第三十一筆 私は悪魔の契約を結んだ!
不破冬馬、ペンネームはネクロマン・レッド。
作品名は『腐敗の王座』という名のダークファンタジーだ。
簡単なあらすじを説明しよう。
ファルガース王国は闇の魔導師モルガナに滅ぼされ、王女アリシアは隠れ里で育つ。
成人した彼女は追放された魔剣士ガイウスと、古代の魔術師エルダリスと共に王国を救うために旅立つ。
彼らは試練を乗り越え、王国の再生を目指す――というものだ。
ストギル内のランキング最高位は44位。
見る人が見たならば「うわ! ひっく!」とディスるかもしれない。
しかし、ここで考えてみよう。
サイト内では数万作品が公開され、一日に数百件の作品が全国から投稿される。
長文タイトルかつ流行に乗っていない作品で、この順位は大健闘ではなかろうか。
大相撲で例えるならば、幕下力士が前頭筆頭に勝つくらいに凄いものだ。
とにかく、まじパねェのだ。
「ストギル小説は禁書! この世にあってはならぬものぞ!」
吼える不破。
対する古田島は呆れ顔だ。
「別に私は……」
「黙れ黙れ! ストギル憎し! ストギル滅殺! ストギル作品は全て燃やせーっ!」
「だから……」
「ぬっ! まだ撤回せぬか! 貴様はまだ『ストギル小説は青少年の読むべき道徳の教科書』であるとッ!」
不破は人の言葉をちゃんと読解してない。
ここだけの話だが、書くのは得意でも人の話を聞いてなかったり、文を読み取れない人は案外多いのだ。
君達の周りにも、そんな人がいるかもしれないから注意しようね。
「あのね! そんなこと私は一言も――」
「ストギル擁護は悪魔の手先! キエエエエエイ! 実践中国拳法の黒帯の蹴りを喰らえ!」
実践中国拳法って何だよ。
それに中国拳法に黒帯ってあるのかよ。
ツッコミどころ満載の不破の特技、実践中国拳法。
無駄に動きが派手なだけの蹴りが――。
「ぐわっ!」
不発した。
蹴り上げる前に、古田島の強烈な掌底が顔面にクリーンヒットしたのだ。
「しまった……」
古田島は己の右手を見る。
ああ、やっちまった。
本当は平手打ちするつもりだったが、誤って肉の厚い部分で打ってしまった。
軽くビンタするつもりがヒグマの一撃となったのだ。
それにしても不破は口だけで弱い男だ。
全然凄くない、たった一発でKOしたぞ。
まさに紙の装甲、白目をむいて倒れちまったというわけさ。
「こ、古田島優勝」
龍はよくわからない台詞を吐いた。
とりあえず、古田島は正当防衛だ。
襲いかかる暴漢の攻撃を護身しただけなのだから――。
***
「誠に申し訳なかった」
不破は深々と頭を下げた。
場所は居酒屋、ここは合コンの二次会場ではない。
意識を取り戻した不破は、龍と古田島に連れられて居酒屋『せんが』に来ていた。
冷静さを取り戻した不破に事情を聴くために訪れたというわけだ。
「……ストギル小説を擁護していると勝手に脳内変換されていた」
指ぬきグラブをはめた手で焼き鳥 (もも肉)を食し、不破は大変申し訳なさそうな顔をしている。
龍が不破に尋ねる。
「あ、あの……何故そこまでストギルが嫌いなのですか? 不破さんは書籍化作家なのに……」
不破はワナビの目標である書籍化作家様だ。
それに話を聞くと出版社からの拾い上げされてデビューしたようだ。
ストギルという小説投稿サイトのお陰でプロになった。
それが何故こうも正気を失うほど、不破がバーサーカーモードになったのか理解不能だった。
「それはストギルという存在が、私の作家としての魂を奪い、殺したからだ!」
「ど、どいうことですか?」
龍はネギまをつまみながら尋ねると、不破は生ビールを一口する。
「それより、阿久津川とやら……君はWeb小説に詳しいようだが?」
「え、ええ……まあ……ちょっとだけ……」
古田島をチラリと見ながら答える龍。
かなり警戒しているようだ。
何故なら、Web小説を書いてることを古田島に知られたらマズイ。
管理野球な上司のことだ。
部下がどんな作品を書いているかチェックするに決まっている。
「……どうぞ続けて」
ヘルシーな野菜串を食する古田島。
つまらなそうな顔だが、二人の会話に多少の興味があるようだ。
視線は外に向けながらも、耳を龍達に傾けている。
「では話を続けよう……私の拙作『腐敗の王座』の総合ポイントが五千を超えたときだ。一通のお知らせが私の元へと入った」
