第14話:出発前のお買い物

「くあぁーっ。やっぱ風呂があるって、いいねぇ」


 お風呂のない宿なんて、日本じゃ考えられない。

 けど異世界・・・では、割と普通らしい。

 最初に泊まった安い宿がそうだったし、だからお湯が入った桶を有料で借りることになる。


 今日はいっぱい稼げたし、まぁほとんど寄付したけど、それでも金貨がある。これ一枚で十万だと思えば、相当な稼ぎだ。

 だからお風呂付の宿に泊まった。


「モッモ、あんたの体も拭くからね」

「モッモはご主人様の下僕っぷぃ。好きにちていいでち」


 ベッドの上に大の字で仰向けになるモッモ。さっきと同じじゃん。


「ベッドが濡れるからそこじゃダメ」

「ちっ。面倒くさいでちな」

「何その舌打ち。かわいくない」

「モッモはかわいいでち! ほら、見るでちよ。このぷるんっとした唇をっ」


 ……見てどうしろと。

 そんなことは放っておいて、モッモを鷲掴みしてテーブルの上に乗せた。

 お風呂上りに借りてきたお湯でタオルを濡らし、モッモの体を拭いてやる。


「んぁ、そこ……そこでち」

「変な声出すな」

「イデデデデデ。悪かったでち。ちょっとちた出来心ぷぃーっ」


 どんな出来心だまったく。

 わしわしとモッモを拭きながら、あることを考えていた。


「ねぇモッモ。あんたさ、キャンプ用品がどこに売ってるか知ってる?」

「もきゅ。きゃんぷよーひん? なんでちか、それ」


 そう言ってモッモは首を傾げる。

 あちゃー、キャンプって言葉がないのかな。


「あぁ……えっと、野宿する時に必要なテントとか、寝袋とか……。とにかく旅の必需品みたいなの、全部」

「テントでちか。なるほど」

「知ってる!? ね、どこ」


 と聞くと、モッモは更に首を傾げて、傾げすぎてこてんと転がった。

 ……くっ。不覚にも今、ちょっとかわいいと思ってしまったよ。


「こほんっ。し、知らないみたいだね。あー、役に立たないなぁ」

「んなっ。モッモは出来るモルモルモット! モッモはちっているでち! それが売っているお店をちっている人を、ちっているでちよ!」

「お店を知っている人を? 誰だよ、それ」

「ふっ。冒険者ギルドの職員さんでち」


 ……あ。なんでそんな簡単な事、思いつかなかったんだろう。

 なんか恥ずかしい。

 ていうか、モッモがドヤ顔してんの腹立つ。


「んあぁーっ。止めるでちっ。モッモのプリティーなお腹をたぷたぷちちゃダメっぷぃーっ」


 意外と気持ちいい。


 明日、朝一でギルドに行こう。

 金貨一枚分で必要な物買ったら、すぐに町を出る。


 王都から応援に駆け付けた冒険者が、きっとあっちのギルドに私のこととかも報告するだろう。

 もしお城の人が私を探すためにギルドに捜索依頼とかしていたら……今回のことでバレるかもしれない。

 あの冒険者が王都に到着するのは明日の昼過ぎだと思う。

 だから明日中にはここを離れないと。できれば他国に行きたいな。


「モッモ……私、ここからずっと遠くに行くつもり」

「遠くまで旅をするでちか」

「そう。だからさ、私について来たらいつ故郷に戻れるかわからなくなるよ」

「そうでちね」

「そうでちって、それでいいの!?」

「いいでちよ。モッモも大冒険するでちから!」


 大冒険って……。まぁ、モッモがいいって言うなら、いいんだけど。

 家族の所へ帰りたいとか思わないのかな? 

 私は……帰りたい。きっとおばーちゃんが待ってるから。






「旅の必需品ですか?」


 翌朝、ご飯を食べたらすぐに冒険者ギルドへ向かった。

 開いたばかりだったようで、いつもの職員はフロアの掃除をしていたところ。


「マナさん、そんな事も知らないで冒険者になられたんですか!?」

「いや、あの……や、安くて丈夫な、そういうのを売ってる信頼できそうなお店を、その、紹介、して欲しいなと思って」

「職員はちらないんでちか? それでも立派なギルド職員っぷいか。あぁ、嘆かわちぃでちねぇ」

「むっ。モルモルモットにそんなこと言われるなんて……えぇ、知っていますとも! 当たり前じゃないですか!!」


 モッモと張り合うなんて、子供だなぁ。


「ふふ。ウェルバーさんのお店です!」

「ウェルバーさんのお店? それってどこですか」

「それはですねぇー」


 もったいぶった言い方をする職員の声と同時に、私の頭を誰かが鷲掴みにした。

 そして肩を掴まれ、くるりと回れ右をさせられる。


「あの店だ」


 この声は聞き覚えがある。ちょっと不愛想な――


「転移魔法の人」

「てん……お前、人のことを便利な移動手段か何かと勘違いしてねぇか?」


 ……否定は……しない。

 でも仕方ないじゃん。


「名前、知らないから」

「あ……あぁ、まぁそうだな」

「ちょっとヴァルトさんっ。私が教えてあげようと思ってたお店なのに、横から割り込んで来て酷いじゃないですか!」


 ふーん。ヴァルトって名前なんだ。

 まぁ知ったところで関係ないけど。それでも一応、お礼は……言った方がいいよ、ね。


「あの、昨日……てか一昨日か。その、モッモを助けてくれて、ありがとう、ございます。あと転移の魔法も。おかげで楽ができました」

「やっぱり便利な移動手段だと思っていやがるな」

「いやいや、思ってないですよ」


 少しだけ思ってた。


「ご主人様、さっそくお買い物するでちよ!」

「うん」


 ギルドを出て、さっそくお向かいのお店へと行く。


「――て、なんでついてくんの?」


 後ろからヴァルトさんが付いて来ていた。


「別にお前の後をついて行ったんじゃねえよ。その店は冒険者御用達の雑貨屋だ。俺も用があるんだよ」

「……そ、そうですか」


 ま、まぁ冒険者なんだし、必要なものだっていろいろあるよね。うん。

 お店に入ると、店員さんはひとりだけ。品出しをしているようで、なんか忙しそう。


 えっと、テントってどこに置いてるのかな。あと寝袋も。寝袋ってこの世界にもある?

 他に何が必要かな。えぇっと、そうだ。地図は欲しいな。

 それから――なん、だろう?


 テントすら見つからず、店内をあちこちうろうろする。

 そしたらヴァルトさんと目が合った。


 うっ、な、何。なんでこっちじーっと見てるの?

 なんか、なんかこう……恥ずかしいんだけど。

 あの人、何気に顔がいいんだよね。

 いや、別にどうでもいいけどさ。私、アイドルとかボーイズグループとか、そういうの興味ないし。

 でもそういうタイプのカッコよさじゃないんだよね。

 ちゃんと男らしさを感じる……いやそうじゃなくって。


「な、なんですか。じっと見て」


 まさか……既に王都では私の捜索依頼が出てて、この人は私を捕獲しに来たんじゃ!?

 つ、捕まってたまるもんか。

 あんな奴らの所になんか、絶対に戻らないからねっ。


「お前、ちゃんとわかっているのか?」


 ん? どういうこと?


「えっと、それはどういう、意味で……」

「どうせテントのひとつも持ってねえんだろ。金がなくて武器を買えなかったような奴だし」


 うっ。そ、それはその……その通りでございますです。


「はぁ……親父、このガキにパックを頼む」

「へいへい。パックね」


 パック?

 い、いや、私はエステに来たんじゃないんだけど!

 

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