You can not take It to heaven

例えば、ビルの屋上でたまたま飛び降り自殺をしようとしている人を見かけて慌てて止める、なんていうシチュエーションはドラマでよく見る。


僕は生きることに疲れていた。


キスがうまいだけということに対する各方面からの誹謗中傷は辛辣なものだった。


この前まではランチ行こうと誘われていた。キスがうまいだけの男だとバレる前までの話だ。


会社のお昼休みに屋上でバレーボールしてる光景をいまだに見たことがない。見たらもっと死にたくなってただろう。


そもそも僕は今日初めてこのビルの屋上に来た。


まわりにもっと高層のビルが取り囲んでいて、飛び降りがいが減った。


それらのビルの、光を反射した全面ガラス窓からは、デキるビジネスマンたちが忙しない動きの合間に下界を見やっているのが見える。


ちぇ、僕は最後の最後まで見下されて飛ぶのか。


僕がネクタイを緩め、靴を脱ぎ、きっちりそろえてから柵を乗り越えて縁に立った。


都会の喧騒が暴力的に地上から風に乗って舞い上がってきた。


足がすくむのを覚悟で下を覗く。


ちょっとだけ見るはずが、


でも、二度見してしまった。


だってそこにスパイダーマンみたいなサラリーマンの人がすぐ下の壁にへばりついていたから。


七三分けの頭頂部分が見える。管理職オーラがすごい。


何だよ、先客がいたのか。


ドラマならこれは僕が止める側に回るパターンやん……。


僕は一気に飛ぶ気が失せてしまった。


大丈夫ですか?と手を貸そうとしたら逆に声が返ってきた。


「早まっちゃダメだ」


その男の人は壁を向いたまま言った。


最初は僕に言ってくれているんだと思ったけどどうも様子が変だ。


しかもまだ僕の存在に気づいてないみたいだし。


いったい何者なんだろう。


「あのー」と、もう一度大きめに声をかける。


するとハッとして見上げる管理職さん。メガネをしていた。太陽が眩しい感じの目で僕を認めると。


「ああ、あなたいいところに来た、いっしょに飛び降りを止めるのを手伝ってください」


「……」


ちょっと何言ってるかわからない。


「このビル、飛び降りようとしてたんですよ」


「ビル??」


屋上に自殺しに上がって、そしたらちょうどそのビルが飛び降りようとしていた……というシチュエーションのドラマがもしあったら教えて欲しい。


「早まるな、君はまだ若い」と相変わらずスパイダーマンサラリーマンのままビルに呼びかけている管理職さん。竣工時期のこととかだろうか。


そもそもなんでここに来たんだろう。そこに触れるのすら怖い。


とにかくビルに飛び降りられたら(どこから?)僕はどこからも飛び降りられなくなってしまい、大変困るので、ここは管理職さんに協力して助けることにした。


── ビルを。


しばらく2人で説得を続けて、ようやくビルが思い留まってくれた(管理職さんがそう言うからそうなんだろう)。


何はともあれ、良かった。


管理職さんも僕も、やっと、柵を向こう側から超えて屋上の平場に戻った。


その時、管理職さんが靴を履いてないことに気づいたけど、そのことには触れなかった。


お互い清々しい気持ちのまま握手して、名刺を交換した。


後日談だが、


この縁が元で手がけたプロジェクトが“自律的に月まで飛ぶオフィスビル”を生み、世の中に貢献できた。







            (次の仕事へ)つづく

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