第5話 吐露
「なぁ、アリシア。もうちょっと接続できるんじゃないか?」
そう言われるのは何回目だろうか。きっと何回も言われてきた。何回もこの問題にぶつかってきた。
ヘルヴォルとの接続は、私が自分の身体を開け渡すところから始まる。その部位の所有権をヘルヴォルに渡して、それから動かす権利をこちらから求める。その作業が接続なんだ。
右腕だけだから今は何とかなっている。けど、脳までその接続が届いてしまったら、人格自体が乗っ取られてもおかしくない。だから、こうやって部分的な接続しかしてこなかった。
「ただ怖いだけなのかもしれない。だって自分が自分じゃなくなる可能性があるから。だから、ちょっとだけ考えさせて。」
「おう。」
それならとルペルは近くにあった気を触り、それを剣のような形に変える。
「ちょっとだけ付き合ってくれないか。俺も強くなりたいんだ。」
「いいよ。私用の剣も作って。」
ルペルはまた木に触り、それを剣に変えて私に投げた。
「
「それくらいは余裕よ。そもそも、剣と身体を動かしてるのは私の意思なんだし。」
ルペルの魔力がすんと無くなる。そうか。ルペルも強くなりたいんだな。それなら私も全力で向き合おう。
しばらく打ち込んで、体も重くなってきたので休憩になった。
「晩ご飯持ってくるわ。スープでいいか?」
「いいの?じゃあ頼むね。」
ルペルは部屋を一度出る。少し汗をかいたから服はベタついているが、生地がいいからか気にならない。設定もわざわざ時間通りにしていたから、辺りはもう暗くなってきている。
私はポケットから1枚の紙を取り出し、それを投げた。
「ヘイズレクル、おいで。」
紙は男の子の姿に変わり、私の周りを飛び回る。私は近くにあった木を切って、並べた。
「火をつけて。」
ヘイズレクルは木に息を吹きかけると、火がつき、焚き火になる。そしてルペルが戻ってきた。
「
「まぁね。ヘルヴォルの力を借りないといけないけど。たまにこうやって手伝ってもらってるわ。」
焚き火の上に鍋を置いて、私に器とスプーンを渡してくる。私はそれを受け取り、鹿の肉が入ったスープをよそった。
きっと怖いだけなんだ。私が私じゃなくなってしまうのが。でも、みんなはそんなリスクも何もかも全部背負って戦っていて、私は立ち止まったまま。
「知ってるでしょ。ヘルヴォルが堕ちやすいって。」
悪魔に身体を乗っ取られてしまうことを「堕ちる」と言う。堕ちやすさは悪魔によって違いがあるが、ヘルヴォルはその中でもほぼトップクラスに堕ちやすい。しかも、その誰もが凄惨な死を遂げている。
「知ってるよ。俺もそうだったから。」
「そうだったって?」
「俺は1回堕ちてるから。」
ルペルから告げられた事実は私には考えられないことだった。なんでそんな涼しい顔をして言えるのか。そして、なぜ戻って来れたのか。
「まあそうなるよな。」
ルペルは笑いながらスープを一口。そして、器を膝の上に置いた。
「単に運が良かっただけだよ。ちょうどあの時にこの学院の生徒が通ってな。そんで助けられた。それだけだ。」
「それだけって。その人が通ってなかったら今頃ルペルはいないってこと?」
「そうなるな。人生なんてそんなものさ。」
そう言ってまた笑う。堕ちたから怖くないか。そうね。その考え方もあると思う。けど、やっぱり怖いものは怖いよ。
「だからなんだ。アリシアが堕ちても絶対に連れ戻す。これだけは約束する。」
「…………」
真っ直ぐな瞳がこれほど痛いと感じたことはない。これ以上に痛いと感じることもおそらくない。
「ちょっと考える。明日には決断するから。」
「そうか。」
スープを飲み干したルペルは立ち上がる。そして剣を手にした。
「やろうぜ。打ち込み。これぐらいしないと気紛れないだろ。」
「だね。でも、やってもあと数時間くらいよ。寝て回復しないと。」
「はーい。」
私もスープを飲み干して立ち上がる。たぶん先生はこのことを見越して私とルペルを組ませたんだと思う。全く。本当にバカばっかだ。
しばらく打ち込みをして、さすがに今日はお開きになった。
「やっぱ凄いね。ルペルは。」
「そんなに。俺まだついていってるだけだったけど。」
「いや、そこそこ本気でやってたから。魔力使えないから飛ばせてないだけで、近接は結構再現してたよ。」
「そう言ってくれるなら。」
何とか気を紛らわしたかった。この後に待っているのは、気づいてたけど向き合ってこなかった問題。
「それじゃ、早く寝ろよ。明日も朝からやるつもりだから。」
「おやすみ。」
「あぁ、おやすみ。」
ルペルが部屋から出ていく。振り返ることもなく。
そして私は一人ぼっちになった。
「はぁ…まさかこんなことになるとはね。」
ヘルヴォルと向き合うか。私の師匠はそれはしなくていいって言ってくれたけど、結局は必要なんだな。結局世界は悪魔とその扱いで回っていて、自分そのものの強さじゃどうにもならないときがある。そんなものなんだろう。
置いていたラヴピを持ち上げる。そして出口に向かって歩き始めた。
「でも、あそこまでならやってみる価値はあるかも。私も強くなってきてるんだし。」
そう呟いて、そして扉を閉めた。
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