第二十九筆 Web小説の評価!
「アレはホンマにアカン。拗らせた人が書いたような痛い内容や」
(こ、拗らせた人……)
水差しポニーテール女子を鷹のような目で見つめる龍。
どうにも、彼女はストギル小説がお気に召さないようだ。
「
端の席に座るボーイッシュ女子が静かに尋ねた。
月夢杏、それがこの水差しポニーテールのキラキラネームのようだ。
「せや、うちが読んだんは主人公がブラック企業の会社員でな。三十路過ぎて、趣味はゲームだけで嫁もおらん孤独な状態や」
「せ、世知辛い設定ね」
主人公の悲しい生い立ちを知り、複雑な表情を浮かべるオタク殺し。
顔は気の毒そうだけど、あまり同情していない。どこか冷たい表情なのは内緒だ。
さて、水差しポニーテール、こと月夢杏は話を続ける。
「ほんで、謎の女神様が現れてチート能力を与えられてな。生まれ変わった先で美少女達に囲まれザコ狩りを繰り返すという内容でんな。物語の緩急はないし陳腐、ご都合展開が多すぎや。きっとこの小説は『作者と読者の腐った願望なんやな、おーん』という具合やね」
(お、おい! 野球帽! それは言い過ぎだろっ!)
龍はグラスを握ったまま心のツッコミを入れる。
SNSで同じことを言ったら大炎上間違いなしの発言だ。
「ウホホッ! なんだよソレ!」
月夢杏の向かいに座るゴリラのような男が「ウホウホ」と手を叩く。
肌は日に焼け、黒シャツに金のクロスペンダントをしている。
「お前の弟はそんなもんを読んでるのか?」
「うん……なんか、小説投稿サイトの作品をよく読んでるみたいやで。弟の本棚に並んでる作品を見たらびっくりするで? 夏目漱石などの古典作品ならまだしも、胸を強調した女の子の表紙イラストの本ばっかりやからな。調べたら全部Web小説発の作品や」
「おいおい、中学生までは野球一筋だったんだろ? 何があったんだよ」
「肘を故障してからやな……スポーツ推薦で行くはずやった強豪校に行けんかったのが原因やと思う」
「現実逃避してるってか?」
「かもな、物語の主人公を自分に重ね合わせてるのかもしれん……元々、漫画やアニメが好きな子やったけども……」
ふう、とため息をつく月夢杏。
ゴリラの隣にいる、怪しげな和柄Tシャツを着た細身の男が尋ねた。
「作品の題名を覚えているか」
「タイトル?」
「うむ、聞かせて頂きたい」
片目は髪で隠れ、手には何故か指ぬきグラブをはめている。
泰ちゃんの知り合いのようだが、どこで知り合ったのか謎の物静か男だ。
「確か『異世界美少女』がついてたと思うけどな。長すぎて忘れたわ」
「……内容は覚えているか?」
「何やったっけか……うろ覚えやけど、転生した主人公が料理人の美少女達に囲まれてモンスターをグルメハントするっていう、何かをパクったようなストーリーやったな」
「なるのほど。正確には『異世界美少女グルメ隊 ~ブラック企業の社畜はガツガツ転生! 俺が目指すは伝説のオーガ料理!~』であったのではないか」
和柄男が饒舌に語る。
合コンが始まってから、龍のように殆ど喋らなかったのに舌が回りやがった。
常人では覚えきれないストギル小説のタイトルをスラスラと話したのだ。
正式タイトルを聞いた月夢杏は、指を力強く鳴らした。
「あっ! そんな感じや!」
「黒鳥の作品だな……昨年から連載が始まり、今月になって書籍化したものだ。内容はあんたの言ったように、何かをパクってストギルライズして書いた陳腐なものぞ」
黒鳥――。
龍はふとどこかで聞いたような気がするが思い出せなかった。
「さ、さよか」
「しかし、よく読めたものだ。普通なら3ページでそっ閉じものぞ」
「ま、まあ……弟が何読んでるのか気になったからな」
