第四十四筆 導かれし創作者達!

 不覚の二文字が正しかった。

 ただただ流れに身を任せ、古田島に誘われるままメシを食った。

 それがとんでもない罠の始まりだったのだ。


「ど、同人誌即売会って、まさかBLでも出すんですか?」

「BLって何?」

「え、えーっと……カッコいい男と男が……」

「んなわけないでしょっ!」


 激しく突っ込まれる龍。

 古田島のクールビューティーキャラは早速崩壊していた。


「さて、答えはYESよね?」


 百万ドルの笑顔を浮かべる古田島。

 無論、龍の答えは決まっている。


「YES! YES! YES!」


 龍は半ばヤケクソ気味で叫んだ。

 NOという選択肢はない、断ったら古田島に無量大数の如きイヤミを言われるだろう。

 それだけはならん、勘弁だ。

 滅多打ちのフルボッコされるのはサンドバックだけでいい。

 可哀そうな龍は「YES!」と叫んで答えるしかなかったんだ。

 YES! めっちゃバッドデー!


「YES! YES! YES! YES! YES!」


 龍がまだ「YES!」と両手を掲げながら叫んでいる。

 壊れちゃったの? 強化し過ぎたの?

 そんなメンタルな状態だ。

 この哀れなワナビを救ってやってくれ、誰もがそう思ったときだ。


「おめでとう!」


 どこからともなく不思議な声が聞こえる。

 それは「おめでとう!」という救わない言葉。

 この非常に気の毒を喜ぶ声だ。

 君は一体誰だ? 鬼畜生なのだろうか。


「今日から君も僕達の仲間だね!」


 それは青いベレー帽の若者だった。

 黄色のストライプが入った紫色のジャージを着ている。

 どうやら隣の席に座っていたようだ。

 不覚、龍はこんな濃いキャラの人に全く気付かなかった。


「ど、どなたですか?」

「僕は漫画家の『騎士田浪漫きしだろまん』。古田島さんが出す本の表紙を担当するものだ」

「そ、そうですか」(なんか、どっかで聞いたことあるような名前だな)


 唐突に現れた漫画家、騎士田浪漫。

 どうやら古田島が出す同人誌の表紙絵を担当するようだ。

 それはいいとして、龍はうんうんと唸る。

 そのおもしろネームは、どこかで聞いたことがあるような気がするからだ。


「あ、思い出した」


 どうやら、龍は無事に何かを思い出したらしい。


「ひょっとして『ガブガブ』で漫画描いてた人ですか」


 龍は騎士田にそう尋ねた。

 ガブガブとは、無料で読める漫画サイトの名前である。

 出版社『三つ葉社』を大元にしておりストギル系の漫画を大量に載せている。


「君、僕を知っているのかね?」

「は、はい、ちょっとだけ読みました。誰の原作かは忘れましたが途中で――」

「それ以上言うんじゃない!」


 騎士田は龍を狼のような表情で睨みつける。

 その目、まさにビーストの如し。

 この騎士田浪漫はガブガブのストギル小説のコミカライズを担当している。

 だが、哀しいことに原作が更新を停止しているため描けない状態なのだ。

 つまり、今は漫画家という立場がありながらも仕事がないといってもよい。


「はわあ!」


 ビビる龍。

 龍がウルフに負けた瞬間であった。


「はいはい」


 二人のミニ会話を見届けた古田島は大人の介入をする。


「騎士田さん、例の物は持って来てくれた?」

「ああ、それが仕事だからね」


 騎士田はポケットからUSBを取り出した。

 それは男に似つかわしくないピンク色のUSBである。


「ありがとう。後は印刷所に注文するだけね」


 古田島がそのピンクなUSBを受け取る。

 ブツを渡した騎士田は劇画風の顔で一言。


「振り込みは指定した『エコープラネット銀行』に頼む」

(なんだよ、そのどっかの殺し屋みたいな言い方は……)


