帰還
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まるで他人事のような【前回までのあらすじ】
なんかカノジョに日曜の朝にいきなりフラれたらしくて、やばいってなって〜、しかもキスがうまいだけの男だってなって〜やばいくて〜、でも確かに何もできない男だし〜。アパート追い出されたし、やばいやばいって思いながら住むとことか仕事とか探してたらマジでやばいってなったから、本気の起業したらエグいことになって〜。ワンチャンあるかなって思ったら、いま宇宙なんだけど、これなんなん……?
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すごいGで、ほとんど気を失いかけた。でも僕はもう宇宙空間にいた。キスがうまいだけの男に時速3万キロでこんなことさせる?
パスポートも持ってないのに……。
僕の乗る官邸ロケットは高度400キロメートル圏内の軌道上。計器はそう表している。
休む間もなくすぐにNASAの宇宙船ギャラクシー号とのドッキング作業が始まった。
こちらの船内には窓がないため全く外の様子がわからないので、とても怖い。シートベルトを外したら体が浮いた。マジみたいだ。
自動制御により無事にドッキングを終える。
そこでNASAのヒューストン宇宙センターから通信。
「ナイスなキスだったよ」と英語で。
僕「恐縮です」
宇宙からヒューストンに“恐縮です”と返答した宇宙飛行士は初めてだったらしく。その後しばらくNASAで流行ったらしい。
たぶんオオタニがホームラン打った時にも実況で使われてしまうだろう。ソーリー。
僕は指示を受け、結合部のハッチを開けてNASAの宇宙船であるギャラクシー号に乗り移る。
そしてその船の3人のクルーにご対面。
ひとつだけ言っとく。人見知りな人ほど宇宙に行くべきだ。
ジョンに、バートに、女性飛行士のメアリー。3人ともみんなアメリカ人だったけどすぐに打ち解けてしまった。
地球がそうさせた。
── 美しい青き地球が。
キューポラからは手の届きそうなくらいに大きく地球が見えた。もちろん国境線はどこにもなかった。
だから僕らの垣根みたいなものは全然なかった。必要がなかった。
ハイタッチ。
イェーイ。
本場のハイタッチって無重力でも痛ー。
でも、イェーイ!
軌道上では60分おきに朝と夜が来る。
night &day、night &dayと、永ちゃんみたいにやったら結構好評だった。
誰かが音楽をかける。
マスターピース。
プラターズの Only you だ。
♫ Only you can make all this world seem right
Only you can make the darkness bright
Only you and you alone can thrill me like you do
And fill my heart with love for only you
youのところを地球の気持ちでみんなで歌った。
♫あなた(地球)だけさ、この世界が素晴らしいと思わせてくれるのは
あなた(地球)だけさ、暗闇を明るく照らしてくれるのは
あなた(地球)だけさ、こんなにも希望を抱かせてくれるのは
僕の心をあなた(地球)だけの愛で満たしてほしい
僕らは歌いながらひとつになった。
宇宙はそれほど暗くはなかった。
地球の未来もきっと明るいと思わせる何かがあった。
ある宇宙飛行士がかつてこう言ったらしい。“もっと宇宙に詩人を送り込んでくれ”と。
“我々ではこの神秘的な美しさをとても表現し尽くせていないから”と。
僕も全くその通りだと思った。キスがうまいだけの男もたまにはそんなことを思うです。
さて、軌道上からの地球の眺めを心ゆくまで堪能してしたあと、メインエリアへ移動し、改めて4人でいろんな話をした。
まず初めに驚いたのは僕はこのミッションのミッションリーダーに据えられているということだ。1番年上だからという理由らしい……。人選もここまで安易だと逆に神対応なのかもしれない。
サブリーダーのジョン、メカニックのバート、女性飛行士のメアリー。みんな二十代前半ということでとても若い。
言い忘れていたが、3人ともリーダーである僕に合わせるために、特急で日本語をマスターしてきてくれたらしい。さすがエリート。
