第三十筆 その名は不破、生ける屍作家!

「一丁締めで参りたいと思います! それでは皆様お手を拝借! 」


 泰ちゃんは手を軽く広げ『手締め』の姿勢へと入る。

 それに合わせて全員が同じ姿勢をとる。

 これは日本の宴会や行事で行われる、古来から行われる日本の風習である。

 無事に終わったことを祝い労うときに、威勢の良い掛け声と共に手が打たれるのだ。

 一説によると、古事記の中の国譲りの神話に登場する『手を打つ』がルーツであるという。


「いよーおっ! 」


 手締めの種類にはいくつか種類があり、今回は『一丁締め』。

 忘年会や飲み会など軽い宴会で行われるもの。

 なお、他には一本締め、三本締め、一つ目上がりなどがある。


「ポンと!」


 全員の手が打ち鳴らされた。


「ありがとうございました」


 泰ちゃん、締めの挨拶。

 これにて、泰ちゃん主催の合コンは無事終了したのである。


「お疲れ様でした」

「ウホウホ! 二次会でカラオケとかどうだい?」

「ゴリラだけで行っとけー!」


 オタク殺し、ゴリラ、ボーイッシュ女子。

 それぞれ挨拶したり、カラオケなどの誘いをするなど和気あいあいとしている。


「にいちゃん!」

「や、野球帽……」

「今日はおおきになっ! ごちゃごちゃ言わんと暫く様子を見てみるわ!」


 キラキラネームの月夢杏よりお礼の言葉を伝えられた龍。

 どうにも、マスターカラテ迅からパクったアドバイスが励みになったようだ。


「ああ、うん、フォームをいじり過ぎたら成績を落とすからな」

「ホンマに、ホンマにおおきにやで! ちょっと心が軽くなったわ!」

「そ、そうか」

「うん!」


 適当に言った漫画の台詞が月夢杏をほんのり救ったようだ。

 恐るべしマスターカラテ迅、と龍は昭和から続く人気漫画の凄さを改めて認識するのであった。


「それから、古田島の姐さんもありがとな! 弟を信じてみるわっ!」


 オマケのような感じでお礼を言われる古田島。

 少し複雑そうな表情でメガネをかけ直す。


「そ、そう……それはよかったわね」

「ほなまた!」


 月夢杏は帽子を取り、手を振りながら去っていった。

 龍はその悪戯っぽい妖精な感じがする彼女の後ろ姿を見つめる。


(これがストギル小説なら、野球帽とのフラグが立つんだろうが――この物語にそんな甘ったれたものはない!)


 とメタな男気宣言を行う。

 これぞ男意気、男道、ワナビの道を魁よ。

 色なし、恋なし、情けありである。


「古田島さんも、龍さんもお疲れ様っス!」


 泰ちゃんが二人にペコリな挨拶をする。

 合コンの幹事として、ビッグボスとしての務めを無事果たした。

 二人の見合って、何故かニコニコと笑顔を振りまきながら、


「ご武運を!」


 と述べ、経験値をたくさんくれるスライムのように駆け足ダッシュ。

 先に夜の街へと消える仲間達の後を追っていった。


「あっ! た、泰ちゃん!」


 泰ちゃんを呼び止めようとする龍。

 ところがどっこい止められません。

 哀れ龍は古田島メガネと二人っきりになってしまった。


「…………」


 龍の顔を青ざめる。

 一瞬だが「お美しい古田島様」と思ったが今は違う。

 メガネを光らせ、腕を組み仁王立ちの古田島。

 その立ち姿は絶対的守護神のオーラを醸し出していた。

 地面という打席に立つ龍は、この大魔神のオーラに圧倒されていた。


「カッコよかったわよ」

「へ?」

「何でもないわ――」


 古田島は髪をかきわけながら龍に近付く。


「ところで時間ある?」

「タ、タイム?」

「そう、どこか静かな場所で二人っきりで……」

「ふ、二人で?」

「阿久津川くんは、私の好きな人の『目力』に似てる」

「す、好きな人?」

「芥川龍之介――そういえば名前もよく似ているわ」

(文豪やないかーい!)


