第四十六筆 本当の答えとは!

「アヤットサー! アヤットヤット!」


 夜、踊る!

 龍は踊っていた! それなるは阿波踊りだ!

 孤独なワナビストは部屋で舞っていたのだ!


「エエんかこれで? エエんかこれで!?」


 ヤケクソだ! ヤケクソのギアドラゴン式阿波踊りだ!

 えらいこっちゃ! えらいこっちゃ! ヨイヨイヨイ!

 書くアホウに! 読むアホウ! 今は書かなきゃ損損!


「ヤットサー! ヤット! ヤット!」


 そう、龍は参加することなっちまった!

 読物マルシェという同人誌即売会に『売り子』として導かれたのだ!

 導いたのは古田島梓、龍が働くヤマネコ運輸の上司だ、メガネだ!


「飛龍ダンシング英雄ヒーロー!」


 おおっと!

 ここから阿波踊りから現代的なダンスにスイッチだ!

 今夜だけでも、シンデレラワナビだ!


「なんでこーなるのっ!」


 ああっと!

 お次は古代のコメディアンの一発ギャグだ!

 古すぎて若者はついていけないぞ!


「ウオオオオオオオオオオッ!」


 吼えます! 吼えます!

 バーサーカーのように雄叫びをあげます!

 何だか流されるまま、古田島の同人サークルに参加することになったのだ!


 ――ドンッ!


 壁ドンが鳴り響いた。

 それはお隣さんからの『ダンスと雄叫びはストップ』の合図だ。

 龍は「すいません」と謝りながら、床に敷いている座布団に鎮座する。

 ここは茶の間、テレビと本棚とベッド。

 そして、ちゃぶ台の上にパソコンが置かれているだけの素朴な執筆場所だ。


「クリスティーナよ」


 パソコン画面に映るのは、アンチ梁山泊の雄『内モンゴル自治区マン』にもらったファンアート。

 龍が執筆するライオン令嬢道の主人公、クリスティーナ・ジェリーコの二次元絵である。


「俺は浮気をするわけではないのだ、許してクレオパトラ。色々と忙しいんだ、君を忘れてしまったわけではない」


 クリスティーナに深々と頭を下げる龍。

 最新話更新という執筆活動を忘れて放置プレイしている状態だ。

 というか、第一話以降全く書いていない状態。

 一応の構想はあるのだが、仕事や合コン、鬼丸まるぐりっとの呼び出しで止まっていた。


「しかし、古田島のヤツは何を考えているんだ?」


 そして、龍は思い出す。

 アレッサンドロでの読物マルシェ参加承諾後の古田島を――。


 これより! Web小説家が大嫌いな回想シーンに入るぞ!


***


 ほぼ強制イベントであった。

 龍は古田島達の創作者チームに参加することになってしまった。


「本当に助かったわ、阿久津川くん」

「え、ええ……」


 アレッサンドロの集まりは終わり、街中をぶらぶらと歩く二人。

 古田島は鼻歌を歌いながらルンルンと歩いている。

 龍は上目遣いで「こいつ、キャラが完全に壊れてやがる」と心の中で述べる。

 何故だかわからんが、古田島が嬉しそうなのは間違いない。


「私、学生時代は小説家志望だったのよね」

「はあ……」


 唐突に自分語りが始まりやがった。

 古田島は学生時代、龍と同じくして小説家志望だったというのだ。


「小学生の頃から小説を読むのが大好きでね。特に雲井沙羅先生の『蝶の鏡界シリーズ』が大好きだった」

(誰やねん)

「私、先生のような作品を書きたくて小説家になろうと決めたの。だから、高校生の頃から作品を書いて色んな公募に出し続けた」

(マジかよ、高校生の時からって凄いな)

「でもね、現実は甘くなくて書いては落ちて、書いては落ちての繰り返し。そして、高校を卒業して大学に進学してからも書くのは止めずに、公募に作品は出し続けた」

(……不屈の精神だな)

「でも、やっぱり公募には落ちる。それから、ただやみくもに書いてもダメだと思って文芸部に所属したわ。色んな人に自分の作品を読んでもらって感想や意見をもらって腕を磨くためにね――時には有名な先生の小説講座も受けたりもしたわ」

(……努力したんだな)

