果断


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AIが考える【前回までのあらすじ】


 あるところにキスがうまいだけの男いた。よく頑張ったけど、いまいち上手くいかない日々と今日も思った。

 カノジョさんからアパートを追い出されわりにはよく頑張った。でも仕事なくなった。だから会社を起こした日が来た。『株式会社キスがうまい男』という社名で頑張る。

 だけど電話鳴らない。待つ。鳴らない。鳴る。電話とる。瀬戸内海の漁港の組合長さんからの依頼。海水温上昇で「キスしか獲れない」と困っていた。

 困ってる人いたら助ける。それひとの道。

 だから僕はヒッチハイクして頑張って現地向かった。関西のノリのトラガールさんのデコトラ走った。そしてよく頑張って遂に目的地の漁港が見えてきた……。


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走るトラックの窓を開けると爽やかな潮風が僕の髪を揺らした。


海岸道路にはところどころ雑草が生えている。釣り餌の看板や貸しボートの看板。


『歓迎 キスがうまい先生さま』の横断幕の下に関係者の方々が集まっているのが見える。


トラックはまっすぐそこへ向かっていく。


その横断幕を見た運転席のトラガールさんが「なんなんあれ?あんたのことなん、あれ?」と目を丸くしている。


説明すると長くなりそうだし、キスがうまいだけの男だとバレるのも面倒なので、「キス釣りがうまいんですよ」と誤魔化しておいた。


少し離れたところでトラックを降りる。


キャビンから顔を出すトラガールさんを下から見上げる。


僕「ほんとうにありがとうございました。助かりました」


ト「ほなな、頑張り。あんたきっと大物になるで」


僕「そうですかね」


釣果の話でもなさそうだ。


トラガールさんと自動運転デコトラはクラクションを短く二つ鳴らして走り去っていった。


さて、僕も仕事だ。


みんなが待ってくれている公民館のところまで歩いて行く。ネコに何匹か出会う。どのネコものんびりしてる。


そういえばアパートを追い出されて行く当てなかった時に会ったネコたちは忙しそうに見えてたっけ。僕にやることが増えてきた、ということなのかもしれない。出世したもんだな、僕も。


磯の香り、波の音。雲は白く、空は青い。


公民館のところには組合の幹部の人たちや、これからの漁業を担う青年部の人たち、婦人会の方、それから地元の加工会社の関係者の方々など総出の出迎えだ。気おされてしまう。


皆さんの前まで来ると、


高らかに法螺貝が鳴った。歓迎の一環みたいだ。


合戦モードみたいで普通にビビる。


僕が思ったよりもはるかに手ぶらできていることに少しだけ驚いた表情を見せた組合長さんが、笑顔になって挨拶をくれた。


組「これはこれはキスがうまい先生、遠いところはるばるお越しいただきありがとうございます。お疲れのところ大変恐縮なのですが、早速始めさせていただきます」


いきなりそう言うと、後ろにいるみんなに何か合図をした。


始める? なんだろ?


するとまた法螺貝がさっきよりもさらに強めに鳴った。


みなさんの顔つきが一気に変わる。腕まくりとかしてるし、あれ? なに? これ? やっぱり合戦??


後退り気味の僕の腕を何人かが掴む。


「ちょっといきなりなんですか?乱暴はやめてください」


胴上げみたいに掲げられてしまう。どっかの民族の儀式みたいな音楽が流れる。松明!!


やばいっすよ。


大きな音がして、今度は公民館がサンダーバードの基地みたいにパカっと割れて、なかからなんと、生贄の祭壇のようなものが出現した。


傍らで組合長さんが何かむにゃむにゃ呪文みたいなのを唱えだす。


運動会の大玉送りの大玉のポジションな僕は、なすすべなくその祭壇のもとへ運ばれていく。


組「この地の邪悪なる魂よ、この若き命を捧げ賜り候。聞こゆらば、何卒、ご退散願い奉る」


呪文てテンプレならテンプレなほどリアルだ。


きっと神々はテンプレが好きなのだ。


他の皆さんも一斉に手を合わせ出す。


完全なる生贄の儀式だ。


助けてーー!


