第三十七筆 レイヴンクラブ!
「ありがとうございました」
高校生くらいのバイト店員の挨拶を受け、龍は店を出る。
そして、手に持つ唐草模様のがま口財布を睨む。
「金〇は四百勝、張〇は三千本安打、俺は千五百円……」
鬼丸に頂き女子された龍は無駄使いをさせられた。
コーヒーなら四百五十円で済んだが、鬼丸はお茶とケーキを頼んだのだ。
その分だけ出費はデカい。
お前とデートしたわけでもないのに何故?
数分程度の会話で何故このように金を使わされるのだ。
龍は静かな怒りと哀しみを胸にするも――。
「ありがとうか……」
それと同時にどこかほっこりもしていた。
自分をギアドラゴンではなく、本名で呼んでくれたのだ。
それにどうやら自分がアドバイスした『求職者支援訓練』を受けるという。
新しい道へと一歩踏み出すのだ。
偶発的であったが鬼丸を社会へと向き合わせることが出来た。
龍は人情派でチョロい。
たった一つの「ありがとう」でお腹いっぱいにはならないが、心のビタミン剤にはなる。
普段から古田島などに叱られっぱなしだっただけに嬉しいものであった。
「それにしても……」
スマホを取り出した。
まるぐりっとより聞かされた黒鳥響士郎の件だ。
「黒鳥響士郎――っと」
危険な行為『歩きスマホ』をしながら検索する龍。
その名はWeb小説界に身を置くものならば、一度は効いたことがある名前だ。
まるぐりっとに渡された『書籍化を呼ぶ雄鶏』もそうだが、合コンでWeb小説にハマる月夢杏の弟の件でその名を聞いたほど。
しかし、龍はこの黒鳥という男に関しては全く知らん、わからん、誰やねん状態。
そこでネット様の力を使い、黒鳥という男がどんな男か詳しく調べることにしたのだ。
19××年8月24日の乙女座。
国立大学卒業後に大手IT関連企業に勤めながら、ラノベの小説講座受講。
処女作である『竜王の娘、普通の女子高生として生きる!』は第一回電脳小説大賞で大賞を受賞。
以降は勤め先の企業を退職し、専業作家として数々の書籍化やアニメ化を果たしている。
「めっちゃ大物じゃないか」
ワナビの龍にとっては雲の上の存在だ。
鬼丸は言っていた「黒鳥先生は誰でもフォローバックしてくれるわ」と。
気軽に誰でもフォロバ、どうにも信じられない。
そんな大人物 (界隈の中だけだが)が、龍みたいな小物をフォローしてくれるのだろうか?
うんうんと悩む龍であるが――。
「書籍化……」
龍はその夢に向かって走っていることも事実。
書籍化を果たした者達の苦難を見聞し、書籍化というものに心が少し揺れ動いていたが――。
『登らなければ、やってみなければわからない境地もあるでしょう』
鬼丸はそう言っていた。
山を昇らなければ見えない風景があるのも事実。
過酷なWeb小説というエベレスト。
登った先が天国か地獄かはわからない。
それでも、その世界を深く覗いてみたい好奇心が湧いていたのだ。
「これが黒鳥響士郎……」
龍は早速DXで黒鳥のアカウント見つけた。
メガネをかけたイケメン執事風のアイコンだった。
(飛龍クリック!)
龍は流石に街中なので叫ばない。
しかし、クリックは心の動作だ。
叫ばずとも、派手な動きをせずとも心で押せばよい。
黒鳥を龍は秒速でフォローしたのだ。
「えっ!?」
するとどうだ。
秒速を越えた音速でフォローバックされた。
フォローされたのはもちろん黒鳥響士郎、本人からのものである。
「ほ、本当に誰でもフォローバックするんだな……」
マジでフォローしてきやがった!
