第三十二筆 古田島の告白!

 ガタンゴトンと電車が揺れます。

 電車の車両にはほぼ人はおらず、席はガラガラときております。

 そこに男女がお二人さん、龍と古田島のお二人さん。


「…………」


 無言の静寂が流れます。

 まるで学校の授業を受けているような二人でございます。


「…………」


 まだ喋りません。

 時刻は既に10時を周っております。

 哀しきゾンビノベリストとの二次会モドキは終了。

 お二人さんはこれから帰路につくというわけです。

 龍と古田島は別の町に住むが、一駅ほどしか離れておりません。

 従いまして、お二人さんは同じ電車での帰宅というわけです。


「あの人……小説家だったのね。道理で変わってると思った」


 先に仕掛けたのは古田島さん。

 キレのいい直球を投げ込む。


「『変わってる』という言葉、トゲがあります」

「……そうかしら?」

「心の内に閉じて下さい」


 ガタンゴトンと電車の進行が鳴り響く。

 古田島はふっと笑う。


「昔から言われる。梓の言葉にはトゲがあるって」


 古田島はクスリと笑う。


「職場と違って、ハッキリ言うときは言うのね」

「……酒のせいかもしれません」

「お酒?」

「はい。これは昭和の時代、ノミの心臓と言われた名投手の逸話で説明が出来ます。その名投手こと今――」


 龍は昭和が大好きだ。

 かつて実在した酒仙投手の名前をあげようとする。

 オタク特有の聞かれてもいないことを喋ろうするアレだ。

 だが、古田島は興味なさそうに一言。


「私、野球とかわからないんだけど」


 ドカンと牽制球を投げられる。

 これには龍もタッチアウト、上司にどうでもいい知識を披露してしまったようだ。

 無論、龍は恥ずかしくなり頭を下げる。


「す、すみません」


 普段は無口で迫真顔の龍。

 職場では「わかりました」「すみません」の言葉を多用し、それ以外はあまり聞いたことがない。

 古田島にとって、龍のプライベートの話を聞いたのはつい最近だ。

 自分には彼女の影がいるかのような匂わせる発言をしていた。


 しかし、それが龍の大見栄だろうと古田島は後から気付いた。

 最初はその言葉を鵜吞みに信じてしまったが、よくよく考えると龍に彼女などいるはずもない。

 普段から何を考えているかわからない顔をしているし、休憩時間はスマホで漫画や小説らしきものを読んでいる。

 龍がヤマネコ運輸に入ったときから気になってはいたが『どうにも自分と同じ匂い』がする。

 同族、同類の香りだ。


 根拠はないが『女の勘』というやつだろう。

 龍のことを深く探るため合コンに参加したが、その勘はどうやら当たっているような気がする。

 古田島はそれがたまらなくおかしくなった。


職場いつもの阿久津川くんに戻ったわね」

「そ、そうですか?」

「すみません、殆どそれしか言わないから」

「は、はあ……」

「話は変わるけど阿久津川くんって昭和が好きよね。何か理由でも?」


 グイと顔を近付ける古田島。

 女性に顔面を近付けられることに馴れていない龍。

 肩をすくめ、顔を硬直させながら説明する。


「今の時代にないパワーがありますからね!」

「そう? 昔も今も変わらないんじゃないかしら」

「古田島さん、それは違いますよ」

「違う?」

「今は薄っぺらいというか何というか……コツコツ努力を積み重ねるよりも、テクニカルにスマートに物事を解決したい。それに一生懸命に頑張る人を外から笑う人が多くなったような気がするのですよ」


 テレビの文化人コメンテーターのように語る龍。

 そして、ついつい熱くなって席から立ち上がってしまい拳を握る。


「そう『友情、努力、勝利』が足りない! 主人公も『本当は○○の一族だった』『実はお父さんは凄い人だった』というパターンが多い! 地味ながらも魅力あふれるキャラが少ない! それではいかん! 汗と涙と根性! 熱く激しいストーリーライティングが必要! 芸術は爆発だーっ!」


