第2話:残金1000円

「わっ」


 校舎の階段を上って角を曲がろうとしたとき、人とぶつかった。


「おっと、大丈夫だったかい? いや、これは偶然ではなく、君がわざとぶつかって来たんかな? 僕の気を引くために」

「はぁ? あ……生徒会長」


 生徒会長の佐々間晶は、自意識過剰で承認欲求の塊みたいな男――というのが、私が持つ印象だ。

 顔がいいのだからモテてあたり前。

 生徒会長の立候補演説で、そう言い切った奴だ。


 確かに整った顔をしているけど、私の好みじゃない。


「フッ。僕に好意を寄せる女子生徒はたくさんいる。むしろこの学校の全女子生徒がそうだろう。いや、仕方ないんだよ。僕は美男子だしね」


 うざ。


「そうだね……君なら……金曜日に入れてあげようかな」

「は?」

「金曜日にデートする相手にってことさ。嬉しいだろ?」

「バカじゃね」

「……僕の聞き間違いかな? あぁ、照れているんだね」


 相手するだけ時間の無駄。放っておこう。

 生徒会長の横をすり抜けて教室へ行こうとしたとき――足元に変なモノ、魔法陣が現れた。






 今思えばあの時、最初からあいつの話なんか聞かないで教室に向かっていればよかった。

 ほんっとイラつく。


 元々女子高だったのが、三年前から共学になった高校だ。男子生徒の数は女子の十分の一にも満たない。

 顔だけはいいあいつがモテるのも、まぁ仕方ないのかも。

 けど性格は最悪。

 世界は自分を中心に回っているを地で行く人間だ。


 なんでこの世界は、あいつを『勇者』に認定したんだろう。

 あの鑑定魔法って、ちゃんと正しく機能してる?

 そもそも召喚に巻き込まれた私が『剣士』と『魔術師』、『聖職者』の三つの能力を持ってるとかおかしいでしょ。


 ま、おかげでひとりでも余裕なんだけどさ。


 さて、出口だ。何か適当に言い訳して、さっさとお城・・から出て行こう。


「ん? ミツルギ殿ではありませんか。勇者殿や他の方々は?」


 ダンジョンの出口にいた兵士が声を掛けてくる。

 ここはお城の地下。兵士の訓練用に作られた、人工ダンジョンだ。

 三カ月間、私たちはここでずっと、戦闘訓練を行っている。


 この世界にはモンスターがいるから、それがいない世界から来た私たちは戦いに慣れる必要があった。

 戦闘に慣れてから魔王討伐の旅にでるといい――そう国王はいい、あいつは未だに旅立とうとしない。

「御剣くんが、まだ戦闘に不慣れだから」――そう言って。


 ふざっけんな!


 ふぅ、落ち着け私。今は不審がられないよう、ここを出ていくことだけを考えよう。


「オマケの私には、勇者様や他の方々についていくのも必死で……疲労が溜まっているようだから、先に上がって休むようにって勇者様が言ってくださったんです」

「おぉ、そうでしたか。なんとお優しいお方だ。マナ殿もご無理をなさらず、どうかゆっくりお休みください。陛下へのご報告は自分がやっておきますので」

「はい、ありがとうございます」


 嘘言ってごめんなさい。

 

 城内にある与えられた部屋へ一度戻り、急いで荷造りをする。

 学校の鞄は、異世界に転移するときに変な機能がついてゲームのアイテムボックスみたいになってしまった。

 荷物をたくさん入れても重たくならないし、大容量が入れられるようになったからいいけど。


 持っていくのは着替えだけ。

 大きなクローゼットには、ヒラヒラしたドレスがいっぱいあるけど、誰がこんなもん着るもんか!

 あとは――


 鏡に映る自分を見てハっとした。

 王国から与えられた鎧には、この国の紋章が描かれている。

 こんなの着てたら王国兵に間違われてしまう。脱いじゃお。


 代わりに着れるようなのっていったら……これしかないよね。


 学生服!


 着替えたらそのまま窓から飛び降りる。

 ここはお城の二階。まぁ気にしないけどね。


 転移の影響か、身体能力も凄く上がっている。元々運動神経には自信あった方だけど、今じゃ二、三メートルの跳躍も余裕になっていた。

 日本に戻るときには、元に戻りますように。






「査定額は二十五エーンです。どうされますか?」


 すくなっ!

 二十五エーンって、日本円にするとだいたい二五〇〇円ぐらい。


 あいつらと別れて地上へと戻ってくる間、何匹かモンスターを倒していた。

 その素材を城下町にあった冒険者ギルドに売ってお金に変えようと思ったんだけど、予想以上にショボイ。

 まぁ初級者用の難易度だって言ってたしね、あの人工ダンジョン。


「それでお願いします」

「畏まりました。冒険者登録をなさっていない方ですので、手数料として10%いただきますね」

「え……あ、はい」


 まさか手数料を取られるなんて……。

 受け取ったのは二十二エーン。うわぁ、端数切捨てじゃなくって、切り上げられてるよ。


 通貨のことや、旅に出たら必須になる宿のこととかは教えて貰った。

 王都だと一泊食事なしで五十エーンはする。

 まぁ王都に長居してたら、見つかって連れ戻される可能性だってある。

 さっさとここから出て行こう。


 途中の屋台でお弁当を買って、残りの財産は十エーン。

 ド貧乏だ。


 元の世界に戻るためにも、お金を稼がないと。




****************

本日20時にもう一話更新します。

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