第10話 自縛

 残された俺たちも部屋の中に入る。


「てかさ、やることないんだよな。俺たちって。」


入るなり、アンスはそう言った。


 俺たち、他の誰かに影響を及ぼす系の悪魔が宿っている奴は、能力自体の底上げやそれに伴う身体能力の上昇という概念がない。唯一あるとするならば、その条件の変化くらい。発動条件や、発動までの時間。それだけだ。


「アンスはセコンズはどんな感じって聞いてるんだ?」

「俺は発動するまでの時間の短縮と、刑の執行人の変更。つまり、自分自身で刑を執行できるようになる。それだけだな。カーターは?」

「俺も似たような感じ。発動時間の短縮と…あとはそうだな。セコンズで自分の体から2体の蛇を出せてそれも発動条件に組み込まれるし、サーズになったら思ったところから蛇を出せてそれも発動条件に入れることができる。」

「実際そこまで強くないんだよな。俺たちの能力。」


特にこだわりもないので、平原に設定。ローブを近くに投げ捨てる。平原にした理由はただ1つ。このステージの場合だけ、近くに森や渓谷、他の地形も生成される。遺跡も随分離れたところに海があったりするが、こっちの方が近いのだ。


「とりあえず基礎練でいいよな。」

「ああ、もちろん。俺たちは多分それしかないだろうから。」


そんな俺たちには基礎練しかない。能力よりも身体能力を上げることで、悪魔に負けない精神力をつける。


 始めたのは筋トレから。腕立て腹筋背筋、そしてスクワット。全部200回ずつ。負荷がかかるようにゆっくりとやっていく。


「157…158…」

「そこまでサボってきてないはずなのにしんどいな。」

「そりゃあそうだろ。なんせ、重力1.5倍にしてるんだから。」

「は?」


腕立ての最中、アンスはそんなことを言った。


「能力を磨くその前段階なんだ。ほかのみんなはもう終わっていることをやっているだけ。だから、そこで差をつけるべきなんじゃないか?」

「まあ、そうだな。それにしてももう腕が限界だぞ。」

「あと40回なんてすぐに終わるって。」


アンスはもう腕立てを終わらせたのか、笑っている。こいつ、俺よりもずっと鍛えてきたんだとそう思う。


 1時間かけてトレーニングを終わらせて、その後は体力トレーニング。これも積み重ね系のものだが、


「高度は5000と。」

「何してるんだ?」

「擬似的な高地トレーニング。知ってるだろ?高度が高くなれば空気も薄くなるって。」

「そうだな…は?」

「それで心肺機能を強くしようってこと。」


さも当たり前のようにアンスは言う。こいつ、普段の戦闘ではそこまで体を動かさないくせに、やけにトレーニングだけはきっちりしている。


 心肺機能のトレーニングも済ませて、やっと魔力を使えるようにした。


「やっとセコンズのトレーニングか。どこまで解放する?」

「もちろん、セコンズギリギリまで。飲まれるのはさすがに面倒臭いから、飲まれそうになったら即刻解除。あと、見るなよ。」

「分かってるって。」


アンスとは少し離れて背中合わせに立つ。肩幅に脚を開いて、ゆっくりと目を閉じた。


 身体の奥底にいる魔力の壁を少し叩く。幼い頃からメドゥーサの外枠と見なしていたものはそんなイメージで、今までそこから漏れ出ないように制御してきた。でも今はその壁すらも破らないといけない。セコンズまで使うためにどこまでその壁を広げていいかさえ分からない。


『私の力が欲しいの?』

「欲しいに決まっている。でも、君に全部を預けたら暴れ出すだろ?」

『もちろん。私は元はそのために産まれた存在だもの。』

「なら話は早い。答えはNOだ。なんとしてでも俺は君を制御する。」

『それが出来たらいいけどね。』


メドゥーサと心の中でそれだけ会話を交わして、もう一度枠を広げるのに集中する。さっきまではいっぱいいっぱいだった、メドゥーサの悪魔の炎も少しずつ外に出てきた。


 ここからはさらに意識を強く保たないと乗っ取られてしまう。そう意識した矢先だった。


「(まずい)」


その炎が一瞬で広がっていき、俺全体を飲み込もうとする。聞いたことがある。堕ちるときの前兆はこれだと。


『まだ止めないで。セコンズを使えるようになるためには、これくらい使えないとだめ。』

「嘘だろ。」

『そんなに心配なら、自分の体をその枠で覆ってしまえばいいじゃない。』


メドゥーサは当たり前のようにそう言う。でも、俺にはそんな考えなど一切なかった。


「それだ!」


俺はその枠を俺の身体いっぱいいっぱいまで広げる。すると、身体中に広がっていたその炎は、壁にぶつかると止まった。


 感覚としての変化は、より鋭くなったという感じだけ。時間がゆっくり流れているように見えたりするのはまだきっとこれから、戦闘を始めてからだろう。


「これがセコンズか。」


背中から2匹の蛇を出す。その蛇も目を閉じて何も見ないようにしている。まるで俺みたいだ。


「おいアンス。こっちはできたぞ。そっちはどうだ?」

「まだ時間がかかりそうだ。自分のこと進めておいてくれ。」

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