 古田島は暫く「ぽかん」と口を開けていたが、


「あはははははっ!」


 キャラが崩壊するほどの笑い声をあげた。


「お、おかしいですか?」

「いや、サブカルだけの知識っぽいのに熱く語ってるのがね」


 ぐうの音も出ない龍。

 彼は昭和生まれの昭和男児ではない。

 それがさも昭和の時代を生きた男のように語っているからだ。

 昭和の作品の雰囲気を感じとり、自己解釈に基づく社会評論をしているだけなのだ。


「でも、そういうのいいんじゃない。大事な部分を見落としてなくてさ」

「あ、ありがとうございます」


 上げて持ち上げるの逆。

 古田島は下げて持ち上げるという高等テクを披露する。

 まさに上司のお鏡さん。

 龍はちょいと照れ笑いをしてしまっている。


「世の中、斜めに構える人が多くなったわよね」


 古田島はしんみりと語り、


「阿久津川くん、ひょっとして小説とかも詳しい?」


 懐に飛び込むような発言のコンボ。

 龍はギクリとしながら目を開かせる。

 その表情を見て、古田島は「ふふん」とした顔になった。


「趣味嗜好からして、ラノベって言われるジャンルなんでしょうけど」


 ズバリと阿久津川くんの好きなジャンルを的確に当てる古田島。

 それはまさに配球を読んで、ボールをスタンドインさせる一流打者のようである。


「え、えーっと……」

「誤魔化さなくてもわかる。不破さんとの会話でWeb小説のことに詳しそうだったもの」

「し、知ってるんですか? Web小説のこと……」

「まあ、ちょっとだけ」


 何と古田島はWeb小説のことを知っていたようだ。

 全くサブカルに興味がなさそうな古田島だが、これ実に意外であった。

 堅物そうで読んでいるとしても、古典や小難しい文学小説しかなさそうなのにびっくらコンコン。


「相互にいるのよね。出版の編集者が」

「え?」

「大学時代の友達だけどね。よくDMで愚痴ってくるのよ」

「どんな……」

「担当する作家がダメダメなんだってさ」


 古田島は向かいの席の窓を見ながら語り始める。

 それはどこかバカ騒ぎをする学生を見ているような冷たい表情だ。


「Web小説をバカにされたと思ったら、フォロワーと一緒に誹謗中傷まがいのことをするんだって。注意しても聞かないから、作品を打ち切りにしようっていう話が編集部で持ち上がっているらしいわ」

「う、打ち切り」

「仕方ないわ。他にも守秘義務である契約のことを自慢げにポストするし、著名人のアカウントにケンカを吹っ掛けるらしいわよ。積もり積もって切るってわけ」

「す、凄い話ですね」

「子供よね。何歳くらいの作家なのかしら」


 これまで出版社に食い物にされる作家を数多く見てきた龍。

 今度は作家に振り回される編集の話を聞き、何とも言えない気持ちとなった。

 作家だけが被害者にはなりえないのだ。

 編集、出版社もまたモンスター作家に襲われることだってある。


「その友達ね。自分がその作家の作品を拾い上げたもんだから責任を感じているんだってさ」

「……責任ですか」

「仕事辞めちゃうかもね」

「そ、そこまで……」


 太古の昔から、数字が正義、売れれば良しのディストピア。

 出版社は作家を喰らい、作家は捻じれた夢に心を躍らせる。

 読者は歪な作品に心を満たし、プロになり損ねたものは妬み僻む。

 どっちも、どっちも――どっちも、どっちもだ。

 しかし、そんな暗黒世界であるが希望を見出そうと足掻く者もいる。


「辞める原因はそれだけど、もっと違う意味もあるみたい」

「え?」

「小さい出版社を立ち上げたいらしいわ。もっと真面目な作品を世に出したいんだって」


 ガタン、と電車が止まった。

 龍が降りる駅とは違う手前の駅。

 ここに古田島は住んでいる。


「阿久津川くん」

「は、はい?」

「私、学生の頃に小説書いてた」


 古田島はそれだけ述べると電車から降りた。

 龍は暫く時が止まったかのように動けないでいる。


「ええっ!?」


 数秒遅れで龍が驚きの声を上げた。

 あの古田島が小説を執筆していたというのだ。

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