 そう述べ、ゼロ距離で顔を使づける古田島。

 あの文豪、芥川龍之介に顔ではなく『目力』という微妙な部分が似てるというのだ。

 しかし、古田島も古田島で変わっているのは間違いない。


「人間の強さは『目力』に現れるものよ……私は活力溢れる目が好きなの」

「でも芥川龍之介って、確か服毒――」

「それ以上は言わない!」


 古田島はゼロ距離で顔を近付ける。

 まるで、平突きで体をぶち抜かれそうな勢いだ。

 美女からの誘い、まさかの逆お持ち帰りイベント。

 これはまさに『ご都合主義のストギル小説』の流れである。

 このままいっちまうか、でも待って欲しい。

 このワナビスト龍はよい子の男気小説だ。妄想を垂れ流す作品ではない。


「古田島と言ったな……」


 従って、水を差される展開をご提供しよう。

 この合コンは再度、水を差される豪華イベントなのだ。


「あなたは……」

「私は『不破冬馬』……泰ちゃんの友人である」

「知ってる。見た目は濃いキャラだけど影が薄い人でしょう?」

「影が薄いは余計ぞ……」


 あのやたらラノベ業界に詳しそうな和柄男だ。

 名前は不破というらしい。

 指ぬきグラブで手をかざしながら、龍達の前に一人立っている。


「どうされましたか? 一人女の子と仲良くなれなくて、置いて行かれたのかしら」


 古田島は青筋を立てていた。

 謎の新キャラに水を差されたことに対する怒りだろう。


「ふん、下手なクソリプはスルーするとして……一つ納得出来ぬことがある!」

「納得?」

「貴女が月夢杏に送ったアドバイスだ! ストギル小説など青少年にとっては害悪ぞ!」


 ググッと右手拳を固める不破。

 古田島は小馬鹿にするような顔で言った。


「ダメかしら?」

「当たり前だのクラッカー! 『心の回復』どころか『心を腐らせる寄生虫』となる! それがストギル小説! 無理にでも奪い取り、焼き払わなければならないのだ!」

「不破さんといったかしら。それだったら、あの時にあなたがそうアドバイスすればよかったんじゃない」


 正論を述べる古田島。

 一方の不破は何故か半身の姿勢を取りながら反論する。


「あれは空気を読んだだけのこと! 後で月夢杏にDMで伝えておく!」

「あなた……ストーカーっぽいわよ?」

「ええいっ! とりあえず撤回しろ! ストギル小説はゴミクズしか読まない資源の無駄遣い! 日本が再び世界の木喰い虫と呼ばれる原因となる書物であると!」


 めちゃくちゃディスる不破。

 主人公なのに存在感がなくなり、背景のモブキャラと化す龍。

 このままでは、表紙で『目力』を発揮するだけのグラビアアイドルだ。

 それだけは避けたい龍は必死に台詞を述べる。


「あ、あなたは一体何者なんですか!」


 不破は中国拳法のようなポーズをして答える。


「私は『ネクロマン・レッド』のペンネームで活躍する書籍作家ぞ!」

「しょ、書籍化作家!?」


 何と不破は書籍化作家だという。

 全く世間は狭いものだぜ、こんなところに野生の書籍化作家が現れやがった。

 だが、不破は恨めしそうな顔で身の上話を語る。


「しかし、それも過去の栄光……今では作品を放置される『生ける屍作家』ぞ……次巻はいつ発売されるのだ……」

「あ、あの……言ってることが一方過ぎて……」

「それもこれも……私の渾身のダークファンタジー『腐敗の王座』をヒヒイロカネノベルと『悪魔の契約』を結んだばかりに……」

「あ、悪魔の契約?」

「ストギルという『腐ったみかん』がある限り! この世に拾い上げはなくならない! 悪徳出版社アークデーモンに作家の魂は吸われ続けるのだ!」


 龍と古田島はこの意味不明な展開に戸惑うばかり。

 不破の述べる『悪魔の契約』とは、どのような契約なのだろうか。

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