホタテも食べなさいねえ、ありすちゃん」

「もーっ! みずきさんも俊三さんも、孫扱いしすぎー! ……ああ、おいひい」


 いいのだ、聞かれてなくても別にいい。

 それでも、思い出す都度つど胸が熱くて、言葉にすれば脳裏にセピア色の追憶が走る。

 あの時は、祖母に頼まれたお使いで商店街に買い物に行った時だった。利好は運悪く、ささいなことで高校生の集団に絡まれたのだ。ちょっと肩が触れたとか、利好の荷物が当たったとか、そういう話だった。

 それでオラついた煙草の臭いがする高校生たちに囲まれた。

 対人スキルが/ZEROスラッシュゼロすぎる利好はその時、なにもできなかった。


「でもっ! その時に僕は救われました…ロリの中のロリ、ロリコン神に!」


 そうである、何度も語って謡ってきた。

 あの日、幼い利好は救われたのだ。

 自分と同世代くらいの、見るも優雅な少女に。多分、中学生になるかならないかくらいの年頃だったと思う。

 一人の少女が助けてくれた。

 利好の襟首を掴んで吊るしあげた、その大柄な男子に飛び蹴りが刺さったのである。そして、その戦乙女ワルキューレは利好が手放されて落下するまでに、周囲の全ての不良少年をブチのめした。ちょっと信じられないような力と速さで、それを利好はアニメのコマ送りのように記憶している。

 ロリに救われた。

 その少女は、最後に利好を抱き留め、ならず者が倒れる中でそっと地面に立たせてくれた。本当に、当時の自分と同じくらいの小さな女の子だった。


「だから僕は思ったんですよ! ロリっ子エモい! 尊くて死ねる! 仰げば尊死とうとし!」

「はは、なんど聞いてもキモ……でも、よかったじゃん。アタシもさ、なんかある一時期からお兄ちゃんが元気になって、めちゃ漫画描くのが早くなって……そっかあ」

「ありすちゃんや、ほれ、もう少し飲みんさいな。まだまだ人生は長いからねえ」

「みずきさんに言われちゃ、かなわないなあ。あーっ、日本酒染みる! エリカさんありがとう、大吟醸!」


 こうして夜は更けてゆく。

 そう、利好には「はじまりのロリっ子」がいた。

 スーパーヒロインめいた、圧倒的強さと可憐さ、かわいらしさを刻み付けた名もなき少女が。その時、利好の愛情はときを止めた。否、定まったのだった。

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