第4話「結ばれてもまだ、交われない」
恥ずかしながら、籍を入れて一カ月……お酒のせいもあって、二人の会話は弾みに弾んだ。そして、利好は愛念のさまざまな初めてを知る。
夜の仕事といっても、ちょっとこじゃれた酒場のバーテンダーだということ。趣味のゴスロリに給料の大半を突っ込んでいるため、こんな小さなアパートに住んでいるということ。そして、これは利好も全く同じなのだが、異性との交際が初めてだったということ。
そんな二人が夫婦なのだから、世の中というものは不思議である。
「そういえば、利好さんの原稿って紙なんですね。デジタル入稿かと思ってました」
「いやあ、僕の場合は作業環境の都合もあって……あ、でも、よくデジタルで描いたイラストとかネットにあげてますよ」
「あっ! その話で思い出しました。
「そうだ、すっかり忘れてた。よく考えたら、会うのだってまだ十回目くらいだもんね」
利好は自分でも驚いて、慌ててスマホに手を伸ばす。
余りにも
メールアドレスと電話番号以外にも、RINEを交換して、恥ずかしかったが
もちろん、健全だがロリイラストばかりの私的なアカウントである。
「利好さんって、本当にイラストがお上手なんですね。えい、えいえいっ、イイネえいっ」
「おわわ、通知が! 通知がっ! って、愛念さんの
「ある程度お気に入りが貯まったら、スタジオでカメラマンさんにお願いしてますね」
「凄いね、ゴシックロリータって色んな作風や色合いがあるんだ」
「ええ! ええっ! どのブランドも素敵で! ……でも、お高いんでふ……ふ、ふふふ」
妻の写真をこうして眺めてても、ついつい利好はエロ漫画家の
改めて思う。
目の前には別人がいるようで、でも同じ愛念なのだ。
「あ、これいいなあ。愛念さん、この写真、よかったら待ち受けにもらっ……っとお!?」
少し疲れていたのか、ずるずると愛念は椅子からずり落ちて寝ていた。
そして、立派過ぎる胸のふくらみがテーブルにのっかっている。こういうシチュ、同業者の作品でもそうそう見ない状況だった。
そして、危なかった。
利好がロリコンじゃなかったら、死んでいたかもしれない。
静かな寝息に合わせて、胸がかすかに上下している。
ボリューミー過ぎて、思わず利好はゴクリと喉を鳴らした。同時に、思った……前から少し心配だったのだ。
ガチの真正ロリコンである自分に、愛念を女性として見られるだろうか?
その疑念は今、頭の中が真っ白になって消えてしまった。
「だが待て、僕たちはこれから夫婦をやってくんだから……や、やる、やるんだから……いや、そういう意味のやるじゃなくてね」
見えない誰かに自己弁護を並べつつ、さてと利好は腕まくり。昔から運動神経や腕力には自信がないが、秋も深まるこの季節だ……このままでは愛念が
この手狭なアパートは、ダイニングキッチン以外はワンルーム、つまり隣にベッドがある。よし! と利好は気合を入れて愛念を抱き上げた。
「お、おもっ! く! ない! それはいけない、それだけは言ってはいけない!」
自分の腕が非力なだけだと思うことにした。
あとは、単位を幼女に換算すれば、おそらく2.5幼女くらいである。
なら楽勝だと、愛念の私室兼寝室にお邪魔する。引き戸を足のつま先で開けて、一歩踏み込んだそこには……月明かりに一着のドレスが浮かび上がっていた。
先程愛念が着ていた、モノクロームのゴシックロリータである。
今は綺麗にトルソーに着せられ、月の光に
「これが……さっき着てた、愛念さんの」
そっとベッドに愛念本人を横たえると、思わずじっくりドレスに
周囲を見れば、大きなクローゼットが一つと、引っ越し準備の終えた段ボールの山。
他にはドレッサーがあって、それだけだ。
本当に簡素な部屋で、だからこそゴシックロリータの存在感が凄い。
ちょっと悪いかなと思ったが、恐る恐る触ってみる。
前後左右からくまなく見てみる。