「ふむ……その弟はいい姉を持ったな」
よう知っとるわ、この人。
どうにも、この和柄男はラノベやWeb小説のように詳しいようだ。
「あ、あの……エラく詳しいですね」
龍は不思議に思い和柄男に尋ねた。
「ん……ま、まあな」
和柄男は何故か分が悪そうに視線を逸らした。
何かを隠しているようだが――。
「うちの弟の将来が心配や! あのまま、二次元ばかりに夢中になって引きこもりになったらと思うと……」
月夢杏が頭を抱える。
ボーイッシュ女子がジョッキを片手に持ち苦笑いする。
「そ、それはオーバーじゃないの?」
「オーバーやないで! 最近は学校を無断で休む日も多くなったんやから!」
合コンの幹事である泰ちゃん。
友人の月夢杏の弟を思い、心配そうな顔となる。
「それは心配だね……流石に学校を休むのはちょっと……」
場の空気が重たくなる合コン会場。
どうやら月夢杏の弟は不登校気味になってるようだ。
龍はゴクリと梅酒を飲み干し、言葉を述べる。
「野球帽よ……見守ってやんなさい」
「へ?」
「今、弟さんは壁にぶち当たっている。その壁を乗り越えたとき、一人の男として成長しているはずだ。男は……人は壁に体を打ちつけながらレべアップしていく……心配することはない」
「せ、せやろか」
「シンプルに考えるのだ。流石に道を大いに踏み外しそうになったときは、愛のゲンコツを喰らわせればいいがな」
酒が入っているせいか、舌がよく回った。
偉そうに格言めいたことを言ってしまったのである。
その言葉は龍オリジナルではない。
マスターカラテ迅のワンシーンをコピペして述べたものだ。
「お、おおきに……」
月夢杏は戸惑いながら、頭を下げた。
少し場が和んだときだ。
「阿久津川くんの言う通りね」
古田島がキラリとメガネを光らせた。
合コンメンバーでは最年長のベテランが月夢杏にアドバイスを送る。
「今は頭ごなしに否定しても意気地になるだけよ。思春期にそういう作品を摂取することは、猛毒になる部分も多いけど――」
(古田島メガネ! それ言ったらSNSで炎上するぞ!)
と途中、龍が心の中で叫びながらも古田島は話を続ける。
「そういう作品を読んで、少しでも心の回復になるのならそれでいいんじゃないかしら」
首を傾げる月夢杏、古田島に不服そうに尋ねた。
「癒し? あんな作品が?」
「挫折した自分の人生と上手く向き合えていない……あなたの言うように、弟さんは小説の中で活躍する主人公に自分を重ね合わせている状態ね。そんな時期も必要ってことよ」
「それが『心の回復』に繋がるんか?」
「そうね」
「現実逃避してるだけやん!」
ドンとテーブルを叩く月夢杏。
少し和んだ場が再び重くなった。
一方の古田島は怯まず、月夢杏に優しく語りかけた。
「だから、阿久津川くんの言った通り『待つ』のよ」
「待つって……そんな悠長な……弟は受験に、就職に、人生の困難はまだまだ続くんやで! これくらいで――」
「今は若いから大丈夫、少しくらい夢を見させてあげなさい」
「で、でも……」
「あなたは弟さんを信じていないの?」
「う、うちは……」
半泣きとなる月夢杏、古田島はメガネを外して微笑んだ。
「大人に成長するには夢を見る時期も必要……弟さんはきっと大丈夫よ」
古田島は話を言い終えると龍を見た。
「だけど、夢から目を覚まさないなら『ガツン』と殴らないといけないけどね?」
「せ、せや!」
龍はエセ関西弁となり、頬が赤く染まる。
それは梅酒によるアルコール作用ではない。
今ここで、古田島を初めて女性として美しいと思ったのだ。
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