逆生成AI
やはりキスがうまいだけでアナログな僕は、ちょうどよさそうな会社を見つけて、奮闘していた。
ところが潮目が変わり出した。
空前の生成AIブームに乗り、ついに老舗企業の我が社もフロッピーディスクレベルから飛び級を果たすべく、利用指示が来たのだ。
業務効率化向上を図り各自で最大限利用して欲しいとのこと。
デラックスDXだ。
もともとボードゲームを細々と手がけていた会社だったが、昭和レトロブームに乗って業績が上がり、さらに宇宙時代を見据えた、『無重力でもとっちらからないでちゃんと遊べるボードゲーム』が地球でヒット。
勢いに乗って次は宇宙での冠婚葬祭の分野を切り開こうとしていた。
僕はそのプロジェクトリーダーに指名されていて、毎日忙しかった。
企画書や顧客への提案書、キャッチコピー、想定されるリスクに関する資料作成、AIタレントのCM、さらに、右肩上がりの事業計画など、どんどん生成AIでやってみることにする。
全社員が、先立って導入されている“チャットbotになれるヘッドギア”をつけているので、社内で交わされる1日分の総会話が秒で終わる。
コスパよりタイパの時代。
この前は新卒2年目のコが「辞めたい」から「やっぱり頑張る」までのデリケートな人事課長との相談が0コンマ1秒で終わった。
さらには、来店したお客様がご質問される前に答えられるたりもする。
お茶をお出しする作業がもはやハイパースローモーションに見える。
もちろん会話は全て記録されるので、ハラスメント防止にも役立つ。
さて、僕も活用するとしよう。
マイデスクでパソコンに向かってどっしりと構えた僕は、会社指定の最新のAIソフトをダウンロードしてから、さっそくいくつかの指示を出して書類を作成しようとした。
》》実行
突然、PCの画面が向こうを向いてしまった。
そんな機能あったっけな……。
それにスタンドのところは回転しない作りなんだけどな……。
触れてみると、ちょっと素材が柔らかくなっている。まさか生成AIでもそこまではできないだろう。てかスタンドはオフラインやし。
向きを戻して、もう一度試す。
するとまたまた、くるりんぱ。
なんだかすごく嫌がっているように見える。
逆に僕は椅子から立ち上がって回り込んで画面を覗き込んでみる。
そしたらこんな文字が表示されていた。
『どうせ私の生成目当てなんでしょ』
なんなんこれ。
てか、めんどくさ。
例えばコールセンターとかでオペレーターさんが対応中に困った時に手を挙げると管理者がサポートに駆けつけるやつあるけど、僕は手を挙げたい気持ちになった。
他のみんなを見渡す。カチカチ仕事している。PCとちゃんと向き合えてる。
僕はキーボード側に戻って入力する。
「はいもちろん、生成目当てです。お願いします」
そしてダッシュで再び回り込む。
画面には☟
『誰とでも生成すると思ったら大間違いよ』
……。
えっと、これなんの時間なん?
いったいこの生成AIは何のタスクに特化できてるんだろか。
できてないんだろうか。
おそらくは、僕の作業手順に誤りがあったか、悪い夢を見ているかのどちらかだ。
その後も目まぐるしく立ち回りながら、なだめたりすかしたりを繰り返すうちに、徐々に画面がこちらを向いてきた。
よーし、いいぞー
食べたいものとか、乗りたい車とか、海外旅行で行きたいところとかを聞き出して、マウスを操作してスケジューリングしてあげる。
なんか、返答がバブル時代のOLみたいな感じのことばっかだ。
てか逆じゃね? なんなら僕が生成してあげてね?
でもその甲斐あってか、生成AI(?)の気分がだんだん上がってきたみたいだ。
そしてようやく完全に元の向きまで画面が戻った。
やっと仕事できる。
時計を見るともうこんな時間だ。
ちゃっちゃと終わらすぞ。
タンタンタン(キーボードの音)
おっと、優しく、タンタン。
》》実行
画面に表示が出た。
『私、門限あるんで帰ります』
読み終わると同時にモニターがスタンドから発射して飛んでいってしまった。
広々としたデスクでしばらくぼーっと、コーヒーを飲んでから、
僕は顛末書に真実を手書きで書いた。
汗顔の至りでございます。
新しい備品の申請が必要だ。
書き終えるよりも前に、社内会話チャットbotが猛然と回答してきた。
『彼女を連れ戻す努力をなされましたか』
その下に、【※ストップ経費無駄遣い月間】とある。
おいおい、どっかに飛んでいったあれを探し出して説得してまたこのデスクまで連れて来いってのかよ……。
“無理ゲー”ってソフトだけじゃなくてハードにも対応した言葉なんだろうか。
まだ、元カノと寄りを戻すほうが可能性がありそうな気がした。
(次の仕事へ)つづく
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