第四十五筆 見切れるか、古田島のテンプテーション!

「た、泰ちゃんまでいるとは驚きモモンガ」

「龍さん、相変わらず面白い人っスね! びっくりしましたよ、まさか古田島さんと一緒に来るだなんて」

「ま、まあ……それはそれとしてだな……」


 龍はキョロキョロと不審者のように周りを見渡す。

 おっさんもおばちゃんも、リア充爆発なカップルと店内にいるお客は普通だ。

 変わっているのは店の経営者であろう、あのちょびヒゲのみ。

 しかし、共通するのは教科書やメディアに出てくるような作家のような雰囲気はなく一般人であるのは間違いない。

 それもそうだ、このイタ飯屋『アレッサンドロ』に集まる者達全てがアマチュアの作家なのだから。

 だけども、龍は感じとっていた。

 ここにいる人達は皆が皆、隠れた創作の強者であることはわかる。

 特に理由はないが、龍の第六感がこう告げているのだ「こいつらは強筆敵もさだぞ」と。


「それよりこれはどういうことだ? ドミンゴマルちゃんとか何とか言ってたが……」

「読物マルシェ!」

「は、はあ、読物マルシェね」


 龍のボケに、すかさず古田島からツッコミが入る。

 それと同時にご親切にも説明をし始めた。


「ここは創作を愛し、自分を表現する人達の集まりよ。全員、来月行われる読物マルシェに参加する予定なの」

「そ、そうなんですか」


 古田島の話によれば、ここに集まるメンバーはそれぞれ創作活動に励んでいるという。


「忙しい時ほど、俺はこの香りに頼るんだ。うーん、グランダム……」


 あそこでブレンドコーヒーを楽しむ! ブロンソンなおっさんも!


「若いもんに言っとくけど創作はね、恋愛やバトルだけが全てじゃないのよ! 人の心の揺れや、静かな日常の一コマにこそ、本当のドラマが隠れてるんだわさ!」


 一人で誰に説教かましてるかわからない! 頭がパーマで顔がエイプなおばちゃんも!


「まーたん、今回の小説はどうする? やっぱりブルーライトな作品にしちゃう?」

「それもいいけど、もっとドキドキする展開も入れたいなぁ……例えば、二人の男女が密室に閉じ込められるとか」

「おっと、それってちょっと刺激的すぎるんじゃない?」

「刺激的すぎるかなあ」

「ふふっ! そんなことないよ、まーたんの提案なら僕は賛成さ」


 そして、奥の席に座っているバカップルも!

 全てが読物マルシェに参加する導かれし創作者達だ!


(くっ……こいつらだけ何でカップルなんだ!)


 龍はバカップルを凝視する。

 年齢的には大学生っぽい若い男女だ。

 周囲の目も気にすることなく、イチャついた様子を見せている。


「やった! じゃあナオッキーに一つ提案。その小説のシーンに閉じ込められた男女がギリギリの距離感で見つめ合うシーンも入れちゃってもいいかな?」(ナオッキーに近づいて、少し顔を赤らめる)

「ふふっ! そんなシーンを入れたら読者が悶絶しちゃうよ?」 (まーたんの目を見つめながら)

「悶絶? 何で?」(まーたん、キョトンとする)

「だってさ、今の僕達とよく似ているからさ」(キラキラの笑顔になるナオッキー)

「じゃあ決定! 私達のような主人公にしようね!」(ナオッキーの手にソフトタッチ)

「もちろん! 二人で一緒に作るのが楽しみだね!」(まーたんの手にソフトタッチ)


