帰還

曇空 鈍縒

空の上で

 一機の奇妙な爆撃機が、海上を飛行していた。


 黒く塗装された、不気味な全翼型の機体。


 その後部には六基の強力なジェットエンジンが取り付けられており、ベニヤ板と鋼管で構成される軽い機体を力強く前進させている。


 五人いる搭乗員の全員が乗り込んだコックピットは手狭で、常に低いエンジン音が鳴り響いているのも相まって、異様な雰囲気に満ちていた。


 コックピットの壁には計器や配管が所狭しと並べられ、白のつなぎを着た整備士たちが慣れた手つきでバルブを調節している。


 コックピット後方の椅子に座った機長は、キャノピーの先に見える水平線の青を緊張した表情で睨んでいる。


 そしてコックピットの先端にある操縦席では、ポケットに入れた小型ラジオのクリスタルイヤホンを片耳に挿したパイロットが、鼻歌を歌いつつ操縦桿を握っていた。


 そのパイロットは茶色の飛行服を着て、首には爆撃機パイロット特有の白いスカーフを巻き、頭には革製のヘルメットと防塵ゴーグルを付けている。


 顔立ちこそ幼さが残るものの、飛行服に付けられた勲章を見れば、彼が歴戦のエースパイロットであることが分かった。


 彼の名前はミハロ。


 元は急降下爆撃機パイロットで、数多くの戦車や装甲車を屠ってきた。


 現在は、最新鋭の爆撃機を運用する特別攻撃隊に所属している。


 ミハロにとって、今回の作戦は新しい愛機で迎える初の実戦だ。


 それと同時に、最後の飛行でもある。


 なぜなら、彼が所属する特別攻撃隊は事実上の自爆攻撃部隊であり、搭乗員の生還は期待されていないからだ。ミハロ自身も生還は諦めている。


 ミハロは、操縦席の真後ろに置かれた機長座席に目線をやる。


 通常であれば、爆撃機の機長席に座るのは空軍の士官だ。


 だが今回そこに座っているのは、武装親衛隊の士官だった。


 黒く威圧感のある軍服を着て、頭には髑髏の帽章が付いた制帽を被っている。


 帽子のひさしが作る影の下で、青い瞳は鋼のように鋭く、ふんわりとした金髪が白く透き通るようなうなじにかかっている。


 美しく精悍な顔立ちは中性的だったが、胸元と腰の豊満な膨らみは、明らかに女性のそれだった。


 彼女の名前はエレノアという。


 少し前に親衛隊航空学校を卒業したばかりの親衛隊士官だ。


 ミハロの所属する空軍が国防軍の隷下にあるのに対し、エレノアの所属する武装親衛隊は、帝国で強権政治を敷いている国民社会主義党に所属している。


 国防軍の中でも特に自由な気風のある空軍所属のミハロにとって、規律を重んじる武装親衛隊士官でも特に堅物な彼女は、少々苦手な存在だった。


「どうした?何かトラブルでもあったのか」


 ミハロの視線に気付いたエレノアが口を開く。彼女は視線に敏感で、ミハロが少しでも目線を向けるとすぐに気付く。


 ミハロの感じる苦手に、エレノアの豊満な肉体と真面目な性格に対する好意が含まれていることはミハロ自身もうっすらと気付いていた。


「いえ。なんでもありません」


 ミハロはそう言って前を向き、エレノアの体を視界から外す。


「そうか」


 普段のエレノアだったら、よそ見をしていたことについて一言か二言の説教をするだろうが、今日は何も言わない。


 実戦に慣れたミハロとは違い、エレノアにとってこれは初の実戦だ。


 それも、十死零生の出撃。


 エレノアの表情からは、強い緊張が感じられる。


 全翼型爆撃機の進む先にはまだ何も無く、海と空の青が、水平線のところで自然に溶け合っていた。

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