飛翔


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【前回までのあらすじ】を叙情的に ──


 それはよく晴れた日曜日の朝だった。“出て行ってほしい”とカノジョに言われた。フラれたのだ。


 キスがうまいだけの男というのはその時カノジョが僕に便宜上つけたものだった。


 何もできない男と言いたかったわけだ。


 アパートを出るとそこには生活が待っていた。横たわっていたというべきだろうか。キスがうまいだけの僕には社会経験や経験的社会さえもゼロに等しかった。生活をよけて生きていくことはできないみたいだった。


 どん底からの家探し、ケイタイ契約、職探し、起業……。やがてそれらの経験を通じて何かの階段をのぼっていくキスがうまいだけの僕。


 逆境をはねのけ、ついに、瀬戸内の海において、社会に大きく貢献することに成功することになる。キスがうまいだけなのに。


 『たとえどんなにキスしかできない状況でも、決してあきらめてはいけない』


 そう深く心に刻んだ僕だった。


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「キスがうまいだけの男の“オールライトニッポン”!」


僕のそのタイトルコールにミキサーさんがエコーをくれる。バッチリと決まった。


ここはラジオ曲のスタジオ。椅子に座っている僕の顔の前には吊り下げられた常設マイクロフォン。


「この番組は東京お台場をキーステーションに全国ネットでお届けします。それでは一曲目……」


大体のことは台本に書いてあると聞いていたけど、台本に書いてないことってこんなにないのかと驚いた。そしてなぜにこの台本はこんなにもおじさん構文を貫いているのか。だけど、僕はまだラジオパーソナリティとしてひよっこなのでそのまま読むしかない。


台本に多用された絵文字を体で表現しながらなんとかトーク。


さっそく、つぶしが効くところを見せる。


“感じたことをそのままストレートにどんどん発信してください”と、この番組を任された時、Pさんからはそんなふうに言われた。僕にそれを言うなんて炎上したいんだろかとちょっと心配したけど、今や時代は僕に味方していた。


あの全国的に有名になった瀬戸内海での僕の大活躍を受けて、ある調査会社がZ世代に実施したアンケートで、なんと僕は『上司にしたいクズ 』ランキングで1位になったのだ。そのおかげで一般人初のゴールデン枠のラジオパーソナリティになれた。


そのランキング2位が誰なのかも気になるところだが、確かに上司にしたいクズなら僕のようなキスがうまいだけの男でも務まりそうだ。Z世代とは強かな世代だと改めて思う。


僕「それでは記念すべき最初のメッセージをご紹介しましょう。ラジオネームもと元カノさんからいただきました」


ん!? これって元カノからでは? 事故るぞ、これ。でももう読むしかない。


僕「もと元カノさんありがとうございます。それではお読みします。とても短いメッセージですね。えっと……」


ディレクターさんもなんで一発目からこれを選んだんだろう。中央ガラス越しにパチパチ指を鳴らしている。早く読めってか。


仕方なく読む。


「別れたのに公共の電波使って生存報告とか要らん」


……


元カノは相変わらず僕に厳しい姿勢のままのようだ。生放送なので取り繕わなければだ。


「うーん、深いメッセージですねー。やっぱりリスナーさんもまだ僕がラジオパーソナリティ初心者なので、いろいろ心得的なものを教えてくれて、ありがたいですね。しっかりとやってまいりますのでどうぞよろしくお願いします。では、いったんCMです」


CMに入る。


中央ガラス越しにDとやり取り。


僕「もっと普通のメッセージでお願いしますよー。聴いてる人も意味不じゃないですかー」


D「逆にありでしょ」


指パチパチ。


いや、その逆だろ。こういう人が炎上番組を作っていくのだろう。


お茶を一口。CM明け。ジングルが終わる。


僕「さて、ここでリスナーさんと電話がつながっているようです。ラジオネームなーささんという方ですね」


台本が急遽差し替えられたみたいだ。事前の打ち合わせでは電話で話すコーナーなんてなかった。


僕「なーささん聞こえますか?」


な「なーさ、なーさ」


僕「あ、聞こえてますよー。なーささんはどちらにお住まいですかー?」


な「なーさ、なーさ」


なんだこの人? なーさて県あったか?