 長ったらしい会話文のバカップルだ。

 龍は修羅の如き表情で、二人に殺意の波動をぶつける。


「グギギギ! あいつらもお仲間ですかい!?」

「ナオッキーとまーたんね、駒鳥学園大学の文芸サークルのお二人さんだわ」

「ぶ、文芸サークル……くやしいのう、くやしいのう」


 可哀そうなことに龍は学生時代『帰宅部』だった。

 考えてみると、学生時代に部活やサークルに入っていたら誰かとの出会いがあったかもしれない。

 龍の青春はマスターカラテ迅の二次創作と共に燃え尽きてしまった。

 恐ろしいまでの『メモリーの無駄遣い』をしてしまったことに、今更ながら激しく後悔していた。

 従って、龍は負け惜しみを述べるしかない。


「けっ! イチャイチャしやがって! 創作は色なし恋なし情けありじゃい!」


 情けないぞ龍。

 お前の発言はただの負け惜しみにしか過ぎない。

 そんな哀れなワナビに、ちょびヒゲの店員が尋ねた。


「お客さん、ひょっとしてカノジョいないノ?」

「くっ……くぅ……くぐっ!」


 図星アンド図星。

 ここで「俺にはクリスティーナがいる!」と言いそうになるが所詮は二次元だ。

 そんな悔しさとジレンマで顔が般若のように崩れる龍。

 しかし、古田島は何故か観音様のような安らかなお顔になられた。


「あ、まだいないんだ」

「へ?」

「……何でもないわ」


 意味深な古田島。

 まあ、だいたい読者諸君は色々と思っているだろうがここでは言わない。

 だって、もう予想通りだからだ。


「とりあえず! 阿久津川くん、売り子お願いね!」

「え……ええ……ぇ……」


 龍、YESともNOでもない曖昧な返事。

 このイベントをどう乗り切るか。

 人生を流されるまま生きるしかないのか、それともここで強い意志を示すか。

 悩む龍に泰ちゃんがポンと肩を叩いた。


「お疲れっス!」

「泰ちゃん……」

「まさか、龍さんとここで会うなんて思いもしませんでしたよ」

「お、俺もだよ」

「龍さんも参加して下さいよ。楽しいですよ?」


 泰ちゃんの誘いが龍の心を揺さぶる。

 その揺さぶりについつい釣られそうになるが、龍は別の話題を振って誤魔化すことにした。


「そ、それよりも、泰ちゃんさ! 物書きの趣味あったんだね!」

「んー、自分の場合はプロデューサーみたいなもんスけどね」

「プロデューサー?」

「それは『読み物マルシェ』の本番までのお楽しみということで!」


 本番までのお楽しみ。

 何だか期待させるかのような台詞である。

 さて、話は少し誤魔化せたが甘くないのが人生だ。


「阿久津川くんにしか頼めないんだけどな、売り子……」

「え?」


 古田島が艶めかしい顔と声を使う。

 所謂一つのテンプテーションだ。


「売り子をする予定だった里紗ちゃんが、急用で来れなくなったのよね。困っていたところに阿久津川くんを偶然見かけてさ……あなたならやってくれると思ったんだけどな……」


 龍と街中で会ったのは偶然なのは確かなようだ。

 ここで龍は一つの疑問が浮き上がる。

 誰やねん、その里紗っていう新キャラは。


「だ、誰ですか。そのリサって……」

「この間、合コンのときにいたでしょう? 大学生の女の子が」

(あのオタク殺しか!)


 新キャラではない。

 龍の脳内に浮かび上がるはオタク殺しの女子。

 皆さんは記憶に残っているだろうか。

 以前、泰ちゃん主催で行われた合コンに参加していた子。

 童顔で長い黒髪、服装はブラウスとスカートの大学生である。

 この話からすると彼女もまた古田島達の仲間っぽい感じのようだ。


「阿久津川くん、お願い! あなたなら素晴らしい売り子になれる!」

「え、えーっと……」

「あなたしか頼めないの……」


 古田島は目を潤まして懇願する。(主演女優賞並みの演技で)


(ぐぬぅ! こいつキャラが壊れてやがる! そんな技なんぞ見切って――)


 龍がテンプテーションを見切ろうとしたときだった。


 ギン! ギン! ギン! ギン! ギン!


(な、なんだ!? このラノベのような擬音のプレッシャーは!)


 無言の圧が龍の全身を襲った。

 それは視殺という名のプレッシャー。

 それはアレッサンドロに集まるメンバーの視線、圧力である。


(こ、こいつら……!)

「龍さん、どうしますか? まさか女性を泣かせるんですか?」


 とどめの言葉を内角高めに投げつける泰ちゃん。


(た、泰ちゃん……お前……)


 ここで一応、龍の選択肢は二つ用意されている。


 ▶はい

  いいえ


 シンプルにこれだけだ。

 勿論、この絶対不可避なイベントで龍が選ぶものは決まっている。


「はい」


 結局選んじまったよ、この選択を。

 その瞬間に店内はスタンディングオベーションに包まれた。

 RPGなら「龍が仲間に加わった!」と表示されるだろう。


「おめでとう!」

「ブラボー! おお! ブラボー!」

「今日から君もアレッサンドロ!」


 適当で意味不明な祝福の声に包まれた。

 まるで何かのアニメの最終回みたいな雰囲気だ。


(お、俺は『ワナビスト』ではなく『売り子スト』にクラスチェンジするのか?)


 こうして、龍は古田島達の創作者チームに加わるのであった。

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