第七筆 吼えよじゃがいも論争!

 じゃがいも警察との出会いから翌日。

 龍は荒れていた。


「ファッ! ハッ! ファッ! ハッ!」


 今日の龍は『ドラゴン』ではなく『タイガー』となっていた。

 頭に黄色いタオルを巻き、口に割り箸をくわえ、通路を勇壮に闊歩。

 まさに『タイガー・ジェット・龍』と呼ぶに相応しい。

 龍なのか、虎なのか非常にややこしい状態なのは内緒だ。

 それほどまでに龍の精神状態は不安定といえよう。


「ハッタ、ハタ!」


 そして、サーベルのように割り箸を振り回す。

 ブンブンとブンブンと振り回す。

 龍はブンブン丸となっていた。

 それはまさしくWeb小説の狂虎といえよう。


「ハタリハタマタ!」


 左手に持つは『カレーうどん』のインスタント麺。

 三十種のスパイスを使用した旨味がある。

 これが龍のお昼ごはんなのだ。

 時刻は12時と5分、つまりお昼休みに入っていた。


「ハッ! ファッ! ハッ! ファッ!」


 再び割り箸をくわえる龍。

 向かう先は休憩室であるが、龍は昨日の怒りと羞恥心が忘れられなかった。

 何故じゃがいもを出してしまったのだ、出してはいけないのだ。

 無知にも、中世世界観の異世界物にじゃがいもを出してしまったことの不覚。

 また、異世界物だけど中世と銘打ってないからいいじゃないかと思う心。

 二つの相反する思考が交差するロンリネスによる感情だ。


 しかし、悲しいことに龍はこの気持ちを誰にも相談できなかった。

 何故なら、Web小説を書いてることを職場の仲間に伝えていない。

 別に伝えてもいいんだけど、読まれて笑われないかという不安があったのだ。


(じゃがいもはきれい、汚いはじゃがいも)


 シェークスピアの戯曲『マクベス』の有名な台詞をパロディる龍。

 その台詞の意味は全く理解不能だが、龍は面倒くさいことに悩みもあった。

 作中のじゃがいもの件についてだ。

 結局、指摘されたのはいいがまだ修正していなかった。


 何せ、昨日書き上げた男一匹ウルフ大将の最新話。

 昨晩はじゃがいもの歴史を簡単に調べ満足して寝てしまった。

 朝に修正すればよかったのだが、龍は自炊生活を送っている。

 朝ごはんの用意、洗濯物などの家事に時間を取られて修正するヒマがなかった。

 あのまるぐりっとに引リプされたことを引き金に、自作を晒されて笑われていまいか。

 龍はそのことで頭がいっぱいだった。


「コブラアアアアアッ!」


 左指を二本折り曲げてVの字を作る龍。

 カレーうどんのカップがほんのり凹んだ。


「……何やってるの」


 後ろから声をかけられた。

 龍はドキリとして後ろを振り返る。


「こ、古田島マネージャー!」


 二度目の台詞「こ、古田島マネージャー!」である。

 それは驚きと羞恥心の言葉。

 龍は見られてはいけない姿を見られてしまったのだ。

 あの古田島に……。


「阿久津川くん……疲れているのなら有休でもとる?」


 意外な一言、古田島は龍のことを心配してくれているようだ。


「じ、自分は大丈夫であります!」


 龍は首を横に振り直立不動となる。

 まさにサーイエッサーの状態だ。

 そもそも有給休暇は、配送がクソ忙しくなる夏か年末以外のオフシーズンにドッととりたいのが龍の拘り。

 無駄に有休を消化したくないのが本音だ。

 一方の古田島は呆れながらため息をつく。


「ハァ……自己管理くらいしっかりしなさいよ」

「じ、自己管理ですか?」

「まずはその食事ね」

「カレーうどんの何がいけないのでしょうか」

「あのね……阿久津川くん。最近あなた、インスタント食品ばっかり食べているでしょう?」

「え……あ……はい……」

「偶には玄米食とかそういう健康を意識したものを食べなさい」


 お前は医者か、管理栄養士か、 西〇黄金時代を築いたH岡か。

 古田島は龍の食事内容に言及し始めた。


「配送業は体が資本なんだからね。あなたが体を崩すとみんなに――」

(ちっ……うるさいメガネめ。カレーうどんは食べ物と飲み物を兼ね備える最強のメニューなんだよ)

「……人の話を聞いてる?」

「は、はい! 今後は健康を意識した料理を作りたいと思いますッ!」


 龍が上辺だけの反省を述べているその頃、DXの創作界隈では『じゃがいも論争』が巻き起こっていた。


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:中世を舞台にした異世界物でじゃがいもが登場するの、ちょっと笑っちゃうわ。じゃがいもは16世紀以降にヨーロッパに伝わったものなんだから、中世には存在しないはず。時代考証くらいちゃんとして欲しいよね。歴史を無視した設定って、物語の説得力を一気に失わせるんだから。


 このまるぐりっとの龍に対する引リプに噛みつく猛者がいたのだ。


 シュートが強いうまむすこ:おっと、じゃがいも警察出動か? 海外の有名ファンタジーでもパーティでパイプ草を吸う描写があるよね? あれも16世紀以降にヨーロッパに伝わったものだけど、誰も文句言わないじゃん。本当にストギル作家様は面倒くさいねw


 シュートが強いうまむすこ。

 美少女アニメのアイコン、フォロワー数は二桁しかないザコアカウントであった。

 煽り耐性に弱いまるぐりっとは飛燕の反論を行う。


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:歴史を無視するのと創造的な世界観を持つのは全く違うよね。作品に説得力を持たせるためには、ある程度の時代考証は必要だと思うんだけど?


 うまむすこのリプは続く。


 シュートが強いうまむすこ:腹痛いわw ファンタジーなんだから、多少の歴史のズレは楽しさの一部だろw そんなに気になるなら『ご自慢の塩作品』で完璧な歴史考証を見せてくれやw 塩対応せずに答えろよw


 レスバの開始だ!


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:読者を引き込む力があったからこそ、多少の歴史的なズレも許容されたんだよ。それに比べて、歴史背景を無視した設定は物語の説得力を損なうだけ。細かいところに拘ることで物語の深みが増すんじゃないかな。それが本当の作家の腕の見せ所だと思うけどね。


 シュートが強いうまむすこ:物語の深みw 本当の作家の腕w お前の作品よくて二巻で打ち切りになるよw


 そして『場外乱闘』が勃発した!


 ランサルセ:歴史考証をしっかりすることと読者を楽しませることは両立できると思うんだけど。


 彩雲 零:正確な背景設定があれば物語にもっと深みが出て、読者も引き込まれるはずだよ。


 ドムコーソ:こいつ低俗な煽りしかできねーのか。


 オイディプス:こういう人達が創作の面白さをなくすんだよな。


 海田 葵:ラノベファンタジーの楽しさはその自由さにあると思うんだ。歴史的な正確さも大切だが、読者がワクワクするようなストーリーを楽しむことに重点を置いてもいいんじゃないかな。


 腐ったみかんスミス:草! 確かにストギル小説は二巻で打ち切りが多いわwww


 刺しす刺されつのSNSワールド。

 龍のポストを起点に『有意義な議論』から『相手を煽るだけのもの』まで、ストギル内の特定ジャンルの偏りより、よほど多種多様なリプラップが繰り広げられていた。

 さて、火元の龍はその頃――。


「ごちそうさまでした!」


 呑気にインスタントのカレーうどんを完食していた。

 これより午後のお仕事へと向かうのだ。

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