第11話 焦燥

 俺は珍しく焦っている。それもそう。さっきまで背後にいたカーターが、俺よりも先にセコンズを手に入れたからだ。


(嘘だろ。こいつだけには負けないと思っていたのに。)


所詮大会連覇をしているだけの推薦のお坊ちゃまだと思っていた。でも違う。こんなに早くセコンズを手に入れるなんて。しかも制御しているだと。まだ訓練開始から10分も経っていないぞ。


 代々伝わってきた、最強の搦手すら先生に破られたし、もうメンタルはズタボロだ。それに加えて、カーターに負けるなんて。


 その焦りが1番いけないことだとわかっていた。でも、焦ってしまった。


『俺を呼んだか?』

「呼んではいる。が、全部をやるつもりはないぞ。」

『知るか。お前には俺を使いこなせるその力がない。だから、こんなことになるんだ。』


その瞬間、視界が黒く包まれていくのが分かる。まさか…俺が…



〇〇〇〇〇


 目の前でアンスが黒い霧の中に包まれていった。


「おい、しっかりしろ!」

「小僧はそんなことごときじゃ帰ってこないぞ。」


黒い霧から姿を現したバフォメットは悪魔としての姿ではなく、あくまでアンスの姿で出てきた。でも、その手に握られていたのは木槌だった。


「この小僧、セコンズまでしか使えないのか。まぁいいか。裁判ジャッジズ。」


空間を広げる前に、もう俺は裁判台に乗せられていた。いや、もう裁判が終わっていた。


「速すぎだろ。チートじゃねぇか。」

「セコンズだからまだこれくらいで済んでいるんだ。サーズになるともっと速いぞ。」


アンスが言っていたように、バフォメットの後ろには山羊の怪物はいない。その代わりに持っていた木槌が光っている。それを見た瞬間、俺の中のセンサーが危険を示した。これには触れたらいけない。直感的にそう分かった。


三重石化トリクロス


仮面を外して、背中の蛇と合わせてバフォメットを見る。一旦距離を取らないとまずい。


「それくらい、すぐ解けるぞ。」


バフォメットは木槌を光らせると石化がすぐに解けた。しかも、その光は若干強くなった気がする。俺は全速力で逃げる。


「さぁ、逃げろ逃げろ。俺は全力でお前を殺しに行くぞ。殺されたくなかったら、俺を止めてみな。」


 一目散に逃げたとしても、こちらに勝ち目はないだろう。今この瞬間も俺は魔力を消費している訳だが、堕ちたら悪魔そのものから魔力を供給されるようになるわけで、実質底なしの魔力を手に入れたことになるのだ。


『お前に勝ち目はないぞ。』

「そんなことわかっている。でも、これには勝たないといけないんだ。」


メドゥーサの力を使いながら全速力で逃げて時間を稼ぐ。バフォメットがいるのは俺の後ろ500mくらいのところ。時間にして数秒だろう。


『何をする気なんだ?』

「これ以外思いつかない。だから、力を貸してくれメドゥーサ。」

『嫌だと言ったら?』

「無理矢理引き出すだけだ。」

『とことん面倒臭いな、お前。』

「元からそういう奴だ。」


目の前には落ち込んでいる渓谷が1つ。これはひとつの賭けだ。これで失敗なら死ぬしかないな。


 渓谷から続く洞窟の奥に進んでいく。作り上げた空間だから、ここに魔物など居やしない。実際の自然とは違うのだ。


 そしてこの空間は暗い。つまり、


「こんな所に逃げ込んでもお前の詰みなだけだろう。」


バフォメットの木槌は目立つのだ。


二重石化ダブロス


その木槌とその周りだけを石化させる。そして、その場所目掛けてひとつ残していた蛇を向かわせる。


 確かな手応え。当たって、崩れて、それを咥える感覚。俺の予想が正しければ、これで「身体はセコンズでも機能自体はノーマル」になる。セコンズになったとき、そして、その能力を発動させたとき、木槌を振っていたのが微かに見えた。そして石化を解除したときも木槌が光った。


 つまり、セコンズの能力の起点は全てこの木槌にあるのだと考えた。


「バフォメット。再審だ。」


俺がそう宣言すると、今度は空間が構築されていく。そのスピードは普段のノーマルよりも速いものの、構築の時間がある。それだけでひとつの進歩だ。


「正解だ。こんなに早く正解にたどり着かれるとは思わなかったが、それが正攻法だ。点数はそうだな。80点。」

「満点じゃないのか。」

「あと20点はこれからだ。」


バフォメットの背後には、先生を中に入れたときもいた山羊の怪物。これからというのはつまり、これを倒せたら満点ということか。


 きっとここでの俺の有罪は確定している。何を裁判にかけられたか分からない状況で、証拠など提示できるわけがない。だから、それが確定するまでの間に俺がこの山羊を倒したらいい。


「面白いな。」


制限時間つきクエストと要領は同じだ。その強さがどうなのかの話だが。


三重石化トリクロス


ひとまず山羊の怪物を石化させようとする。でも、石化するどころか、ダメージすら入っていない。


「セコンズの状態で開いた最高法廷ジャッジズのそいつには、全ての悪魔を使った攻撃が通らないことになっているんだ。残念だったな。」


天秤が傾き始めている。これが傾ききったとき、有罪が確定するのだろう。時間はあと3秒くらいか。そのペナルティが何なのかが謎だが、きっと厳しいものになるだろう。


「さぁどうする?」

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