だけど日本語を教えたNASAの人がちょっとクセ強めの人だったらしく、みんな語尾に何かが付いてしまっていた。
ジョン「今回のミッションは来るべく宇宙観光時代を見据えて、月に公衆簡易トイレを敷設することナリよ」
ナリよ!? ついてる……。
僕「なるほどー、重要なミッションですな」
その次は月面にフランクフルトとかベビーカステラの屋台も建つかもしれない。
んー、ところで僕も語尾に何かつけたほうがいいんだろうか。
バートも語尾にナリヨついつるし、メアリーは「だっちゃ」ついてる。真剣な日本語の最後にかまされるからツボりそうになる。
さすがに返事の時の“はい”が完全なる“いくらちゃん”の「は〜い」なのを笑わずに堪えるのは至難の業だ。大人が真顔でやるいくらちゃんを想像してほしい。
返事が返ってくるとわかっているタイミングで既に笑いそうになってしまう。
ジョン「リーダー、月で人類初のシッコの時は是非とも連れション願います」
僕「連れションというか連れジョンですな」
A ha ha ha
そしてギャラクシー号は月軌道に乗る。
追加の噴射をしたので月にはすぐ着くらしい。
軌道ってなんであるんだろう……。まるで広大な宇宙の中で何かと何かを引き合わせようとしてるみたいだ。ちょうど、見つめ合う二人のキスの引力みたいに……。
バート「リーダー、噴射後の宇宙船の数値はすべて異常なしで予定通りですナリヨ」
僕「ふむ」
メアリー「それではリーダー、自動航行モードオンなので、そろそろお食事タイムにいたしましょうダッチャ」
僕「嬉しいですなー」
ちょうどお腹空いてたんだよなー。でも宇宙食とか上手く食べられるかな……。練習したことないし。
急いで食事の準備。なんか思ってたのと違って本格的な食事みたいです。What a surprise
日本人の僕に気を遣ってくれたメニュー。
無重力のなかで気合いで御膳に載せてます。
『宇宙納豆』
おー
『宇宙ズワイガニ』
おー
『宇宙わんこそば』
おー
『宇宙回転寿司』
回転の方向がカオスですけど……。
全部が宇宙で食べづらいものばかりで、逆に盛り上がった。
「ジャパニーズフードサイコー!!」
みんな和食が気に入ってくれたみたいでよかった。
そして最新開発のドリンク。
アルコールゼロだけど無重力で飲むとほろ酔い気分が味わえる飲み物でカンパーイ!
そこからは飲み会でぶっちゃけ話だ。
もちろん僕の本音といえばあれしかない。
「なんで僕みたいなクズがこのミッションのリーダーに選ばれたのですかねー?謎ですよー」
するとほろ酔いのジョンが胸襟を開くかのように言った。
「私は正直今回のミッションにはあなたがリーダーだから参加したのですナリヨ。もともと学者の私は、カーモネギーメロンちゃん大学でのあなたの論文に魅了されたのです」
ん? 論文??
バートもメアリーも同じだと言う。
さーてヤバい気配がしてきたぞー
僕「論文とはどう言ったものでしょうか?」
まだ奇跡的に僕が書いたのを忘れた論文がある可能性が0%ちょいあるので聞いてみた。
ジョン「あなたは宇宙に存在する元素の原子核における従来の定説を覆して、偶数の原子核よりも安定的な奇数の原子核のようなものを発見した日本人教授ですよね。奇数をうまく扱う男と呼ばれているとか。今回も、将来的に人工的な原子核を作るために必要な巨大エネルギーを生み出す装置の開発に必要なデータを取りために参加されたとか……」
ほぅ
従来の定説すら初耳だが
そしてガッツリ文系だが
──完全なる人違いだ。
まさかキスと奇数を間違えるなんて、チェック体制甘すぎだろ。
いままでに月に行く途中で人違いに気づいた例ってあるのだろうか。
このまま奇数教授として嘘を突き通せそうもない。
僕「あのー、僕はただのキスがうまいだけの男で、その教授さんとはなんの関係もない者です。ソーリー」
恐る恐るそう言うと、見る間にみんなの顔色が変わった。
「は〜い」のいくらちゃんだけど、
明らかにめっちゃ怒ってらっしゃる。
さらにFワード連発だ!
ひえー
一気に国際問題に発展してしまったようだ。
無重力状態で狼狽えると、とんでも無く狼狽えたみたいになってしまう。壁の変なツマミとかが地球上よりも遥かにライフハック感が増す。
お願いだから怒りの矛先を船外に向けてほしい。僕に向けないでほしい。
僕が渾身の宇宙土下座をしようとしたその時、
すごい音がした!
船外からの爆発音!
揺れまくる。
船内灯もチカチカ点滅。
なんだ?何事だ?