龍はピンときた。
以前、どこかのラノベ作家が自慢げにスクショであげていたものがある。
それはアカウントのお知らせ通知欄に、出版社からの書籍化打診のメールが来るものであった。
「ひょっとして……書籍化の打診ですか?」
「左様、見ると新興レーベル『ヒヒイロカネノベル』からのもの。調べると大手出版である田代書店のグループ会社だった」
「ん!」
「……どうした」
「な、何でもありません」
龍はふと思い出した。
以前絡んできた、異世界令嬢教の書籍化作家『サクリンころも』のことだ。
サクリンは、このレーベルから作品を出していた。
「何にせよ、私の作品はストギル受けしない作品ぞ。公募も最終選考まで進んだが落選し、心が意気消沈していたのでこれ幸いだった」
「だから打診を受けたと?」
「悪魔の囁きを神の救いと思ってな……。当時の私は浮かれ、ウキウキで契約書にサインした」
不破は一気にビールを飲み干す。
「だが、書籍化作業が始まったのはいいが、この編集がとんでもなくいい加減なヤツだったのだ!」
「い、いい加減?」
「改稿、誤字脱字の修正はほぼ作者任せ! イラストも表紙だけで押絵はほぼなしぞ!」
「な、なんだってー!?」
びっくり仰天の事実を聞かされた。
本を出版すべき編集が職務放棄レベルでお仕事をしていない事実。
これだったら自費出版か同人誌作った方がマシなレベルだ。
「それに担当からは『次巻を出します』と伝えられ、私は必死に改稿と誤字脱字の修正をしてデータを送ったがほぼ放置。我が腐敗の王座の二巻がいつ出るのか不明だ……私より後に出たデビューしたサクリンの作品は二巻目が出たのに……ううっ……」
指ぬきグラブで涙を拭う不破。
大切な娘を慰めものにされたような気持ちだろう。
龍はワナビといえど、その気持ちが痛いほどわかり、もらい泣きしそうになった。
「そんないい加減な会社とは手を切ったら?」
古田島は野菜串をつまみながら一言。
不破は再び憎しみにより修羅のような表情となる。
「それが出来ぬから困っているのだ!」
「ど、どういうことですか?」
龍の問いに不破は答えた。
「契約を切ろうにも、電話やメールで確認しても『担当者はご不在でーす』の一言であしらわれる!」
「そ、そんな……」
「私は『悪魔の契約』を結んでしまった!大切な作品『腐敗の王座』はずっと悪魔に預けられたままぞ!」
哀れな不破、ウキウキで打診を受けたらコレである。
龍は慰める意味でこうアドバイスした。
「新作を書きましょう! 不破さんの実績ならまた書籍化出来ますよ!」
だが、不破は龍を睨む。
「それが出来るなら苦労はしない!」
不破は食べ終えた焼き鳥の串をへし折った。
「私は契約でヒヒイロカネの専属作家となっている! つまり新作を書いても他社から出せない状況ぞ!」
荒ぶる不破、古田島はつまんなさそうな口調で語る。
「……裁判でも起こしたらいいんじゃない」
「ふっ……貴女はこの業界のことを知らぬようだな」
「どういう意味?」
「この出版業界は横の繋がりが深いのだ! 裁判など起こしたら『あの作家は面倒くさい』と思われかねない! それにヒヒイロカネのバックには大手の田代書店がいるのだぞ!? 全力で潰されるに決まっている!」
不破は肩をすくめて、絶望の表情となる。
「もうどうしようもない……作家として生きているようで死んでいる状態……私は『生ける屍作家』なのだ」
「ふ、不破さん」
「阿久津川くん、ストギルには作家の魂を喰らい、私腹を肥やそうとする悪魔が隠れている。そんな悪魔を黙認するストギルは、早く閉鎖して欲しいと私は思っているぞ」
「そ、それは言い過ぎでは……」
「言い過ぎとは思わん。ウソつきと夢見るバカどもは書籍化をキラキラとしたものだと語るが、実際はそれほど儲からないし、こうやって魂込めた作品を汚されることだってあるのだ」
龍は何も言えなかった。
SNSでは煌びやかに振る舞うまるぐりっと。
だが、鬼丸まりあのリアルは過酷だったことを龍は知っている。
書籍化とは一体何か? 創作とは何か? 作るとは何か?
鬼丸と不破の出会いは、ワナビストの心を深く揺さぶるのであった。
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