あの祭壇に載せられてしまったらアウトだ。何かの餌食になってしまう。


力の限り暴れる。しかし屈強な海の男たちからは逃れられない。


そして祭壇の上へ僕の体が載せられる。


万事休すか……。


せめて辞世の句を詠みたい。元カノに。


僕は心の中で呟く……


【この悲しみの時、再び君を想う……】


パシャ、パシャ。


そこでカメラのシャッター音がした。


見ると、僕にカメラを向けている人がいる。


さらにみんなが日に焼けた笑顔で拍手している。


「いやー、今回は上手くできましたなー」


幹部の1人が汗を抜ぐいながら嬉しそうに言った。


「明日の地元紙に載せましょう」


みんなでハイタッチとかしだしてるし。


僕「あのー、僕はどうなるんでしょうか」


なんとなく、寝かされたまま忘れられた感があるので起き上がって聞いてみた。


「あー、ごめんなさい、おどかしてしまって」と組合長さんがポカリスウェット片手に歩み寄ってきた。


「どうぞ」


「どうも」


冷たいポカリを受け取る。旅先のポカリってなんでこんなに冷えてるんだろう。


組「これはこの地域に伝わる古い慣わしでして、遠方からの大事なお客様は一度生贄にしてから、そのあとで手厚くもてなすということになっているんですよ」


なっているんですよってダメでしょ、お客様生贄にしたら。慣わしもアップロードして欲しいもんだ。


僕「死ぬかと思いましたよー。慣わしでよかったです」


組「さあさあ、こちらへ、お籠をご用意しておりますので。宴会会場へ移動いたしましょう」


『ドッキリ大成功』のプラカードを持った人を先頭に、なんか大名行列のようになってお座敷料亭へ移動。


そこにはすでにたくさんのご馳走が用意されていた。


上座な僕。


みんな席につき、乾杯のあいさつが終わる。


かんぱーい。


僕にだけ特別に上等な焼魚料理を料理長が直々に運んでくれた。見たことのない大きな魚だ。


あれ?キスしか獲れないのでは?


説明によると、わざわざ僕のために遠洋に出て獲ってきてくれたらしい。


これは心して頂けなければだ。


ところが、間が悪いことに、口の中が痛い。どうやら、このところの店屋物ばかりの食生活で、すっかり栄養が偏ってしまい口内炎ができてしまっているみたいだ。


まいったなー。


僕は口内炎を避けるような食べ方でなんとかその魚料理を食べた。いつもはもっと上手に魚を平らげることができるのに……、この食べ方じゃまた馬鹿にされてしまう。


と思いきや、僕が食すところに注目していた会場中の方々から意外にも感嘆の声が上がった。


「で、できる」


「この方ならきっと大丈夫だ」


「能わざるもの、あり、ですな」


と安堵の顔で口々に言い合っている。


僕「え?僕、なんかしました?」


きょとんとなる僕。


すかさず組合長さんがまた教えてくれる。


組「いやー、実はその魚はとても珍しい魚で、食べ方がいく通りも存在する魚なんです。その食べ方を見て我々はいつも人を見抜くようにしていまして、今回も、メンバーの中にはあなたにお任せすることに反対を唱える者も少なからずいたのですが、この食べ方を見て、みんな納得しました」