 どこかで似たような台詞を聞いた龍。

 それはかとなく某殺し屋風の騎士田であった。

 そんな騎士田は厨房へと向かって大きめの声を出した。


「マスター、今日もツケでお願いするよ!」


 お金に困っているようだ。

 騎士田が注文したのはディアボラ。(税込み980円)

 言葉からして、ツケにする気のようだ。

 その言葉を聞いた店員は呆れた顔だ。


「マタカイナ、この間もつけたヤロ」


 そんなちょびヒゲに、騎士田は力強く答えた。


「俺達は仲間だろ!」

「エ? ちょっと……」


 ちょびヒゲ店員から、騎士田は逃げるように出ていった。

 その速さは龍のドラゴンダッシュを遥かに凌ぐ。

 店員が追いかけるよりも早く颯爽といなくなった。

 騎士田浪漫、実に恐ろしい漫画家だ。


「マイナー漫画家め」


 食い逃げ野郎の騎士田。

 本来なら国家権力であるポリスに通報すべきであろうが、


「売れっ子ヤないからね、仕方ないネ」


 店員は片言でヤレヤレポーズを披露する。

 どうやら食い逃げ野郎の漫画家を許すみたいだ。


「今は仕事がない状態ですからね。バイトやソコナラでのイラスト業で食いつないでるみたいよ」

「漫画家も仕事なかったらタイヘンだな」

「本当にね。原作が止まってる状態だから描こうにも描けないし――」


 和風パスタを食しながら古田島の言葉が続く。

 何だか言葉ぶりから知り合いっぽい。


 ※ソコナラ:個人がスキルやサービスをオンラインで販売できるマーケットプレイスサイト。イラスト、デザイン、文章作成、翻訳、相談、カウンセリングなど、さまざまな分野でのサービス提供が可能である。


「ん、今日は特別に美味しく感じわ。阿久津川くんも遠慮しないで食べなさい、ゴチさせてあげるから」

「こ、古田島マネージャー。もしかして、あのちょびヒゲも知り合いなんですか?」

「ちょびヒゲ?」

「あのヘンな店員ですよ」


 従って、龍は古田島に尋ねた。

 このアレッサンドロの店員で、クセが強いちょびヒゲとも知り合いなのかと。


「そうよ」


 あっさり答える古田島。

 龍はあまりにも、あっさりアサリに返答する古田島に戸惑う。


「そ、そうよって」

「というか、この店にいる人はみんな私の知り合いよ」

「え"っ"!?」


 龍は店の周りを見渡すと、一つの事実に気づいてしまった。

 サラリーマン風のおっさんから、パート風のおばちゃん、若いカップルまで龍を見つめている。

 そう! 店にいる者達、全員が龍を凝視しているのだ!


「龍さん、お疲れ様でーす」


 そして、厨房からエプロン姿が知人が登場した。

 手に泡がついていることから、ここで皿洗いをしているバイトくん。

 否、このバイトくんは龍がよく知る男である。


「た、た、た、た、た、た、た、た、た、た、泰ちゃん!?」

「あ、あの……『た』が多すぎますよ」


 以外、それは泰ちゃん。

 皿洗いのバイトは坂崎泰助くん、可愛いヤマネコ運輸の後輩である。


「何で泰ちゃんがここにいるんだ!」

「自分はフリーターっスから」

「そりゃそうだろうけどさ……」


 雲のように生きる自由戦士アルバイターだから、皿洗いとして働いていてもおかしくはない。

 だが、こんな都合よく登場するなんて考えられるだろうか。


「坂崎君も、この店にいる人達みんな仲間よ」

「な、仲間?」

「来月に行われる『読物マルシェ』に参加する創作者達! まあ、今日は月に一度集まる交流日なんだけどね」

「は、はあ……」


 性別、年齢、職業、趣味嗜好を越えた創作愛好家達が集うリアルサロン。

 月に一度に開催される宴が、ここ『アレッサンドロ』で行われているのである。

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