すぐに操縦席にみんな移動する。
ジョン「ヒューストン、ウィー・ハブ・ア・トラブル」
悲痛な声で地球に通信を送る。
僕「ビー・クールです」
ミッションリーダーとして一応言ってみたら、もちろんみんなから睨まれてしまった。
警告ランプが光り、アラートが一斉に鳴り出す。赤、赤、赤、コントロールパネルが地獄絵図だ。
「推力数値に乱れ!」とバート。
宇宙船の電圧も大きく低下しているようだ。
素人の僕でも非常にヤバいとわかる展開。
そして窓から外を見ていたメアリーが叫んだ。
「何かが外に漏れ出してるわ!恐らく酸素よ」
something going on
オー、ノー。詰んだ。
酸素無くなったら死ぬじゃないですかー
メーターを見ていたバートから「酸素量が低下している」と報告あり。
ヒューストンも「こちらも同じ数値を見ている」とのこと。
ということは計器の誤表示ではない。
もうダメだ……。
僕は宇宙カプセルに入れる遺書を書き始めた。
元カノへ。
【この悲しみの時、再び君を想う。やっぱり、地球とあの頃の僕は青かった……】
僕は窓から見える今や遠ざかってしまった地球に目をやった。
ちょうど親指大くらいの大きさになってしまった……。
ん?
このシーン。
確か映画で見た。
そうだ!アポロ13のトムハンクスのやつだ。
そしてここまでの異常事態発生の流れも全てあの事故と一致している。
僕は急いで宇宙船内に持ち込んでいたキスホで検索してみる。さすが世界に一つだけしかないスマホだけあってキスホの通信エリアはハンパない。
キスホはキス顔でロックを解除しないといけないので、みんなに見られないようにそおっとやる。
調べれば調べるほど一致しているっす。
急いでそのことをみんなに告げる。
ところが、キョトンとした顔だ。
ジョン「我々はジェット世代なのでアポロ13のこととかはあまり知らないです」
僕「ほぅ」
ジェット世代ってZ世代みたいなものなのか。
あんな大事件を知らないなんて。若いにも程がある。
とにかく時間がないのでこのあと起こるであろうことを一気に説明する。もちろん、爆発の原因も。
みるみる青ざめていくクルー。
僕「だけどご安心してくだされ。ヒューストンが的確な指示をしてくれるので、全ての危機を乗り越えられます。鉄板っす。going steadyっす」
一同「sound nice!」
ほっとした様子だ。
僕もようやくミッションリーダーらしいことができて良かった。あとは大船に乗ったつもりでどっしり構えていればいいわけだ。まー、めちゃくちゃ船の姿勢は安定してないがね。
ところが一向にヒューストンからの指示がない。
あれ?おかしいなー?
通信システムの故障かな?
「ヒューストン、Do you hear me?」
何度も繰り返す。でも返信がない。
バート「リーダー、スマホがワナワナ鳴ってますよ」
僕「あ、失礼」
僕のキスホが何かを受信したようだ。
確認すると、地球から最新のキスホニュースが届いていた。
開いてみる。そして絶句。
『たった今、NASAの職員がストライキ入りの模様』
なにこれ、メタWHYなんですけど……。
そしてこのタイミングでやる?
冷やし中華はじめましたの感じで縦書きの張り紙がNASAの入り口に貼られている画像もある。
I can get no satisfactionってか
一同「リーダー、何かわかりましたか?」
僕「なんか、NASAがストライキ入っちゃったみたい……」
一同「oh my God!」
宇宙でのオーマイガーはこんなに響くんだなーとか変なことに感心してしまった。場合じゃない。
我々だけでなんとかするしかないのだ。
まずは姿勢安定装置でこの船の姿勢を安定させる。少し座禅のような気分になる。もしも宇宙空間で悟り切れたら、きっと本当の悟りだろう。
思えばあの日曜日の朝、元カノにアパートを追い出されてからの僕は奇跡の連続でここに至っていた。そのことを思い出したら、なんかやれる気がした。
もう一度、窓からから地球を見た。
「みんな、地球に帰ろう!」
急いでキスホでアポロ13事件の詳細な流れを調べる。
映画で見た時の記憶と重ねながら、僕は対処法を次々とみんなに指示していった。
とにかく電力の確保だ。すぐに司令船をオフって月着陸船へ移らなくては。
航行プログラムを移すための手計算を急いでやる。この計算を間違えたら二度と地球へ帰れない。
みんなエリートなので計算が早い。
一同「リーダー、検算願います」
僕「無理っす」
文系って英語でなんて言えばいいんだろう。
一同「足し算と引き算なので大丈夫ですよ」
あ、はい。
手をプルプルさせながら計算する。もっと算数ドリルを真面目にやっておけばよかった。一生分の脳みそを使って計算をした。なんとかできた。そして、一致。
チェック完了、OKだ。
すぐに入力。そして、司令船をオフ。月着陸船へ間一髪のラインで移ることができた。
間に合った。
次の問題もわかっている。
二酸化炭素量の上昇だ。
確か映画だといろんな小道具を組み合わせて形の違う排気口と排気口を繋げばいいんだった気がする。
キスホで調べると必要なものをピックアップしてくれる。
僕「えーと、ガムテープと、指示書の表紙と、ビニールと、長いビニールホースと……」
みんなに指示ったけど全部どこにもない。
なぜかと思ったら月着陸船の担当者がすごいミニマリストだったらしく、何も積んでない。
そこ断捨離とかやめちくりー……。
どうしよー
いかんいかん、僕が動揺すると若いみんなが必要以上に心配してしまって悪影響だ。
ここは樫の木のように威風堂々としていなくては……。
ん?樫の木?
