第40話 断罪:夜会事件




「王妃殿下の誕生日パーティーの夜会での件だ。アンヌ、お前はあの日、出発直前に体調を崩していたな」

「はい……」


 アンヌは青ざめた顔で俯く。


「それで付き人が急遽エリナに代わった」


 レイヴィスの視線が、座り込んだままのエリナに向けられる。


「リリアーナも途中で体調を崩し、俺は所用ため傍におらず……エリナに付き添われて休憩室に向かった」


 レイヴィスは静かに言葉を続け、リリアーナを見た。


「そしてそこで、外部から侵入してきた部外者と遭遇することになった――……」


 金色の瞳がエリナに向けられる。


「エリナ、もう一度聞く。どうしてリリアーナを一人にして部屋を離れた」

「それは、だから、奥様に、一人にしてほしいって言われて……」

「だとしても、お前はその場を離れるべきではなかった」


 エリナはバツが悪そうに目を泳がせる。


「お、お腹が痛くなっちゃって……少しだけ……離れました……」

「そうだな。侵入者もそう言っていた。自分が部屋から出るのを確認してから、部屋に入れと言われたと。すべてうまくやっておくから――と……」


 その言葉に、エリナは目を見開き、顔からは血の気が引いていく。


「お前が手引きしたんだろう」


 低い声と眼差しが、まるでナイフのような鋭さでエリナに突きつけられる。


「ま、まさか――そんなわけがありません。その男がわたしを共犯にしようとしているんです!」


 レイヴィスは静かに立ち上がり、椅子の背に手を置いた。

 そして、懐から金貨を取り出す。乾いた血で汚れた金貨を。


(血、血が……)


 ――いったい誰の血なのか。

 青ざめる面々の前で、レイヴィスは事も無げに言った。


「ああ、この血は回収の際についたものだ。ここでは問題ない」


 ――回収の際?


「俺が妻に渡していたこの金貨には魔術のセキュリティがかけてある。どこにあろうと追跡ができる」


 その言葉に驚愕する。


(そんな魔術を?)


 確かに、盗まれたときのためにも、屋敷内の大金にセキュリティをかけるのは当然のことだ。


 だが、それではどんな買い物をしても、使い道が探れてしまうような気がする。

 そういえばレイヴィスはサイモンに対して金貨が近くにあるような確信を持って聞いていた。


 ――知っていたのだ。

 おそらく、すべてではなくとも、ほとんど知った上で話を進めている。


 これではどんな嘘や言い訳も通じない。

 通じるのは真実だけ。


「これは万が一……万が一――何かあった時のための備えにな。リリアーナ、君を信用していなかったわけじゃない。何も起こらなければ、追跡するつもりなんてなかった」


 レイヴィスは少しだけ落ち着かない様子で咳払いをする。


「――話を戻す。あの侵入者は、侯爵家の女使用人に声をかけられたと言っていた。お前によく似た特徴の女をな」

「わ……わたしなんて、特徴ないですよ……誰かと勘違いでしょう……」

「だが、その特徴の女はこの家ではお前しかいない。それに、この金貨はどう言い訳する?」


 金貨をエリナに向ける。

 回収の際に血がついたということは――レイヴィス自身の取り調べによって、あの男から納得できる話を聞き出しているのだろう。


「――エリナ、お前が適当な男を探して買収したんだろう。支度金と報酬にこの金貨を渡して」


 足音が静かに響き、レイヴィスは机の前に移動した。


「その分をここに足せば、ぴったりと計算が合う」


 会計係が保管していた金貨の横に、血に汚れた金貨を置く。


「自分のところに残さなかったのだけは懸命だ。俺がセキュリティをかけていたことに気づいていたか? 自分の手元から出ればそれこそ言い訳のしようがない」

「…………」


 沈黙を続けるエリナに、レイヴィスは容赦なく続ける。


「お前は当日、リリアーナをサポートする予定だったアンヌには薬でも盛って、自分がその役に収まり、城で男を手引きした――」

「…………」

「これは確証はないが……今年、俺の代わりに王妃殿下への花火を上げる予定だった男が、急に体調を崩した。話を聞くと、夜会で女に声をかけられ、飲み物を差し入れられた後から具合が悪くなったということだが――……」


 レイヴィスは口元に笑みを浮かべる。

 それは決して楽しさからのものではない。

 むしろ嫌悪感が滲んでいた。


「その女の特徴も、お前と一致している。そしてお前は、わずかな時間だが俺たちから離れてどこかに消えていたな? どこに行っていた」

「……会場で迷ってしまって」

「そして、俺が花火を上げるために離れている間に、リリアーナにも薬を盛り、休憩室に誘導し、一人にさせて男を中に引き込んだ……」

「…………」

「随分と巧妙な策略だ。その行動力と実行しきった幸運には驚嘆を禁じ得ない。随分とやることが多かったのではないか?」


 ――本当に、そのとおりだ。

 まるですべての運がエリナに味方しているかのように。


 都合よく不審な男を雇えたところも、その男を城内にまで引き込めたことも。

 花火を上げるはずだった人間に、首尾よく薬を盛ったところも。


 相当な運がなければ、どこかで計画が頓挫していた。


 しかし、エリナはそれをやり切った。

 やり切れてしまった。


 もし、レイヴィスがリリアーナに防護魔術をかけてくれていなかったら。

 魔力の鎖で繋いでくれていなかったら。

 助けてくれるのが間に合わなかったら。


 今頃、どうなっていたのか――……


「――エリナ、自分が何をしたか、わかっているのか?」


 レイヴィスは静かに問う。

 その金色の瞳には、冷たい怒りが宿っていた。


「お前のしたことは、リリアーナの名誉を貶め、尊厳を踏みにじり、命の危険に晒し、苦痛を与え、心をひどく傷つけることだ。どうしてそんなことができる」

「…………」

「何故だと問うている!」


 怒号が部屋を揺らす。

 エリナはびくっと身体を震わせ、俯いた。


「奥様に、命令されて……」

「…………」

「奥様は大変な男好きなのです。わたしは、命令されて色んな男を物色して――……旦那様が不在の時に……旦那様への裏切りとわかっていても、鞭を振るわれて命令されると、怖くて――」

「…………」


 この虚言には真っ向から否定できる。

 リリアーナは誰とも深い関係になったことがない。必要ならば証明もできる。


 だが――言葉を出せるか試す前に、レイヴィスに目で止められる。


 自分に任せておいてくれと言われたようで――リリアーナは、口を閉じた。


 ――レイヴィスは、きっと、リリアーナの名誉を守ろうとしてくれている。夫の愛を受けていない、妻の義務を果たしていない宣言など、リリアーナにさせたくないかのようだった。


「よくぞ、それだけの侮辱が言えたものだ。妻の貞淑さは、俺が一番よく知っている」

「魔力のない男なら、不貞の証拠が残らないから――」

「黙れ」


 レイヴィスの手が怒りに震えていた。

 全身から金色の炎が立ち上っているかのようで――まるで、炎のたてがみのようだった。


「俺の妻の身命を危険に晒し、言い訳に侮辱ばかり……いますぐ、お前に罰を与えたいところだが――……」


 レイヴィスは自らの感情を抑えるように、息を吐く。


「――もう一度だけ機会を与える。これが最後だ。心して答えろ」




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