第6話 覚悟

 朝になって、訓練場に向かう。もちろん今日は俺1人。扉はもう開いていて、中にはラヴピを持ったアリシアが立っていた。


「おはよ。」

「おはよう。」


水の入った瓶をその場に置いて、軽く身体を伸ばす。関節から少し音が鳴るくらいまで伸ばしたら準備完了だ。


「じゃあ今日もやってくか。」

「その前に一つ言わないといけないことがある。聞いてくれる?」


周りの風景が移り変わる。足場は石の地面に変わって、周りは観客席。時間は朝のまま。ここは闘技場だ。


「私、覚悟できた。だから、しっかり止めてよね。」

「分かった。そのための訓練場だからな。」


アリシアは剣を抜く。それと同時に身体に魔力が流れていき、それは右腕から右足、そして左足まで伸びていった。


「サーズ…いや、セコンズか。」

「そうネ、久しぶりの感覚だわ。縛られていたんだもの。」


一瞬だった。堕ちるまでは。


 悪魔を使う者たちにはそれぞれのレベルが存在している。ここまでは使えて、ここまでは使えない。その線がはっきりとあって、それを超えてしまって悪魔に理性を奪われることを「堕ちる」というのだ。


「今までの子たちは多少なりとも魔力が流れていたり、他の悪魔が宿っていたりした。でもこの子はどう?悪魔も宿ってないし、魔力も流れてない。私が乗っ取るのには最高の素材よ。」


ヘルヴォルは笑いながら俺のほうに歩いてくる。近づいてきたので操れるか試してみたが、どうも無理そうだ。


「やり合うんならさっさとしなさいよ。」

「分かったよ。」


締めたネクタイを少しだけ緩める。俺もこの域を使うのは久しぶりだ。


「リリス・セコンズ。」


身体から溢れ出す魔力は黒い炎のようにゆらぎ、手と足は黒い装束包まれる。


「『全能力上昇フルフロウズ』。」


これが俺のセコンズだ。果たしてこの力でどこまで通じるのか。


「へぇ、外部入学首席も伊達じゃないわね。2、3隊くらいなら軽く倒せそう。」

「それはどうも。」

「でも、私とは相性悪いかな?」


突如、右腕が飛んでいく。切り口はそう、剣で斬られたような感じ。でも、剣を持っている右腕は一切動かなかった。


「これのカラクリを解かなかったら私には勝てないよ。」


飛んだ腕から伸びている血が切り口と繋がって、腕が戻っていく。傷跡なくくっついたら、手をグーパーして感覚が狂っていないか確かめる。


 おそらく斬撃は飛ばせる。その飛ばし方がどういう飛ばし方なのかという話だが、考えられるのは3つ。真っ直ぐ飛んでいるパターンと円状に広がっているパターン、そして思い通りに斬撃を飛ばせるパターン。


 それを見極めるためにもあと1回はあの攻撃を見ないといけない。


「視力強化」


これで斬撃が見えるわけではないが、こうすることには意味がある。


 人差し指をクイッと上げて地面の土やホコリを浮遊させる。これの動きが見えたら斬撃の動きが見えるかもしれないというだけだ。


「始めよう。」


さっき斬られたときに出た血を剣の形に変える。全能力上昇しているから、その密度は昨日作ったナマクラよりも大きい。踏み込んで飛び出せば、一瞬でヘルヴォルの前に飛んでいた。刃を交えたらその衝撃波が地面を揺らす。そしてさっき撒いたホコリたちが動いた。


「やっぱりか。」


ヘルヴォルを中心に円状に広がる斬撃は三重に重なっていて、遅いのと速いのがある。それさえ見切ればこっちのものだ。


「とか思ってるでしょ?それは大間違い。」


俺は飛んで上に避けるが、それを追ってくるように斬撃が散る。


 それを防ぐように空気で壁を作ったら、斬撃はそれに突き刺さるようにして止まった。


「俺もそれくらいできる。」


黒い装束の火の粉が飛び散り、それが細い刃となって飛んでいく。その刃は一振りで全て落とされた。


 そのタイミングに合わせて右手の手のひらからサークルを出し、俺とヘルヴォル2人分が入れる空間を作る。


「『瞬間移動ワープス』」


俺がそう唱えると瞬間移動して俺はヘルヴォルの目の前に移動。剣の間合いの内側に入ってきた。


「倒すのには力が足りないが、戻してくるのには十分な力を俺は持っている。俺の勝ちだ。」


ヘルヴォルの頭に人差し指を向ける。そこに魔力を1点に集めて、放つ。空間が歪むほどの魔力はヘルヴォルの脳を揺らし、そして霧散していった。


 ヘルヴォルから戻ってきたアリシアは目を覚ました。


「どうだ?体の調子は?」

「それよりもルペルやろ。大丈夫?」

「1回腕飛ばされたけど何とか。」

「そ。やっぱり無理だったね。」


アリシアは寝転びながら悲しそうに腕を目に当てる。


「そんなことはないぞ。レベルを上げる方法は自制するか1度堕ちたところから戻ってくることだけだからな。」

「そうなの?知らなかった。」

「今やってたのがセコンズだった。つまり今はセコンズまでは自分の意識を保ったまま使える。」

「堕ちることは?」

「セコンズならもうない。」


力を制御する仕組みのイメージは膜みたいな感じだ。破れたらその先に進み、次の膜で止まる。今のアリシアはセコンズを使うための膜を破ったところ。


「その力をどう使うかが次の問題になってくるがな。」

「それなら頑張る。出来れば次のレベルまでしたいけど。」

「それはまだ早いな。とりあえず慣らしてからだ。」


さっき作った血刃はもう解けている。魔力もさっき使いすぎたし、回復にも充てているからもう使えない。


「基礎練しようぜ。俺達にはいまそれしか出来ない。」

「だね。」


アリシアは立ち上がる。そして俺たちは走り始めた。

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