「時には辛辣な意見も貰ったけど頑張ったわ。兎に角、夢に向かって走り続けた。そして、遂にある公募の最終選考に進んだけど――」


 小説家になろうと努力し続けた古田島。

 たゆまぬ努力を続けた彼女は遂に最終選考に進んだようだ。

 しかし、その結果は何となく龍にはわかった。


「――落ちた」

「正解」


 古田島は悲しそうな笑みを浮かべた。


「それからね、私は作家になるのを諦めた。人間は夢ばかり見ていたら生きられない……学業や就職活動、仕事と現実の連続に直面していったらね」


 夢破れた古田島の話を聞き、龍は立ち止まり尋ねた。


「代替え手段ですか」

「代替え?」

「読物マルシェに参加することですよ。同人誌を作って、出して、人に売って、人気作家気分を味わいたいんですか」

「阿久津川くん……」

「もし、ただのごっこ遊びなら自分は何か違うような気がします」


 正直、龍の言葉は辛辣なものがあった。

 何故、龍はこのような言葉を出してしまったのかわからない。

 龍も随分と身勝手でひどいことを言っていることは自覚していた。


 何かを目標にして懸命に努力し続けることは素晴らしい、

 しかし、いつか理想と現実の合致しているかどうか見つめ、諦めるものは諦めなければならないときがある。

 古田島は日常の現実に押し流されながらも、夢に向かってひた走り、その結果として違う道を選択したに過ぎない。

 だが、龍は古田島に『捨てきれない何か』を本能的に感じ取ってしまった。

 もし、それが同人誌即売会で作家ごっこをしたいのであれば違うのではないかと思ったのだ。


「本当に諦めたんですか。だったら、何で読物マルシェに作品を出そうと思ったんですか」


 古田島は地面を見つめ、足取りはゆっくりとしていた。

 何かを言おうと懸命に言葉という形に出して考えているようだった。


「なんだろう……自分でもわからないや」


 ゆっくりと古田島は空を見上げる。


「アレッサンドロは偶々立ち寄ったお店でね。そこには創作を楽しむ人達が集まってて、みんな見返りを求めないで活動をしていたの。小説家になりたいとか、誰かに褒められたいとか、そういうものじゃなくってさ……」


 言いにくそうにする古田島。

 彼女のその姿を見て、龍には何が言いたいのか理解した。


「羨ましく見えたのでは?」


 そう、羨ましく見えたのだろう。

 古田島は小説家になろうと目指すまではよかったが、それがいつしかコンテスト等受賞するという通過点だけが目標になっていた。


「それに『自分は何故小説を書いていたのか、本当の答えを出したい』と思っている。古田島さん、自分にはそう見えました」


 小説を書きたいではなく、小説家になりたいというものになっていた。

 何故、自分は小説家になろうと思ったのだろうか。

 ただの憧れと好きから始まった書き初め。

 何故、自分は小説を書いていたのか、その答えが見つからないままでいたのだ。

 その答えを出すために古田島は読物マルシェに参加するのだろう、龍はそう思った。


「阿久津川くん、言葉にしてくれてありがとう」


 古田島は振り向き、静かに龍の手を握った。


「い、いえ……」


 それは古田島だけではなく、龍自身もそうだった。

 自分は何故小説を書いていたのか――。


***


「チクッ! チクッ! ちっく生姜焼き!」


 龍は畳の上でエアバッティングしていた。(一本足打法で)

 女性に手を握られるなど生まれて初めてだった。

 あの古田島に「ドキッ!」としてしまったのだ。

 これは――これはひょっとして恋なの!?


「そんなことがあってたまるか! ちくしょうめえッ!」


 龍はクリスティーナのイラストを見つめる。

 こんなことがあってたまるか、俺はクリスティーナ一筋だ、という危ない思いだ。


「…………」(顔がレッドになる龍)


 しかし、あの時の古田島は綺麗だった。

 普段はガミガミうるさい委員長キャラのような古田島が『美しい女神』に見えちまった。

 いかん、このままでは脳内が古田島でいっぱいになるぞ。

 追い詰められた龍は、ここで脳内から古田島を消し去る方法を思いついた。


「ウラアアアアア!」(顔がキマイラになる龍)


 急いで「飛龍クリック!」と叫びならパソコンを操作する。

 開く画面はPC版DXのギアドラゴンアカウントだ。


「そうだ! 今日は黒鳥達のサイバーラウンジじゃい!」


 時刻は八時半。

 古田島で上書き保存されかけたが、今日は黒鳥、まうざりっと、色帯寸止め達の音声会話。

 お題は『書籍化するためのコツ』が始まる。


「ドラグナーリスニング!」


 黒鳥のアカウントから、龍は神妙な面持ちで音声会話を聞き始めた。

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