あ、あれだ!
樫の木といえば以前僕を助けてくれた3Dプリント住宅販売会社の営業マンさん。あの人が契約の時にくれたキーホルダーが確かミニチュア3Dプリンター機能を搭載していたのを思い出した。
キスホに付けていたそれを使って必要なものをどんどん3Dプリントしたら見事成功!
ワーオ、ワーオとみんな感激してくれた。
これで二酸化炭素の問題も解決だ。よかったー。
そして、着陸することがなくなった月を周回、スイングバイの力を利用してエネルギーを節約し、再び地球軌道へ。
難しい手動での軌道修正もなんとかみんなで協力してできた。
極度に冷えた船内の温度に耐える。
そこまできてやっとストライキ明けのヒューストンが再突入プランを送ってきてくれた。
あざーす。
もう窓から見える地球はすごく大きい。あと少しだ。
世界中がテレビの前でことの成り行きを見守っているはずだ。きっと元カノも。
そして再突入。
再びアップリンクした司令船のキャビンに僕ら四人はしっかり体を固定して座った。
もしも耐熱シートがやられていたら……、大気圏で燃えてしまうだろう。
でも今は信じるしかない。
「諸君は最高のチームだった。ありがとう」
最後に僕はそう述べた。
「サンキュー Sir」
3人とも最大限の敬意を僕にくれた。ただのキスがうまいだけの男に。感無量だ。
最大の難関へと向かうみんなの目は高貴なる勇気の光に輝いていた。
僕も覚悟をきめた。
運命の大気圏突入開始……
揺れ 揺れ 揺れ
G G G
外は炎で赤い。
耐えてくれ 耐えてくれ
ひたすら祈る3分。
pray for me
元カノよ 僕に祈りを……。
*
宇宙船の上部でパラシュートが開いたのがわかった。
もう激しい揺れはなかった。青い空の中に僕らはいた。
ブラックアウト明けの交信がヒューストンから来た。
「ギャラクシー、Do you hear me?」
僕は応える。
「こちらギャラクシー、無事に戻った。早く大地にキスがしたい」
NASAからの歓声が聞こえる。
僕は横に座るみんなと握手を交わす。
温かい南太平洋の海に着水。
救助ヘリに一人ずつ引き上げられた。
最後に僕。
中継カメラがその様子を全世界に伝えている。
感動の瞬間だ。
ヘリを見上げる?
おや?
銭形??
なんか手錠をブンブン振り回している人がいる。
やな予感っす。
ハシゴで降りてくる銭形のコスプレみたいな人。
銭「スペースインターポールの者だ。キスがうまいだけの男、お前を宇宙ロマンス詐欺の疑いで逮捕する」
えー
なんでですかー
しかも、宇宙ロマンス詐欺ってなに??
先にヘリに昇った3人の仲間も心配そうに成り行きを見つめている。
銭「インターポールには逮捕権限がないので、所轄の警察官を呼んである」
あ、もしや。
「ちみ、ちみー。いかんよー」
あ、やっぱり。
三度目の登場のチョビ髭警察官の人がハシゴで降りてきた。
警「キスホを宇宙に持ち込んで宇宙ロマンス詐欺を働くとか、やっぱりお前はキスがうまいだけの男じゃなかったんだな」
僕「そんなことないですよー、キスがうまいだけの男ですよー」
ガチャリと手錠をはめられた瞬間が全世界に流れてしまった。
『奇跡の生還、即逮捕』とか、やりすぎでしょー
pray for me
元カノよ どうか僕に祈りを……
(第一章 立志編 ) 完
(第二章あすなろ編へ) つづく
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