第五十三筆 龍開眼、師匠は『キャラ弁』!

 昨日のことはまるで夢のようであった。

 それは現実と仮想が交差する二つの大きな出来事。

 一つは龍が読物マルシェに参加する古田島の手伝いをすることになったこと。

 そして、もう一つはWeb小説投稿サイトでの不正行為が公然として行われていたことだ。


「むぐぐ……どうにも解せぬ」


 特に後者である『不正行為』がどうにも引っかかるものがある。

 まるでサンマの骨が喉に引っかかったような気分の悪さだ。

 まうざりっとは『裏であのようなことが行われていたこと』を知っていたのだろうか。

 自身の作品が三日でランキングに駆け上がり、書籍化を決めたのは『仕込み』だという事実。


「まうざりっとは知っているのか?」


 もし、まうざりっとがそのことを知っていたとなると非常にタチが悪い。

 創作者として地に堕ちた野郎だと軽蔑しているところだ。


「いや……それはないだろうな」


 しかし、あのサイバーラウンジでのまうざりっとの言動や態度を察するに、彼自身は知らない感じがしてならない。

 自分の実力により書籍化作家になれたと思い込んでいるような気がした。


「そうなると、あいつも犠牲者だな」


 然らば、考えられることは『まうざりっとは利用された』という吐き気がするほどの邪悪さだ。

 あの黒鳥響士郎というラノベ作家は性格が悪く、野心家のクソメガネアイコンだ。

 自分のラノベ講師としての指導力を業界に喧伝するために、まうざりっとを利用したのだ。

 しかも、それは布石でしかない。


「新レーベルね……あの星ヶ丘という編集、スクショでは『UDAGAWAの編集』を名乗っていたけど、UDAGAWA傘下の爆死レーベル『ムラマサ文庫の編集』だったよな。俺もそうだけど、普通は編集のことなんて知らない人が多いしな、騙すのは容易いか」


 うまむすこに見せてもらった『例のスクショ』からそう判断できる。

 あの星ヶ丘というゴロ編集は『新レーベルを立ち上げる』とホザいていた。

 黒鳥と共同で出版社を立ち上げるようなのだ。


 そう、一人のワナビを黒鳥が数日で書籍化作家にしたのならば、黒鳥の小説講座にワラワラとワナビ達が砂糖に群がるアリさんのように集合してくる。

 その中の数名の作品をレーベルから出せばよいのだ。

 そうすれば、無名の作家なので安く作品を買い叩くことが出来るし、黒鳥の講師業とレーベルのよい宣伝となる。

 つまり、レーベルはオマケのようなもので『情報教材をワナビ達に売りつける』のが真の狙いなのだろう。


「書籍化を目指すワナビを利用する巧妙な手口、エゲつないビジネスモデルだぜ」


 良く言えば『計画的』悪く言えば『搾取的』と言えるだろう。

 黒鳥はある意味『若手作家を育てる計画的なビジネス』ではある。

 業界を発展させることに繋がるかもしれない。

 だが、裏を返せば『若手作家を利用し自分の利益のために利用している』とも考えられる。

 それも『不正行為』をしてまでする必要があるのか。

 もし、このことがバレたら自分達だけでなく、関わった者達全てを巻き込むことになるのだ。

 自分達の私利私欲のために、他人に危ない橋を渡らせるようなことをしていいわけがない。


「こんな話が許されていいはずがなーいっ!」


 ドンとテーブルを叩く龍。

 許せない話である――。

 だが、龍にはどうすることもない現実、無力な自分がそこにいた。


 ――この事実を公表するのか?


 しかし、うまむすこは「どうするも、こうするも俺には出来ない」と言っていた。

 このスクショを晒したところで決定的な証拠とはならないのだ。

 つまり、どうすることも出来ない状況。


「クソッタレー!」


 龍の怒りは天元突破グレンドラゴン。

 どこにこの荒ぶる螺旋の気持ちをぶつけたらいいのかわからない。

 テーブルをドカンと一発! したのはその表われであったのだ。


「……一人で何をカッカしてるの?」

「こ、古田島マネージャー!」


 そして、ヤマネコ運輸のお昼休み。

 日常系創作物のように、お馴染みのやり取りが展開される。

 龍の独り相撲を古田島や他の職員に見られるという恥ずかしい状況だ。


「仕事で嫌なことでもあった?」


 やさしいーっ!