ガラスの向こうでカンペが掲げられてる。


手書きの文字で『NASA』。


そんなん二度見でしょ。


え! NASAからの電話なの!? 何用だよ。


NASAと何話せばいいんだ!? 英語わからんのに。


僕「えーっとー、ハウ、アーユー、ドゥーイング?」


するとそこから怒涛の英語が返ってきた。


本場すぎて全然わからない。こちとらTOEICの正しい読み方すらわからないのに。


さいわい、番組ディレクターさんが海外留学経験があるということで、向こうの言っていることを急遽訳してくれた。


D「NASAでこの度、数十年ぶりの月面有人着陸をするために打ち上げ予定だった宇宙船に乗るメンバーの間で風邪が流行ってしまい、バックアップチームもその次もダメになってしまった。宇宙開発競争で一分一秒も負けは許されないので急遽民間人にまで対象を広げたが、あと1人がなかなか埋まらず、困っていたところに人気、実績共に備えたあなたが現れた。是非このミッションに参加願いたい。とのこと、みたいですよ」


とのことみたいですよって……。まず第一に、人選おかしいでしょ。


D「日本の首相も“日本人初の月面歩行”を行う人物としてあなたを承認したらしいですよ」


僕「……」


承認しちゃダメでしょ。


NASAの人はさらにゴニョゴニョ言っている。もはや訳を聞くのが恐ろしい。


D「もうこちらは発射のカウントダウンに入ってしまったので、軌道上まで来てください。とのことです」


僕「はい、わかりました。って行けるかっ」


のりツッコミもラジオパーソナリティには大事だと聞いたので。そして、のりツッコミを英語でなんて言うんだろう。少なくとも僕の困惑の意図が伝わっていれば助かる。


D「大丈夫みたいですよ。首相官邸に地球脱出用ロケットがあるのでそれを使わせてくれるみたいです」


首相ーー。脱出狙ってたんかーい。


N「Have a nice day. Bye.」


電話が切れた。


それとほぼ同時にSPみたいなサングラスをかけた屈強な男たちがスタジオ内に乱入してきた。


僕「わー、なんですかー、生放送中なんですからー、乱暴はやめてけれー」


僕はリムジンに乗せられて、首相官邸へ。


そこでは紺のスーツにバッヂをした内閣府の宇宙スタッフの方たちが大急ぎでいろいろセッティングしてくれていた。


どうやら本当に僕は宇宙に行くみたいだ。キスがうまいだけの男なのに。


にしても、この日本家屋の形をしたロケットで本当に宇宙に行けるのだろうか。そしてロケットエンジンノズルのところは官邸のシンボルである青い竹みたいなのだ。見上げながら不安しかない。


僕「これに乗るんですか?」


ス「はい、これに搭乗していただきます」


僕「今までに打ち上げテストとかしたことあるんですか?」


ス「いえ、トップシークレットなので一度も実験しておりません」


僕「……」


ス「安心してください。航空宇宙工学の推を集めてつくられておりますから」


僕「……そうなんですね。首相が乗れば良くないですかね」


ス「外遊中ですから」


スタッフさんは宇宙遊泳みたいにそう言うと僕に宇宙服を着せてくれた。打ち上げ時や地球帰還時用の与圧服と呼ばれるもので、万が一、宇宙船に穴が開いて、船内の気圧が低下しても問題ないようになっているらしい。万が一の例えがが怖すぎでしょ。なんの訓練も受けてないのに。それにやっぱ服でけぇ。動きづれぇ。


そして管制センターが和室なのがちょっと不安を増幅させる。


やがて全ての準備が整ってしまう。


僕「軌道上までどれくらいですか?」


ス「10分くらいですよ」


楽勝でしょ?みたいに言うのやめてほしい。


いざ打ち上げ。


天守閣みたいになってるところが人が乗る宇宙船部分らしい。


屋根から忍び込むみたいに乗り込む。ぜんぜん宇宙に行く気がしないんだが……。


もちろん上向きに座席に座る。コントロールパネルにはタッチスクリーンが多い印象。まあ、自動制御なので僕はノータッチだけど。


ついにカウントダウンが始まってしまう。


10 、9、8、……


心の準備って10秒でできるもんなのか。しかも1人だぞ。


7、6、5、4……


点火!


ぎゃー、振動きたー、怖いよー。


そしてリフトオフ!!


発射台を離れた。


僕は昇っている。それ以外は何もわからない。


横揺れ、縦揺れ……。気持ちも揺れる。


すごいGとは聞いてたけど、耐え方は聞きてなかった。


今すぐにでも銀河鉄道に乗り換えたいっす。


こうして僕は首相官邸ロケットに乗せられて宇宙へと旅立ったのであった。









                    つづく




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