第2話 おっさん、裏切り者のホームレス魔法少女と話す



 流れるような手つきで、会談の場は用意された。物の配置が先程とは大きく変わり、横並びにされていた椅子は向かい合わせに置かれ、その間には唯一の照明器具であるランタンが、辺りを粛々しゅくしゅくと照らしている。



「ふぅ~、準備完了!大変お待たせしました、おじさん!どうぞ上座の方にお座りください!ささ、遠慮なく」


「ああ、お気遣いありがとうございます」



 何だか彼女はこの状況を楽しんでいるような気がする。これから語られる内容は、結構重ためな話であるはずなんだけどな……目の前に座る彼女を見ると、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどの満面の笑みを浮かべている。

 だが、忘れてはいけない、彼女は仲間を裏切ったのだ。でも、今の彼女を見ていると、そんな一面をひた隠しにしているとは到底思えないんだよな……



「あの〜……裏切り者の魔法少女さん?」


「も〜、その呼び方辞めてくださいよ!はるかでいいですよ遥で!というか、もしかして私の名前知りませんでしたか?顔を知っていたから、知ってるものだと思ってたんですけど」


「申し訳ないのですが、存じ上げておりませんでした。何分なにぶん情報には疎いものでして……」


「まあ、情報に疎いってことは私の悪い噂とかをあんまり耳にしてないってことだと思うんで、私的にはありがたいです。じゃあ、改めまして、木澤遥きざわはるかです。訳あって裏切り者のレッテルを貼られた魔法少女をしています。年齢的には現役女子高生です!よろしくお願いします、おじさん!」


「ああ、こちらこそよろしくお願いします、木澤さん。……えっ!?現役女子高生!」


「そうですよ、年齢的にはですけどね。今年で16歳になります」



 ちょっと待ってくれ、現役女子高生とこんな夜に人気ひとけのない場所で密談とか、誰かに見られでもしたら一巻の終わりじゃないか……あっ、そう言えば密談相手がそもそもほぼ指名手配犯みたいなものなんだから、見つかった時点で通報不可避だった。

 

 刑法なんて全くもって分からないが、多分余罪が一つ増えるだけで済みそうだ!……誰か助けてください……


 まあ、もうなるようにしかならないのだから、この後どうなるかについてはもう考えないようにしよう。



「えっと、そんな歳で魔法少女やってるなんて凄いですね、木澤さん。でも、年齢的にはってことは、高校には通っていないってことですか?」


「そうですね、中学校を卒業してすぐに魔法少女になったので、高校には通ってないです。私、両親を幼い頃に亡くしてて、施設で育ったんです。なので、中卒で働きに出ないと生活できないレベルでした。そんなときに、魔王から能力を与えられて……当時の私はめちゃくちゃ喜びましたね、魔法少女になって一攫千金いっかくせんきんじゃ!てね」


「でも、今では皆から裏切り者と呼ばれ、隠れるようにホームレス生活……ハハッ、笑えますよね。不幸中の幸いと言っていいのかは分かりませんが、迷惑をかける家族がいなかったのは良かったですね。あと、私が育った施設も今は別の施設と合併しているみたいなので、あんまりバッシングとかはされていないようでした。まあ、それでも少なからず迷惑をかけてしまった人はいると思いますが……」



 辛そうに話す彼女を見て、彼女という人間がますます分からなくなってきた。これまでのやり取りで、彼女が感情豊かな人間性であることは十分理解したつもりだ。よく笑うしノリもいい、どこからどう見ても普通の女子高生である。


 この子は本当に仲間を裏切ったのだろうか?もし本当に裏切っていたのだとしても、相応の理由があるのではないか?彼女を見ていると、どうしても正当な理由もなく仲間を裏切るような、そんな薄情はくじょうな人間であるとは思えない。



「木澤さん、君は本当に仲間を裏切ったのかい?こんな短い時間で何が分かるんだと思うかもしれないけど、どうしても君が仲間を裏切るような酷い人間には見えないんだよ」



 思ったことをそのまま伝える。


 ここまで関わってしまった以上、どんな回答が返ってこようがどんと来いである。



「裏切ったか裏切ってないかで言うと、裏切ったと答えないといけないですね……とても不本意ですが……」



 どっしりと構えていたつもりだったが、裏切ったと言い切られてしまっては流石に驚きを隠せない。理由はあるにせよ、彼女は仲間を裏切ったと言ったのだ。今までの彼女は、猫を被っていただけなのだろうか?だが、どうしてもそうとは思えない。



「何か相応の理由があるんですよね?でなければ、木澤さんのような子が仲間を裏切るとは思えないのですが……」



 とても怖かった。何故なら、回答次第では目の前にいる彼女が、どうしようもない悪であることが分かってしまうかもしれないからだ。

 

 本当に短い時間ではあるが、彼女について知ったことも多い。そんな彼女を、悪として見たくはなかった。どうか杞憂きゆうであってほしい。



「はい、理由はあります。でも、それを証明する方法も手段も証拠も、何一つとしてありません……そんな話を誰が信じてくれますか?お前の妄想や作り話だと相手にすらされないか、良くて話半分で聞いてくれるぐらいですよ。おじさんは優しいから、信じようとはしてくれるかもしれませんが、多分信じきれないと思いますよ……」



 何か並々ならぬ事情があるようだ。そして、それが悪ではないことは自明である。ならば、素直に思ったことを答えよう。



「信じますよ、木澤さんの話。木澤さんのことはまだよく知らないけれど、こういうときに作り話をするような人だとは思いません。それに、先にこんな見知らぬおっさんを信じて正体を明かしたのは、木澤さんじゃないですか。これは、そのお返しです」



 木澤さんは驚いたような表情をした。そんなに驚かれるようなことを言ったつもりはなかったのだが、どうやら彼女の中では想定外の反応だったようだ。


 だが、そんな彼女も既に表情を笑顔に戻していた。



「ふふっ、やっぱりおじさんは優しい人ですね。本当に、おじさんを信じて良かったです……」


 

 一瞬泣き出しそうな表情をしたが、すぐに笑顔に戻る。



「あっ、ずっと聞きたかったんですけど、おじさんって名前なんて言うんですか?」


「そう言えば、まだでしたね。もう初めましてではありませんが、菊池裕和きくちひろかずです。今年で40歳のおっさんですが、改めてよろしくお願いします、木澤さん」


「おじさん菊池さんって言うんですか……うん、覚えました!こちらこそよろしくお願いします、菊池さん!よし、じゃあ理由を話していきましょうか!というか、元の予定だとこの話をするための時間だったのに、何でこんなに脱線しちゃったんですかね?」



 確かに、元より理由については聞く予定であった。だが、このやり取りを経るのと経らないのとでは、理由を聞いたときの捉え方が大きく変化するであろう。その点では、有意義ゆういぎな時間であったと言える。



「菊池さん、準備はいいですか?話しますね」



 当然、もう覚悟はできている。



「はい、準備はできているので、もう話して頂いても大丈夫ですよ」

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