第8話:乗馬はヒールとともに

「モルモルモットは、動物とお話できるでち。あと簡単な命令に、ちたがわせることもできるっぷぃ」


 だから馬に乗って行こう。

 モッモはそう言って、冒険者ギルドの裏手にある馬小屋へと向かった。

 冒険者ギルド所有の馬なんだし、冒険者なんだから乗ってもいいっぷぃ!


 という謎理論だけど、今はそれを受け入れる。急がなきゃならないから。

 そうして馬に跨って町を出る事三十分。


 お尻が……お尻が痛い。


「クソぉ。こんなことなら乗馬の訓練もしておくんだった。イタッ、イタタタタ」

「人間は大変でちねぇ。モッモのこのキュートなボディーなら、この程度の振動ではビクともちないっぷぃ」

「腹立つわぁ」


 でも実際、左肩に乗ってるモッモは、全然弾んでいない。

 これだけ振動があるのに、私の肩から落ちそうになることもなかった。


「ご主人様、痛いならモッモにしてくれた癒ちの光を使うでち」

「癒しの光? あぁ、回復魔法――そっか! ――癒しの光『ヒール・ライト』」


 おぉ、おおぉぉ!

 ん~、効くぅぅー……じゃなくって、痛みが引くぅ。

 けど、馬に乗ってる限りずっとお尻を打ち付けるわけだから、またすぐに痛くなるっていうね。


 何度もヒール・ライトをしながら耐え、夕方の暗くなる前に東の村が見えた。


「村まで行かないでちか?」

「いきなり行って、いきなり囲まれたらカッコ悪いじゃん」

「なるほどでち!」


 様子を見るために『千里眼』の魔法を唱える。望遠鏡を覗いたように、遠くがよく見える魔法だ。


「ここからだとモンスターも人も、動いてる影はなにも見えないな」

「モッモの鼻にも、オーガのニオイはちないでち」

「その鼻がどこまで信用できるのか……」

「大丈夫っぷぃ。村の中にオーガはいないでちよ。モッモの鼻を信じるでち! ほら!」

「ちょ、やめっ。どアップで鼻見せんな」


 モッモを押しのけてから、馬の手綱を引いて村へと向かう。

 千里眼の魔法は解除し、辺りに動く物がないか注意しながら歩いた。

 そして見つけた。

 かつては人であった肉片を。


「酷い……うぐっ……」


 この世界に来てモンスターを倒しているから、死体はある程度見慣れた。

 でも自分で倒したモンスターの死体だし、一撃で急所をぶっ刺すか、丸焦げにして少しでもグロくならないようにしている。

 それに……人間の死体は……初めて。

 しかも直視できないような、惨い殺され方をしている。

 

「まさかもう……村の人、みんな……」

「そんなことないでち。人間のニオイ、するっぷぃから」

「え? ちょっと、それ先にいいなさいよ! どこっ」

「ぷぃっ。こっち」


 ピョンと肩から飛び降りたモッモが駆けだす。

 おい、モルモット並みの足の長さなのに意外と足早いじゃん!

 

 モッモの案内でやって来たのは一軒の家。ただし倒壊してて、人がいたところで押しつぶされているだろう。

 

「ぷぃ、ぷぷぃ。この下でち」

「できれば生きてる人間のニオイを辿ってくれるといいんだけどね」

「生きてるでちよ。この下」

「え? 瓦礫の下敷きになってるけど、まだ生きてるってこと?」

「違うっぷぃ。下でち。下」


 モッモは短い足で地面をぺたぺたと踏みしめる。

 下……地下室!?


「モッモ、そこどいてっ――風よ、舞い上がれ……『ストーム』」

「キュイッ」


 ピョンと飛んだモッモが、私のスカートにしがみつく。

 渦を巻いた風が瓦礫を舞い上がらせ、近くですぅーっと消える。それと同時に舞い上がった瓦礫も地面へと落ちた。

 さっきまで瓦礫のあった場所には、床石しか残っていない。そして床には木製の扉があった。


「誰かいませんか!?」


 扉をノックしながら声を掛ける。扉は――中から鍵がかかってるみたい。開かない。

 すると下からガチャリという音がした。

 いる!


「大丈夫ですか!?」

「オ、オーガ……は?」

「今はいません。逃げるなら――」

「もう夜になるでち。ご主人様はへーきでちが、この人間たちは危ないでちよ」

「そ、そうだね。朝になるまで待ったほうがいいか。ここにいるので全員?」


 中に何人いるのかわからないけど、見えているのは大人が三人。下から他の人の声も聞こえている。


「いいえ。ここにいるのは三家族だけです。他の者は――」

「お姉ちゃん! あの時のお姉ちゃんだ!?」

「あっ――トット、くん。よかった、生きてて」


 街道を外れた支道でチンピラに絡まれてた親子。その時の子だ。

 生きてて……生きててよかった。


「トットの知り合いかい?」

「うんっ。王都から帰ってくるとき、悪い奴らから助けてくれたお姉ちゃんなんだ。すっごく強い人なんだよ。お姉ちゃんならきっとオーガだって……オーガだって、倒せる、よね?」


 あの時のチンピラなんて雑魚中の雑魚。ゴブリンとそう変わらない。

 オーガはゴブリンなんかよりずっと強いはず。いろいろ教えてくれたお城の人もそう言ってたし。


「戦ったことないけど、たぶん大丈夫」

「たぶんってあんた、オーガの強さを知っているのか!? あんたみたいなお嬢ちゃんが勝てるほど、弱くはないんだぞっ」

「黙るっぷぃ! ご主人様は強いでちっ。その強さはオーガより遥かに上っぷぃよっ」

「イタッ。イタタタタタタタッ」


 怒鳴った村の人の顔面に、モッモは容赦ない蹴りを喰らわした。

 その様子を見てトットくんが笑う。

 よかった。笑う元気がまだ残ってて。

 ここはモッモに感謝しておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る