龍は冷や汗をかきながら大変戸惑った。
ラノベ界の重鎮からまさか音速でフォロバされるとは思わなかったのだ。
鬼丸の言っていたことは真実だったのだ。
「ゴクリ……」
龍はとりあえずDMを送ることにした。
鬼丸の言いつけ通り『まるぐりっとの紹介がありました』というシンプルな文章だ。
この言葉にどういう意味があるかはわからない。
でも「これは一種のフラグであるはずだ」と龍は直感的に思った。
ゲームで言うところの何かを条件にすることで起こるイベント。
そのイベントがどういったものかは皆目わからない。
だけども、何かをやらない限りは何かが起こらないのが自然の摂理だ。
ギアドラゴン:まるぐりっとの紹介がありました。
龍はドキドキしながらDMを送信する。
返事は来ない、それもそうだろう。ラノベ業界の有名人から秒速で返信が――。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:はじめまして、黒鳥響士郎です。
来てしまった。
「く、く、黒鳥響士郎先生からお返事が来てしまったばい!」(エセ博多弁)
龍は膝をガタガタと揺らし、その振動が体全身を揺らす。
まさに『こんにゃく打法』。
おっと、そうじゃない。
武者震い、これは心が勇み立つ武者震いなのだ。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:ギアドラゴンさん、弟子のまるぐりっとからお話は聞いていますよ。
武者震いしていると、黒鳥に矢継ぎ早にメッセージが届く。
事前にまるぐりっとから聞いているようだ。
ギアドラゴン:ま、まるぐりっとが弟子!?
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:ええ、まるぐりっとは私の小説講座を受けた弟子。古臭いファンタジー恋愛小説を魔改造して、ストギル受けする異世界恋愛に変えさせるのに大変苦労しましたよ。
ギアドラゴン:な、なんと……。
黒鳥は鬼丸(まるぐりっと)を弟子だと言った。
あの異世界令嬢教の教祖を自分の弟子であると公言したのだ。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:彼女から渡されたでしょう? 『書籍化を呼ぶ雄鶏』を。
ギアドラゴン:は、はい。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:あれは『入門編』にしか過ぎません。
ギアドラゴン:にゅ、入門編だと言うのですか!?
どういうこったい!
黒鳥は自ら創り上げた『書籍化を呼ぶ雄鶏』を入門編であると言った。
あの創作論を基に執筆すれば書籍化にグッと近付けるのではないのか?
ところがそうじゃないらしい。
ラノベ界の重鎮たる黒鳥は言葉を続けちゃうぞ。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:確かに、私の『書籍化を呼ぶ雄鶏』を参考に作品を書いてランキングを駆け上がり、書籍化にこぎつけた作家さんはいます。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:でもね、あれは『書き方講座』の一つにしか過ぎないのですよ。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:ギアドラゴン君、テンプレを踏襲すれば書籍化出来るほど甘くはないよ。
黒鳥のメッセージが嵐のように送られる。
以前、龍は鬼丸に怒涛のようにDMを送られた記憶がある。
きっと、このちぎっては投げ、ちぎっては投げのメッセージ連投は黒鳥の影響によるものだろう。
創作論だけでなく、相手に自らのクセまで伝達させるほどの影響力及びカリスマ性があることが想像される。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:ギアドラゴン君――。
そして、ギアドラゴンの名を呼ばれる龍。
龍はスマホ画面を見ながら直立不動の姿勢となった。
「は、はい!」
思わず声が出てしまった。
液晶画面から送られるのは『文字』という記号である。
しかし、黒鳥に話しかけられているような臨場感があった。
それは黒鳥から自然と発せられるプレッシャーによるものだ。
いくつもの書籍を書き上げ、アニメ化し、専門学校では講師を務めている。
そして、今でも多くのWeb小説家に影響を与えている存在だという。
こうして、DMでやり取りして感じた。このラノベ作家は強いと。
つまり、龍は完全に黒鳥の力に呑まれていた。
書籍化も何もしていない弱小ワナビストは、黒鳥の前に固まるしかなかった。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:まるぐりっとより、君を『レイヴンクラブ』に招待するように言われている。
ギアドラゴン:レイヴンクラブ?
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:みんなで書籍化を目指すサロンさ。
黒鳥からリンク先が送信された。
そのリンク先はこう書かれている。
――BridgeCommサーバー『レイヴンクラブ』に参加しよう!
「ブ、ブリッジコム!」
コミュニケーションツール『ブリッジコム』。
これはテキストチャット、音声チャット、ビデオチャットができる無料のコミュニケーションツールである。
元々ゲーマー向けに設計されていたが、今ではコミュニティや友人グループ、ビジネスのチームなど幅広く使われている。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:この先に書籍化への道が待っている。君と夢を目指す多くの仲間もね。
メッセージを送る黒鳥。
この先に自分と同じワナビ達が待っているという。
「飛龍クリック!」
龍はこの『蛇の穴』への突入を試みた。
それは夢のためか、好奇心によるものか、それとも――。
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