第7話 実家からの手紙
屋敷の主人であるレイヴィスが帰ってこない間、リリアーナは女主人の仕事の説明と屋敷の案内、使用人の紹介を受けていた。
リリアーナは毎日ものすごく快適だったが、執事たちがやきもきしているようで何かと気遣ってくれるのは申し訳なかった。
「――奥様に、ヴァレンティン家より手紙が届いております」
昼食後、部屋にいたリリアーナの元へ執事から手紙が届けられる。
リリアーナはそれを受け取り、部屋に待機しているエリナとアンヌに声をかけた。
「二人とも、少し外してもらえるかしら」
部屋に一人きりになったリリアーナは、そっと部屋の隅に行き、頭を抱えてうずくまった。
(ああーっ! 来た! 来てしまった!)
しばらく部屋の隅で悶絶し、心の準備ができてから手紙を読む。
中身は予想通りの内容だった。
端的に言えば、「お金を送れ」――あと、「この手紙は読み次第処分しろ」――以上。
(やっぱり来たわね――お金の無心!)
実家からの金の無心。これがあるからリリアーナは侯爵家の財産に手を付けたのだろう。
リリアーナは実家――ヴァレンティン伯爵家には逆らえない立場だった。
政略結婚で愛のない夫婦から生まれたのがリリアーナだ。
リリアーナを産んで体調を崩した母は、次の子どもを望めなかった。そして幼いリリアーナを置いて家から出て、いまは昔からの恋人と暮らしている。
父がその後に迎えた後妻――母と結婚前からの愛人は既に父の子を二人、男子と女子を産んでいて、絵に描いたような幸せな家族が誕生した。
そしてリリアーナは、父の下で、一家の異物として使用人同然の暮らしを送ってきた。
父の後妻――新しい伯爵夫人は浪費家で、その子どもたちも贅沢三昧で、身の丈以上の華麗な生活を送ったことで、あっという間にヴァレンティン伯爵家の財政状況は悪化する。
幸か不幸か、母の影響でリリアーナは生まれ持った魔力が高かった。
判定では高位貴族並みの魔力があるらしい。
――魔力の高い高位貴族は、魔力の高い相手とでなければ子が作れない。
父はリリアーナをいつか高位貴族に高く売るつもりで、最低限の教養を与えてくれた。貴族の妻に必要な最低限の教養を。
そして、十六歳になってすぐ、一番高く買ってくれる相手に売りつけた。
それがレイヴィス・エルスディーン侯爵だ。
美しいが情のない冷酷な男と噂される相手。
王国随一の高い魔力を持つ相手に、子どもを産む道具として。
実家で洗脳されながら生きてきたリリアーナは、家族に逆らうという選択肢は皆無だった。
妻としての最低限の務めを果たしながらいままでの鬱憤を晴らすように豪遊し、侯爵家の会計係を篭絡し、言われるままにその資産を実家に送金してきた。
小説のクライマックスで悪行がバレた時も、悪妻は開き直っていた。
自分ぐらい魔力が高くなければ、旦那様の子は産めないと。
そんな自分を追い出すのかと。侯爵家を断絶させるつもりかと。
魔力の高さはリリアーナの唯一の武器であり、縋れるものだったのだ。
(――でも、いまのわたくしは知っている……主人公のエリナの方が魔力が高いことを!)
魔力の高さを誇るリリアーナに、レイヴィスはあっさりと告げるのだ。エリナの方が魔力が高いことを。
だが、エリナへの愛に魔力の多さは関係ない。これは真実の愛だと。
小説では、リリアーナは二重三重の意味で打ちのめされる。
ここが読者としてはスカッとするところなのだが、リリアーナの立場で見ればたまったものではない。魔力が高かったから、高位貴族に売られるために育てられて、実際に売られて、嫁いでからも実家に搾取されて、夫からは愛されないで。
――誰からも愛されないまま、己の唯一の拠り所すら否定されて、追い出される。
その後は別の貴族と再婚し、跡取りを産んでは離婚され、また別の相手と再婚し――……
(あまりにもひどすぎる……)
ぞっとする。身体が震える。尊厳も何もあったものではない。
詳しくは書かれていなかったが、その再婚の繰り返しも実家の命令だろう。
(横領は悪いけれども! エルスディーン家だって、みすみす財産を奪われるのだから問題があるのではないかしら!)
いや、もしかすると、離婚しやすいようにわざと放置していたのかもしれない。
レイヴィスは離婚するとき、リリアーナに賠償を請求しなかった。手切れ金代わりに罪には問わないと言って、リリアーナを身ひとつで家から放り出した。
スムーズに離婚するつもりで、リリアーナが罪に手を染めても泳がせていたのかもしれない。
だとしたら。
「……冷酷侯爵様だわ……」
ちなみに、リリアーナは侯爵家の会計係を篭絡して帳簿を工作させ、実家に多額の送金させる。
その会計係ももちろん断罪されてクビになる。
(哀れだわ)
――とにかく、断罪までの過程はわかっている。
だから絶対に実家に送金するわけにはいかない。
いまのリリアーナは洗脳されていたリリアーナではない。真・リリアーナなのだ。
絶望の未来は必ず回避する。
――とはいえ。
リリアーナは机の上に放り出している手紙を見つめる。
(いつまでも引き延ばすのは無理よね……乗り込んでくることはないと思うけれど……正直、あの人たちの行動は予測できない……)
侯爵家で大暴れされたら大変だ。
子作りのことに言及されるとかなりまずい。
夫婦生活が一切ないことが公になれば、いったいどうなるか。
リリアーナが恥をかくだけならば実質ノーダメージ。
それがレイヴィスにまで及ぶと、想像もしてくない。
ヴァレンティン家が悪いことになるか、エルスディーン家が悪いことになるかも、リリアーナにはわからない。爵位的にはエルスディーン侯爵家の方がよっぽど上だが、実家の家族が調子に乗って暴走したらどうなるか。
(それだけは絶対阻止しないと!! そのためにも、金策をしないと――!)
自分でお金を作って、実家が満足できる金額を送金しないとならない。
(……でも、どうやって……?)
何かを売ってお金に変えようとしても、この家にはリリアーナのものは何一つない。リリアーナの身体すら侯爵家のものなのだ。
あとは労働だが、侯爵夫人が労働するなんて夫に認められるだろうか。何故そんなことをする必要があるのか問われても、正直に答えられない。実家から金を無心されているから、なんて――……言えない。
レイヴィスは冷酷で血も涙もないと言われている。そんな男に言えるわけがない。
もし、もしも、一度は応じてくれたとしても、要求が何度もくればどうなるか。怒って突っぱねられてリリアーナごと実家に返されるだろう。
(そもそも、子作りキャンセルしている悪妻を庇ってくれるわけがないわ)
それでは慰謝料ももらえないし、それを持って修道院に駆け込むという計画も難しくなる。
他は、誰かにお金を借りる――そんな伝手はない。そして借りたとしても返せない。返済の当てがない。
(いったい、どうすれば……)
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