半額さん



そういう呼び方は良くないと思う。


──『半額さん』


スーパーマーケットの惣菜コーナーのバックヤードでは、半額シールのもの目当てに毎晩やってくるお客さんのことを陰でそう呼んでいる。


自慢できるほどの安月給な僕だって、できれば安く買いたい気持ちは同じなのだから、とてもその輪に加わる気にはならない。


群雄割拠の安売り戦国時代の世の中。


割引シールを貼るのは僕の重要な仕事だ。


1割引、2割引、3割引、半額。


チーフの指示通りに惣菜パックや弁当に貼っていく。


半額シールのデザインってなんで爆発💥してる感じなんだろう?破壊力があるからだろうか。


貼られると、まるで息を吹き返したようになる惣菜たち。


「キス天できたてでーす!」僕は声を張る。


やはり半額の時はどっと人が集まる。


貼り甲斐があってこちらも楽しい。


でも売上的にはあんまり良くないんだけど……。


どんどん順調に商品も減ってゆき、今夜も役割を果たし終えたことに安堵していたら、チーフに怒られた。


「おーい、こらっ、これなんで半額じゃねぇのに何貼ってんだよー」


「すいませーん」


「だからキスがうまいだけのやつは使えねーんだよ」


「……がんばります」


おかしいなぁ、ちゃんと何度も確認したのに、間違えるはずないんだけど……。


実はこの頃こういうミスで怒られることが増えてしまっていた。


“担当変えるぞ”とチーフに言われかねなくて震えていたら、先日あることに気づいたのだ。


そのミスが起こる日には決まっていつも同じ年配の男性のお客さんが来るのだ。


もちろん半額のものをごっそり買っていく。


バックヤードの連中は「半額様」とか読んでいる。


仙人のような格好と仙人ののような顔(仙人見たことないけど)。


どこか常人にはないオーラを漂わせている。


気になるのは、その人がいつもあまり商品を見ずにどんどん買い込むことだ。


普通、半額狙いの人は、けっこうじっくり見定める。


どこか義務感のような態度が気になり、僕は逆にその人のことだけは心の中で『半額さん』と呼んでいた。


そんな日が何日が続き、とうとう「次やったらもうアウト」とチーフに言われてしまった日。


向こうから買い物かごを持った『半額さん』その人がやってくるのが見えた。


僕は陳列エリアに走って、もう一度値引きシールの貼り間違いがないか、入念にチェックしようとした、その時だった……。


なんと、動いていたのだ!!


ひとりでに


半額シールが……


まるで半額さんに歩調を合わせるかのように、半額シールが自分から惣菜の方へ動いていくではないか。


「チ、チーフ、動いてます、シールが」


「何言ってんだよ、やる気ないなら帰れよ」


「す、すいません」


信じてもらえるわけない。


そしてみるみるうちに半額シールはそれぞれの惣菜にピッタリと張り付き、それを仙人の「半額さん」が一網打尽かのように買い物かごの中に入れていく。


会計へと向かう半額さん。


その後ろ姿に


僕はなにかハンマーで殴られたような衝撃を覚え、チーフに「早退します」と言い放って、急いで着替え、店を出た半額さんの後を気づかれないように追った。


おぼろ月夜。何かが起こるなような気がした。


そう、なにか、五割増しのような出来事が……。


彼はそのあとも色々な店であらゆる半額の品を買い付け続けて、車に押し込んで走り出した。


僕はタクシーを止めて、「あの車を追ってください」という、かなり五割増しな発言をしたりした。


彼は車を何ヶ所かのボランティア事務所に止めて、半額品を全部寄付してしまった。


でも僕はただのボランティア活動家ではないと確信していた。とにかく彼は悟り切っているように見えた。


彼はそのまままた車を走らせる。


そして霞ヶ関の官庁街で車は止まった。


まだ残業している窓明かりが建物のあちこちで点っている。


僕もそこでタクシーを降りる。


車から降りた彼は呼吸を整える仕草の後で、「はー」と体の奥底から力を出すような声をあげ、それらの官庁舎に向かって不思議な呪術のような動きをした。


片手で大きく円を描き、もう一方の手刀でその円を真っ二つに切るポーズを何度も繰り返している。


物陰から見ていた僕はとても近寄りがたすぎて、逆に引き寄せられそうになった。


そして半額さんは一連の動きが終わると深々と礼をした。


僕は“今だ”、と思い、駆け寄って尋ねた。


「あなたは何者なんですか? ここで何をしたんですか?」


半額さんはまだゾーンに入ったままのような顔つきで僕を見ていたが、すぐに「どうも」と会釈をくれた。


「僕はあのスーパーマーケットの従業員です。僕は全て見てました」


「そうですか。見ていたんですか。じゃあ仕方ないお話ししましょう」


そう言って彼は半額に関する彼の全てを話してくれた。


聞き終わった僕は我が耳を疑った。


その話は地球詰め放題みたいなすごい話だったからだ。


彼は腐敗しきった政府や拝金主義の世の中に嫌気がさして庵に入っていたのだが、あるとき天のお告げがあって、半額に目覚めたらしい。


どんどん半額力が高まっていき、ついに半額が満タンになった。


彼は天のお告げ通りにその力を利用して、世直しをすることにした。


まずはムダな国家予算を半分にすることにしたのだ。


税金の無駄遣いをなくして国民の幸福度を上げるべく彼は毎晩ここ霞ヶ関で“半額の儀”を執り行っているということらしいのだ。


「もうほぼ来年度予算は半額にできた」と彼は僕に静かにそう語った。


肩で息をしていた。足元も少しおぼつかない。気を出し尽くしたんだろう。


風が冷たい。


「夜風はお体にさわりますよ、さあ」僕は気遣って彼に肩を貸して車まで行った。


「もっと半額を集めなければ……」


「僕もご協力しますよ」


「次は超大国の軍事予算を半額にするつもりです。世界平和のためです」


僕は彼の一番弟子になった。人生で初めて師を持った。


惣菜コーナーで働いてて本当に良かった。


翌日からすぐに僕はあらゆる店の半額を狙って回った。


この星のために。


陰で僕のことをこう呼んでいるのが聞こえる。


『半額さん』


意地の悪い笑い声も聞こえる。


とても光栄なことだ。


僕はまた一つ買い物かごに半額の品を入れた。








             (次の仕事へ)つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る