空軍基地にて
二ヶ月前。
親衛隊航空学校を好成績で卒業したエレノアは、特別攻撃隊の爆撃機長としてルーノ空軍基地に配属された。
絶望的な状況にも関わらずエレノアの士気は高く、空爆を避け森の奥に築かれたルーノ空軍基地に到着した彼女の顔は、初任務への期待に晴々としている。
そしてその夜、彼女は自身の歓迎会にて、空軍という組織が自分の気風と合わないことを理解した。
「まあ飲めよ」
基地の休憩室には大量の酒瓶とつまみが用意され、パイロットや整備士たちが酒盛りをしていた。その中には、本来なら状況を戒めるべき武装親衛隊員の姿すらある。
天井付近では白熱電球の放つ絢爛の中でうっすらと紫煙が漂い、部屋に満ちた煙草の香りが鼻を打つ。
エレノアにとっては、どれも初めて見る光景だ。
「基地内での飲酒、喫煙は軍規違反です」
「なーに。気にする事はないさ。ほら、まず一杯飲みなよ。ぐいっとさ」
エレノアの指摘をあっさりといなしたのは、壮年の空軍中尉だ。彼はアルコールで赤くなった顔で、エレノアのジョッキにビールを注ぐ。
少尉であるエレノアに、中尉からの命令を断るという選択肢はない。
「あ…ありがとうございます」
そして、エレノアは慣れないビールを一気に呷った。
もし、その宴会に基地の医官が参加していなければ、彼女はそのまま軍病院に入院する羽目になっていただろう。
そんな散々な歓迎会のせいで、翌日、エレノアは酷い二日酔いに襲われていた。
頭痛の中、必要な事務作業を終えたエレノアが、自分の機体を見に行ったのは、彼女がルーノ空軍基地に着任してから三日後のことだった。
◇◇◇
トタン屋根から差し込む正午の日差しが、格納庫の中をうっすらと照らしている。
広々とした格納庫には全翼型爆撃機が整然と並べられ、整備士やパイロットたちで賑わっている。
エレノアは形の良い眉をひそめ、自分の機体と搭乗員たちを睨みつけた。
発砲音が、作業の喧騒に包まれた格納庫内に反響する。
彼女の全翼型爆撃機では、搭乗員であるパイロットと三名の整備士が、射撃訓練を行っていた。
射撃訓練自体は、咎められるべき行為ではない。
だが彼らは、爆撃機の翼の下__増加燃料タンクを取り付ける場所__にぶら下がって小銃を構えていたのだ。
構える動作を見るに、普通の射撃訓練もちゃんと行なっているのだろう。命中率も高いようで、的にされたアルミ缶にはいくつも穴が穿たれていた。
確かに整備士やパイロットなどの後方兵種が陸戦能力を持つ意味は大きいが、増加燃料タンクの場所にぶら下がって射撃訓練を行う意味は皆無だ。
エレノアは大きくため息をついて、夢中で射撃訓練を行う搭乗員たちに近づく。しかし、エレノアが怒号を飛ばす前に、武装親衛隊の軍靴の音に気付いた搭乗員たちは素早く射撃訓練を中断して、エレノアの前に整列した。
「自分はパイロットのミハロ曹長です。よろしくお願いします」
横一列に並んだ整備士の前に立った若いパイロットが、敬礼しながらそう言う。
その表情は、少し気まずそうだった。
「……そうか。私は親衛隊少尉のエレノアだ。この機体の機長として配属された。早速だが、今日からその射撃訓練は中止するように。銃が撃ちたいなら射撃場へ行け」
エレノアの命令に、搭乗員たちは露骨に不満そうな様子になる。
「返事は!」
そんな搭乗員たちにエレノアは呆れを感じながら、そう怒号を飛ばした。
「はい!」
軍人精神を叩き込まれている搭乗員たちは、即座に敬礼する。
「とりあえず機内を案内しろ。それと、すでに理解しているだろうが、この機体は我々よりもはるかに高価な代物だ。決してぞんざいに扱うことのないように」
「了解しました!」
ミハロはエレノアに機内を案内し、整備士たちは一斉に整備作業へと戻る。
かくして、搭乗員たちと機長の出会いは最悪の形に終わった。
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