 その声はまるでお釈迦様のように温かみがあった。

 鬼よりも恐く、氷の女王よりも冷たいと思っていた古田島が優しかったのだ。


「べ、別に……」


 エ〇カ様風(古い)の返事をしてしまう龍。

 今日の飯はシーフードカップ麵だ。

 干しエビとイカのきれっぱしが母なる海の香りを醸し出す。

 まだフタは開けていない状況、つまりこれから貪り食う前段階の状態だ。


「それより、またインスタント?」


 シーフードカップ麺を凝視するメガネ古田島。

 これは管理野球、いや管理運送業の発動か!


「い、いかんのか?」


 端的に呟く龍。

 対する古田島の次の反応は――。


「これを食べなさい。あなたのために作ってきたの」

「な、なんだってーっ!?」


 きっしょい! きっしょい! 実にきっしょい展開だ!

 古田島が取り出したのは『お弁当』だ!

 あの某RPGの武器屋のオッサンが手にするアイテムだ!


「例のアレを手伝ってもらうから、阿久津川くんが体調不良になっては困るの」

「こ、古田島はん……」

「べ、別にあなたのためじゃないんだからね」


 うわァ……きっしょいなあ。

 ここまでオタクどもが好きそうなツンデレ展開になるとは予想外。

 まるで前年度最下位チームが、優勝争いをするかのような想定外だ。

 さてさて、果たして弁当箱の中身は?


「あ、開けたらミミックとか出ないですよね?」


 龍はアホでイカしてない返答をしてしまう。

 古田島のメガネはキラリと光り、怒りのツッコミを行う。


「出るわけないでしょう!」

「す、すいましぇん!」

「全く……それよりも早く開けたら?」

「弁当箱を?」

「当たり前でしょう」

「ごくっ!」


 龍は恐る恐る弁当箱に手を取る。

 この間やった某ゲームの体験版では、ホイホイと宝箱を開けたらモンスターが飛び出て来た。

 その名も『ミミック』。

 宝箱型のモンスターで大変な苦戦を強いられた。


(もし……この弁当箱に強敵ミミックが混入されていたら!)


 んなわけあるかい。

 さっさと弁当箱を開けろよこの野郎、バカ野郎。


「ヨッシャー!」


 と意味もなく叫ぶ龍。

 果たして、その中身は――オープン・ザ・弁当箱!


「こ、これはーっ!?」


 飛び出てきた!

 飛び出てきたのはキャラ弁だ!


「モ、モンスター!」


 以前、古田島はピクセルモンスターのキャラ弁を作った。

 前回はエレポッサムのキャラ弁だが、今回はリンゴ型モンスター『トノアップル』だ。

 格闘系の必殺技『アップルボンバー』は威力十分だ。

 なお、トノアップルの鳴き声は「カッケアガレ」である。


「く、食っていいんですか?」


 古田島は何故か顔を逸らして「うん」と頷く。


(俺は猛烈に感動している!)


 龍は涙した。

 ベタできしょい展開であるが、母親やおばあちゃん以外の女性から弁当を作ってもらうのは人生初。

 自然と手を合わせる龍、全ての命と出来事に大感謝しながら述べる言葉は一つだ。


「いただきーますッ!」


 龍はガツガッツと弁当に手を付けた。

 早速、トノアップルから食らうことにしたのだ。


「こ、これは!」


 デコふり(緑)がかけられた飯はうまい。

 メシウマというヤツだ。

 これが本当の人間が喰う温かみのある飯だと再認識した。

 以前、龍は古田島のキャラ弁に対して『手間暇かかる弁当など作って何の意味があるのだ』と思っていた。

 時間をかけずに作って、それなりの味があるインスタント食品こそが最強であるという信念があったのだ。


「おいしい?」


 ずっと顔を明後日の方向に向ける古田島。

 そのお味はどうだと尋ねている。

 無論、龍の答えは一つしかない。


「うまい! こんな『うまい飯』は久しぶりだ!」


 龍は古田島のキャラ弁をガッツリガッツと喰い続ける。

 そして、龍は一つの真実に気付く。


(時間をかけ、手間暇をかけて作ったものはこんなに『うまい』のか!)


 という真実。


(こ、これって創作にも当てはまらないか!?)


 箸を止める龍。


(黒鳥達は『テンプレというインスタント食品を大量生産』してはいまいか! 本当にいい作品というのは『手間暇をかけて練られた物語』ではないのか!?)


 龍はふと目の前のキャラ弁を見つめ直す。

 半分食われたトノアップルが愛嬌たっぷりにこちらを見つめている。


(そうか! そうだったのか!)


 何かに気づいた龍。

 その顔は二刀流を開眼した宮本武蔵のようであった。

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ワナビスト龍 理乃碧王 @soria_0223

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