第十四筆 龍の摩訶不思議ラブベンチャー!

「FUUUUUM……」


 まるぐりっとの啓示から翌日、龍はアルファベットに悩んでいた。

 龍は令嬢ものを書くか、書かないかの究極の選択、二者択一を迫られている。

 異世界恋愛に限らず、龍は恋愛ものを書くことが最も苦手とする。


 しかし、しかしである。

 まるぐりっとの言葉は的を得ている、と龍は思った。

 書籍化とはつまり商業、商業は『銭になる作品』でなければならない。

 このまま『自己満足』な作品を書き続けても、低ポイントのまま。

 それではいつまで経っても、ワナビ。


 自分はWebという大河を泳ぐ魚。

 書籍化作家という龍になるには、ランキングや公募の競争という大きな滝を昇らねばならない。

 このままでは底辺を泳ぎ続ける小魚、イワシくん。

 大魚に食われるか、ただ闇雲に書き続けて爆死し続けるか。

 悩める龍、君は果たして……。


「……俺はどうすればいい」


 龍はそう述べながら、豚骨ラーメンのカップ麺をすする。

 そう、今はヤマネコ運輸のお昼休憩である。


「またカップ麺……」

「ズルッ!」(古田島マネージャー!)


 悩める龍に話しかけるは古田島、メガネ上司である。


「ズルッ! ズルッ!」(すいませんが、今日だけは話しかけないでもらえますか)

「隣座るわよ」

「ズルッ! ズルッ! ズルッ!」(お、おいやめろ! 俺を一人にさせろ!)

「失礼」

「ズルッ! ズルッ! ズルッ! ズルッ!」(と、隣に座るな! あっちへいけメガネ!)


 音を立てすぎだ龍。

 それに今はお昼休憩中、休憩室は人が多く、それぞれがランチタイムだ。

 席があまり空いておらず、古田島はお前の隣に座るしかない。諦めろ。


「いただきます」

「ズルリンッ!?」(こ、これは!?)


 古田島は用意したのは手作り弁当。

 それはなんとキャラ弁、大人気アニメ『ピクセルモンスター』の『エレポッサム』である。

 なお、エレポッサムの鳴き声は何故か「ヒッガシオゥ」である。


「どう? 凄いでしょう。一度挑戦したかったのよね」


 ドヤ顔の古田島、どうやら龍にこのキャラ弁を自慢したかったようだ。

 まるで国民的ネコ型ロボットアニメに登場する、独特のヘアスタイルを持つ金持ちである。


「ズル……」(面倒なものを作りやがって)


 と龍は思いながら麵をすすり続ける。

 手間暇かかる弁当など作って何の意味があるのだ。

 それよりも、この安価でスピーディかつデリシャスなカップ麺の方が旨い。

 龍は頑なに信じ、インスタント食品を食べ続けていた。


「阿久津川くん、いい加減にちゃんとしたものを食べなさい」

「ズル……ズル……」(またそれか、お前は一生玄米食でも食ってろ)


 古田島は黙々とカップ麺を食す龍を見る。

 それはまさに管理野球、いや管理配送業である。


「人間ね。同じことの繰り返しでは成長しないものよ」

「ズルッ!」


 最後の麺をすすり終える龍、古田島のその言葉が深く心を刺した。

 同じことの繰り返し。

 それはインスタント食品を買い続けるだけでなく、同じ作風を書き続ける自分が言われているようだった。

 心が重くなる龍、麵をすすり終えるとスープを飲もうとする。


「ストップ! そのスープは体に毒よ」

「毒?」

「そんなものを飲み続けてたら、ダメになるわよ」


 この古田島の言葉が龍の脳内で変換された。


「そんなものを書き続けていたら、ダメになるわよ」


 龍の耳にはそう聞こえてしまったのだ。

 そうだこのままでは俺はダメになる。ここらでいっちょモデルチェンジせねばならない。

 もうWebでの執筆も二次創作時代を含めると数年、仕事でいえば中堅レベルだ。

 同じことの繰り返しではダメだ、ダメなのだ。直球勝負では限界、ここは一つ変化球をマスターせねばならない。


「古田島メガネ……いや、マネージャー! 深く感謝する! あなたが俺の背中を押してくれた!」


 龍はカップ麺片手に深々と古田島に頭を下げる。

 それは形だけではない、本当の意味での感謝、背中を押してくれた古田島への感謝であった。


「え?」


 呆気に取られる古田島、龍が頭を下げたのは意味不明だった。


「仕事があるので失礼!」


 龍はカップ麺のスープを飲み干しドラゴンダッシュ。

 その背中を見て、古田島のメガネが少しずれた。


「ス、スープを飲むのは体に毒だって……」


 スープを飲むのは体に毒。

 これは何かを暗示するものなのであるが、兎にも角にも龍は覚悟を決めたのである。


「俺は異世界恋愛を書くッ!」


 仕事を終えた龍は神妙な面持ちでスマホをいじっていた。

 まるぐりっとの異世界令嬢教の門を正式に叩くためだ。


 ギアドラゴン:是非、私めを弟子にしていただきたい……!!


 龍は観音様を見た後、土下座するような気持でDMを送信した。

 程なくして、まるぐりっとからの返事が送られてきた。


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:ふふっ……よろしくてよ。では、あなたを正式に『異世界令嬢教』の信者として受け入れましょう。まずは教義を覚えていますか?


 龍はマウザに送られた『異世界令嬢教の教義』を送信する。


 ギアドラゴン:一つ、汝は異世界恋愛を愛せよ!


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:ディ・モールト・ベネ。(非常によろしい)


 ギアドラゴン:俺は……俺は一体何をしたらいい!


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:焦ってはいけません。ぷりちぃ☆ドラゴン。


 ギアドラゴン:ぷ、ぷりちぃ☆ドラゴン?


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:あなたの洗礼名です。気に入りましたか?


「な、なんて、アホな洗礼名だ!」


 頭の悪そうな洗礼名だった。

 でも、まるぐりっとに逆らってはいけない。

 龍は涙を呑んで、そのアホな洗礼を受け入れることにした。


 ギアドラゴン:はい。


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:よろしい。では、今日から私のことを『まるぐりっと様』と呼ぶように。


「くっ……調子に乗りやがって!」


 と呟く龍。

 でも、これも己自身を高めるためだ。

 龍は死んだ魚の目のようになってメッセージを送信する。


 ギアドラゴン:はい。まるぐりっと様。


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:いい子、いい子。では、ぷりちぃ☆ドラゴンに異世界令嬢教の基礎として『書籍化を呼ぶ雄鶏』をあげましょう。


 ギアドラゴン:書籍化を呼ぶ雄鶏?


 聞き慣れない単語であった。

 この『書籍化を呼ぶ雄鶏』とは一体何なのであろうか。

 龍がそう思っていると、まるぐりっとから画像が送信された。


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:これは最短最速、秒速でランキングを駆け上がったり、書籍化するコツをまとめたマニュアルです。


 ギアドラゴン:マニュアル!


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:これはある高名なラノベ講師様が書かれた素晴らしき創作論。ぷりちぃ☆ドラゴンよ、まずはこの『書籍化を呼ぶ雄鶏』をよく読むのです。


「ぷりドラ☆クリック!」


 龍は新たに「ぷりドラ☆クリック」を開発した。

 これはアイドルなダブルピースをキメ、ジャンプしてから押す。

 という、実に動きが無駄で恥ずかしいクリックだ。

 なお、ジャンプするときは某ゲームの竜騎士をイメージして欲しい。


「こ、これは!」


 龍は目撃する。

 それは恐るべき創作論であった。

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