僕の魚の食べ方を激賞してくれているみたいだ。


本当に口内炎でよかった。いつも通り食べてたら大変なことになっていたかもだ。


「そんなに良い食べ方でしたかねー」


「ええ、大変素晴らしい黄金食べですよ」


おそらくは反対してだんだろうなと思われる青年部の若手の方が教えてくれた。


僕「黄金食べ……?」


青「はい、常に黄金比になるように食べる食べ方で、10万人に1人しかできない食べ方と言われています」


僕「ほぅ」


口内炎でできた食べ方だがな。


とにかくみんなの信任を得て、その席はその後、大いに盛り上がり、宴もたけなわとなって、そのまま宿へ。


初日に全く仕事の話をしていないのもなんだか心配だが、いろいろ普通とは違う手順を踏む土地柄らしいので、あまり気にしないようにしよう。


浴衣に着替えて横になる。


消灯時間に法螺貝が遠く聞こえた。







翌朝、宿の前に出迎えの車が止まっていた。


「キスがうまい先生さま。おはよう御座います。お目覚めよろしいようで」


「あ、おはよう御座います。とてもよく寝れました」


「本日はキスがうまい先生さまのお知恵をいろいろと拝借賜りたいと思っておりますので、何卒よろしくお願いします」


「あ、いえ、こちらこそ」


キスがうまいだけ  ですが。


またまた手ぶらのままそれに乗り、港へ直行。


まずは今朝の水揚げの状況から視察する。


並べられた魚たち。


アメギス、アオギス、シロギス……。


確かにキスだらけだ。


漁港内の雰囲気もやはり暗い。


地元加工会社の社長さんもすっかり肩を落としている。


社「これでは加工品も限られてしまって……、今まで特産品として作って売っていたものが全部なくなってしまった……。先生、何かいい方法はないでしょうか」


僕「そうですねー。何か打開策はあると思うんですよねー」


いや、ねえよ。


水が高きより低きに流れるという法則に従ったレベルの無理ゲーだ。


キスがうまいだけの僕に何ができようぞ。


地元大学で海洋学などをを研究している教授さんもいらっしゃって、分厚い資料を見せてくれる。


僕は完全なる文系なので、こんなに数字とかグラフが多い資料を見ても、ARにしか見えない。


教授「この海水面温度診断や海流予測データの結果から何かお分かりになりますでしょうか、先生」


僕「うーん……。一つだけ言えることは……」


一同「ひとつだけ言えることは?なんでしょう?先生」


僕「海は……深いということです」


一同「……」


深いと言っておけば、とりあえずなんとかなる。そう思ってる感じがすごく浅いのだが。


僕はしゃがんで手を伸ばし海水に触れてみた。


無理ゲー。


塩辛い海水を舌先で感じる。


地球規模の現象に、ただのキスがうまいだけの男が出来うることって皆無だ。


小生の如きは云うまでもなく、クズなのだ。


僕「とにかく潜ってみましょう」


なぜそんなことを言ってしまったんだろう。もしかしたら何者かになりたかったのかもしれない。


そしたら組合長さんたちが急に、祭りの準備みたいにテキパキしだした。


“待ってました”みたいな感じだ。


ん? ちょっと既視感あるぞ。


あっという間に、またしても屈強な海の男たちに担がれてしまい、水中観察用の檻かごに入れられてしまう。


助けて〜。


そして沖合へ。


檻かごに入ったまま僕は海中へ降ろされていく。


水中無線で組合長さんの声。


組「この地域の古くからの慣わしで、遠方からの大事なお客様は生贄にして、その後に手厚くもてなして、最後に生贄にするということになってまして」


僕「なんすか! そのややこしい慣わし、早く上げてくださいよ」


よくそんな慣わしで今までSNS等でバズらなかったもんだ。


ダイバー服に酸素ボンベで海中深く降ろされた僕は檻かごの中でオロオロするばかり。


すると何やら黒い影が近づいてくる。明らかに獲物を狙う動きだ。


やばいエンカウントだ。


人喰いザメ登場!!