これはなんというか、漫画家としての自分の癖みたいなものだ。生きてる間は生涯勉強、いつどこでどんなロリを描くかわからないのだから。だから、目にして気になるものの形状や質感を把握したくなるのだ。
「凄い……何万円くらいするんだろう。僕なんか、ウニクロしか着たことないのに」
まるで、年月と大地から解き放たれた宝石だった。
そして、これを着ることで自分の妻は別人みたいに美しく変身する。それはでも、普段のどこかかわいらしい妻と同一人物、愛念のもう一つの素顔にに過ぎなかった。
ふむ、と唸って一歩さがって、その全体像を網膜に刻んでいた、その時だった。
「……あれ? わたし、どうしてベッドに」
もそもそと背後で、愛念が身を起こした。
寝落ちした上に、寝ぼけているようである。
しかも彼女は、ぼーっと虚空の闇に視線を遊ばせ……突然、服を脱ぎ出した。
「おわーっ! ちょ、ちょちょちょっとお! 愛念さん!」
「ほえ? ああ、これは……大きいサイズだと、かわいいブラって少ないんですよぉ」
「そ、そういう話じゃなくて、ですねえ!」
「因みに、ゴス決めて街に出るオンの時は、ちゃんとかわいいのを……あれぇ? 今、利好さんが……」
お互いの時間が止まった。
意識が少しはっきりしてきたのか、上を脱いだままで愛念が固まる。
利好も表情が強張りひくひくと引きつるのがわかった。
「と、ととっ、とりあえず! 僕はこの辺で! 帰りますので!」
「は、はいぃ……すみません、運んでくれたん、ですよね」
「い、いえっ! 夫なので! 旦那なので、相方なので!」
とっさに利好が部屋を出る。
その背を、かほそい声がゆるりとなでた。
「あの……今日は、ありがとう、ござい、ました。本当に、夫婦みたいで」
「あ、いえ。そ、それじゃあ」
「帰っちゃう、ですか? ……もっと、夫婦なこと……しません、か?」
ドキッとした、背後でしゅるしゅると
脳内に天使と悪魔のロリっ子が飛び交う。
『
『それじゃ駄目だロリ! お酒の勢いを借りてなんて、アウトだロリ! プンプン!』
とりあえず、肩越しに少しだけ振り返る。
目をうるませた愛念はもう、布団の中で全てを脱ぎ捨てていた。
だが、不思議とそんな
多分、クローゼットの中にもどっさりあるのだろう。帽子やリボンもそうだし、つけまつげやコンタクトレンズといった小物にもお金がかかる。
なんだか、この部屋は愛念にとって神聖な場所のように思えたのだ。
「す、すみません、今日は帰ります。……で、でもっ! 引っ越し、待ってます。僕の家で、一緒に暮らしましょう」
「……はい。楽しみにまってますね。おやすみなさい、利好さん……わたしの旦那様」
「おやすみ、愛念さん。また」
これが正しい判断だったのか、それはわからない。
だが、良かったとは思ってる。これから沢山時間があるのに、なんとなくあの部屋をこれから出てゆく愛念に遠慮してしまった。
というより、もの言わぬ彼女のコレクションたちに気後れしてしまったのかもしれない。
ともあれ、もらった合鍵で施錠すると、深夜の冷たい風に走り出す。
顔が
「うわあああああ! 僕のバカバカ、バカァン! 偉いけどバカー!」
ひょっとして、愛念に恥をかかせてしまったかもしれないとも思った。
けど、今夜は、あの部屋では駄目だった。
「でも、前からちょっと聞いてたから……デカい部屋用意してよかった!」
仕事場を兼ねた一軒家を持っているので、空いてる部屋の一番広い場所を愛念の私室として使ってもらうつもりだった。これからももっともっと、ずーっと趣味を楽しんでほしいから。
引っ越しの日も迫っているし、新しい締め切りに向けてまた連載は続いてゆく。
ロリコンマンガ業界の中堅作家、エロえもんこと炉乃物好利の充実した波乱万丈な日々が始まる……もう始まってて、これからずっと続いてゆくのだった。
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