起業

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【前回までのあらすじ】


キスがうまいだけで何もできない男という理由でカノジョにフラれる

⬇︎

アパートを追い出される

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警察沙汰に巻き込まれる

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住まい探しで不動産屋にて撃沈

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第二回 警察沙汰に巻き込まれる

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救世主が現れ、3Dミスプリント住宅のモニターとして住まわせてもらえることになる(“なる早でケイタイ持って”と言われる)

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携帯キャリアショップでブラック扱いされてしまい、撃沈かと思いきや、プラチナバンド周波数帯に好影響を与えてしまい、大臣から謝辞をいただくとともにスマホに似たキスホをゲットし、いよいよ仕事を見つけようと燃える


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「らっしゃいませー、らっしゃいませー」


映画館の巨大なスクリーンにそんな風に元気よく声を張る僕が映っている。


「らいっしゃいませー、らっしゃいませー。わたしゃ入れ歯で歯が立たないよ」


コンビニのバイトなのに啖呵売のセリフを織り交ぜるあたり、社会経験ゼロな僕らしい。


満員の観客の人たちも笑ってくれている。この映画は『5分後に意外なクビ』というタイトルの、僕を追いかけたドキュメンタリー映画で、おかげさまでシーズン2だ。


タイトルの通り、そろそろクビのシーンだ。お客さんもそれを期待している。


僕「コンビニあたためますか?」


客「いや、そのままで」


僕「ちゃらちゃら流れるお茶の水」


客「……」


スクリーンの中のそのレジのシーンではカンカンに怒った店長がやってきて、台本通りに「キスがうますぎる」という理由でクビを宣告される。


僕「思い起こせばはずかしいことのかずかず……」


そして僕はまた大きなトランクを持って次の仕事を探す……


ときに観客の涙を誘った。


笑いあり涙あり、昇給なし。


My rainy day


あれからの僕はだいたいこの映画のような毎日だった。


たくさんのバイトをして、同じ数だけクビになった。


もちろんそれは、僕が“キスがうまいだけの男”すぎたからだ。


何もできないだけの男なら、たぶん可愛がってもらえたんだろう。だがいかんせん、キスがうますぎた。それが雇い主さんたちの逆鱗に触れたみたいだ。


ある時、居酒屋のホールのバイトでクビになった時、その時は両手にビールジョッキ四つ持ったままでクビになったんだけど、その瞬間を目撃した映画監督さんが、ビビっときたらしく。


「キスがうまいだけだから辞めてくれって、そんなクビになり方を始めて見た。是非あなたを映画にしたい」とラブコール。


そんなこんなで、映画化され、シーズン1は異例のヒット。


社会現象となって空前の“クビ”ブームを巻き起こした。


そして今映し出されているこのシーズン2の試写会も好評のうちに幕を閉じた。


スタンディングオベーション。


僕も鑑賞席から立ち上がって周りの人と握手をかわす。舞台挨拶なのにクビになって壇上に上がれないという演出に観客はさらに沸いた。


そんな絶頂期に、幸運の女神の手の甲に僕はそっとキスした。幸運の女神が微笑むのは上手いキスにだけだと、確認しながら……。ドン底からの一発逆転。きっと元カノにも僕の活躍は届いていることだろう。


ギャラでちゃんとしたアパートにも引っ越せた。


もうこれで誰も僕をキスがうまいだけ呼ばわりできないだろう。夜な夜な僕は祝杯をあげるのだった。


だが、そこから徐々に事態は暗転していく。


シーズン2の公開とともに、またまた社会現象となる。


もともと働くことの意義に疑問を抱き始めていた人々は一斉にクビの美学を追い求めだした。


その結果、僕のキスのせいでその年のGDPをいくらか押し下げてしまい、経済が失速してしまった。


すると、事態を重く見た文部科学省から上映禁止にされてしまったのだ。


慌てた僕は、活動の場を求めて、真面目な恋愛映画に恋敵役で出演するも、主演男優よりもキスシーンがうまくて降ろされる。


事務所の圧力などもあり、芸能界を引退することになり、また真面目に働こうと職探しを始めるも、あまりにも世間に僕のクビのイメージが付きまとってしまっていて、どこも雇ってくれるところは無くなってしまっていた……。


その事実に愕然とするしかなかった。


どうしよう……。今度こそ積んだ……。


夜な夜な痛飲の日々。


元カノにメールしたら、“冷やし中華みたいな連絡いらん”と返ってきた。


冷やし中華  始めました……


始めました……


始めました……


モゴモゴ呟いていたら、


そうだ!始めよう!


突然、僕はひらめた!


自分の会社を立ち上げよう! それも自分を全面に押し出した会社を!


ギャラの残りを資本金にして僕は会社を立ち上げた。


『株式会社キスがうまいだけの男』


とても晴れた朝だった。玄関先に社名の入った表札をかけた。


その自宅兼事務所に固定電話を引いて、オファーの電話を待った。


きっと、僕にしかないこの特性を生かした、僕にしかできない仕事の依頼があるはずだ。


信じて僕はひたすら待った。







どれくらい待ったときだったろう……。


とにかく店屋物をどれだけ食べたか思い出せない。


初めて、電話が鳴った。すごい音だった。まるで、コーラにラムネを入れたときみたいな爆発した受話器になっている。


とにかくかかってきて良かった。


このままずっと電話がなかったら、僕は“株式会社なだけ”の男になってしまうところだった。


飛びつくように受話器を取る。


「はい、お電話ありがとうございます。株式会社キスがうまいだけの男でございます」


どんな依頼にも応えるつもりだった。








                    つづく


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