ぎゃー。


無線で叫ぶ「早く上げてー、サメ出たーー」


気泡がこんなに上に上がるのを見たのはパチンコの演出で見て以来だ。


無線で返ってきたのは落ち着いた声だった。


「あ、大丈夫ですよ。これもただの生贄のデモンストレーションなだけですから、サメも海中パトロール用のAIザメなんでご安心を」


なんかこの地域の人たちの冗談のスケールがいちいちデカくてついていけない。


とにかくこの場は命の危険はないみたいでよかった。


それにしてもよくできたサメだ。本物の動きにしか見えない。テクノロジーの進歩も凄まじいもんだ。ネッシー見つけた人にも見せたいくらいだ。


再び無線で会話。


僕「この勢いよく檻かごに体当たりして、ガシガシ噛むあたりの動きももよくできてますねー」


組「えー!? 、噛んでるんですかー!! そのAIザメは安全のために顎は動かないはずなのに」


僕「めっちゃ動いてますよ。なんだったら食いちぎられますよ」


おーい、どういうこと??怖すぎる。


組「先生! 今、製造元に問い合わせましたら、その症状は間違いなくシンギュラリティしてます」


してますって、ちょいまち。ダメでしょ、シンギュラリティさせたら。


僕「早く上げてくださいよー、早くー」


組「わかりました。あー巻き上げ機故障だー」


おーい。こんなときに悲運の漁師になっとる場合かーい。


しかも僕は徒手空拳。


獰猛なシンギュラリティAIザメとどう戦えばいいのだ。それにスイミグスクール時代も、僕は蹴伸び止まりぞ。


ガシガシ。おぞましい音だ。


あと数ミリで僕を守る檻が食いちぎられてしまう。とんでもない顎の力だ。


もうダメだ……。僕は目を閉じた。


こんな目の閉じ方は、キスの時だけにしたかった……。


あきらめた僕の口先に何かが触れた。


目を開けると眼前には目と鼻の先に人喰いザメの顔が。でも様子が変だ。


どうやら僕を食べようとして、その際にキスみたいになってしまったようだ。


そして、シンギュラリティしたサメは人智を超えているため、すごく乙女な性格で、僕のキスのうまさにとろけてしまったらしい。


チャンス!


僕は隙をついて檻の空いた穴から抜け出すと、自力で海面まで上がった。


ぷはー。


海面に顔を出すと、すぐに船からロープが投げられた。


なんとか助かった。


引き上げられて甲板で倒れ込む。


組「すいません、まさかこんなことになるとは……」


僕「もう勘弁してくださいよー」


組「でもどうやってあのサメを鎮めたんですか?」


僕「それは、つまり……キスを……」


そうか!!僕は電気ショックのように痺れて閃いた!


キスにはキスだ!!


急に勢いづく僕に船員たちはちょっと引いている。


どうやら打開策が見つかりそうだ。


すぐに実行に移すべく、帰港。


説明している暇はないので、すぐに僕は地元でキスを養殖している場所へ向かった。


そこの責任者さんに事情を話し、なんとか理解してもらう。


よし、これでうまくいくはずた。


その日から僕は24時間体制でキスの稚魚にキス念慮を送り続けた。


── 在らん限りのキス念慮を、だ。


kissだってtry&errorを繰り返して上手くなる。


試行錯誤を繰り返してついに僕は新種のキスを生み出すことに成功した。


すぐに放流。


あとは待つだけだ。


結果は予想通りだった。新しいキスたちは、釣る側がキスしながらでないと釣れない魚に進化していたのだ。


すぐにそれを地元の観光協会へ伝える。


「行けますよ、これなら」


との好感触をもらう。


大々的に宣伝した結果。全国からカップルたちがkiss釣りを楽しもうと訪れ出した。


あれよあれよという間に、婚活成功率ナンバーワンの漁港に。


さらに、kissしながらしか釣れないキスには、食べるとキスが上手くなる成分が含まれていた。


話題が話題を呼び、キスが上手くなりたいと願う思春期の世代からの注文が殺到。すり身がバカ売れ。社長バンザイ。


地元経済は完全に回復したのです。


さらにさらに、あの教授さんから新たな知らせが。“キスたちを調べたらどうやら、誹謗中傷をチュー消してくれる働きをする個体がいる”とのこと。


ほぅ。


チューして消してくれるんだそうだ。誹謗中傷を。


そんな素晴らしいことってあるだろうか。


人権団体の人たちを旗振り役に、世界中からこの海へと誹謗中傷が集められた。


もちろんあのトラガールさんもトラックにいっぱいに積んで運んできてくれた。


バックで海に捨てる。


僕「オーライです。オーライです」


ト「自動運転やけどな」


あははは。


みんな笑顔だ。そりゃそうだろう。この世から誹謗中傷がなくなるのだから。


ト「やっぱ大物なるおもたわ、あんた」


僕「自分なんて何もしてないですから」


そうなのだ。ただキスしただけなのだ。


八方一両得。


まさにそんな展開のまま、この地での僕の仕事は終わろうとしていた。


そして離任式の日。


町中の人が僕のために集まってくれた。


「キスは永遠に不滅です」涙声で僕は挨拶を終える。


盛大な拍手。


そして法螺貝が鳴った。


決してあきらめてはいけない、たとえどんなにキスしかできない状況でも……。


またひとつ僕は学んだのであった。







               


                    つづく

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