負託


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【前回までのあらすじ】


キスがうまいだけで何もできない男という理由でカノジョにフラれる

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アパートを追い出される

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警察沙汰に巻き込まれる

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住まい探しで不動産屋にて撃沈

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第二回 警察沙汰に巻き込まれる

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救世主が現れ、3D“ミス”プリント住宅のモニターとして住まわせてもらえることになる(“なる早でケイタイ持って”と言われる)

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疲れが出て寝る ☜今ココ


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翌朝、僕にしては早くから目が覚めた。


すごくジャンボリーな夢を見てしまった。


“ほぼ土管”の3Dミスプリント住宅の硬いところで寝たせいで、体中が痛い。なんとか起き上がる。


寝具を早いとこ揃えよう。


“ミスプリ”住宅に一晩寝てみて思ったことは、二晩は寝るもんじゃないな、ということだ。


体勢的にはカプセルホテルと似ているけど寝心地は雲泥の差。


住宅会社の人は、僕がここに住んだデータを取ると言っていたけど、こんなネガティブなデータをいっぱい集めてどうするんだろう。何かに資すれるんだろうか。


あくびをしながら家の外に出てみると、何やら賑やかだ。


そこでは、ご近所の人がたくさん集まってラジオ体操をしていた。みんなこっちを向いていて、ラジカセは僕の住宅の上に置かれている。


え!? ここってそういう場所なの……。それならそう言っといてくれよー。


必然的に僕は、みんなの前で体操する見本の人になった。


第二体操までを終えて目が完全に覚めた。町会長さんとも挨拶。瓶の牛乳をいただく。とてもいい人だ。


やがてみんな解散して、再びあたりは静かになった。


なんとなく朝日に手を合わせた。今日もよろしくです。昨日に引き続き弱気な僕だ。牛乳をゴクゴク。


さて、今日の目標はケイタイを手に入れることだ。


その点についてはどこか楽観的な僕。最難関の住居をゲットできたのだからケイタイなんて楽勝なんじゃないか。という、キスがうまいだけの男の発想としてすこぶる模範的なものが、僕の心を浮かせる。


仕事を見つけるためにもケイタイは必要だしな……、頑張ろう。


ちなみに僕はずっとケイタイを持たされていた男だったので、ケイタイを持つために、何をどうすればいいかはよく知らない。


身支度をして戸締りして出発。


元カノが使っていたケイタイ会社のキャリアショップへ。


開店時間のすぐ後くらいに合わせて行ったつもりだけど、もう他のお客さんがけっこういる。


もっと、中はガチャガチャのコーナーとかがあるとこだと思ってた。


慣れないので、キョロキョロしてしまう。


いろいろなエリアがある。スマホやタブレットが実機操作できるエリア、メモリーコピーのエリア、法人専用のエリアまで……。


さらに一際目立つ一角が。なんとポケベルコーナーまであった。また流行っているんだろうか。


そしてあろうことか、昨日の女の子たちのグループのあの歌が流れている。売れてたのか、嘘でしょ。


相変わらずポケベル暗号の数字ばっかの歌詞で頭が痛くなる。


番号札を機械から取り、タイルカーペットの上を歩いて、ロビーソファに腰掛ける。


テレビがついていて、ニュースがやっていた。国会の話題みたいだ。真面目そうな男性アナウンサーさんがニュース原稿を読んでいる。


アナ「続いては、政治とキスの問題です。国会では連日、野党が激しく与党の裏キスを追求しています。一部の与党議員はキッスバックがあったことを認めていて、今後の政権運営は難航していく見通しです。専門家によると、今国会末でのキス解散も視野に入ったのではないかと……」


世も末だな……。


僕は近くに置いてあったリモコンでそっとチャンネルを変えた。


そこで僕の番号が呼ばれた。意外と早かった。


対面式のカウンター窓口へ移動。そこに腰掛ける。


女性スタッフのかたに名前と生年月日を告げると笑顔でそのままパソコンに打ち込んでくれた。


Enter


そしたらとんでもないことになった。


“これができたら100万円”チャレンジに失敗した時みたいなジェットスモークが両サイドから僕を襲った。


そしてけたたましい警報ブザーの音、さらに回転式の警告灯の明かりが全力で室内を駆け回る。


な、何事だよ……。


間髪を入れずに、完全に防犯訓練されたスタッフの方達の刺股が四方から僕を捕えた。


ひえー。


「お客様、ブラックです」


「え? ブラックって、ブラックリストに載ってるってことですか?」


だとしてもこんな手の込んだ演出いる? 周りのお客さんたちもみんなびっくりして出ていってしまった。


「いいえ、ただのブラックではありません。お客様は、最強の難易度としてゲーマーの間で知られている伝説のファミカセ、『スーパーブラックオニキス』をご存知ですか?」


「スーパーブラックオニキス……!?」


「はい、お客様はスーパーブラックオニキスに該当する、と当社のシステムが判断しました」


「……」


それって遠回しにブラックって言っているだけでは……。


「とにかくお客様とはご契約できませんので」


「そこをなんとか……」


粘っていたら、奥の事務所から女性店長さんが鬼の形相で飛んできた。


カウンターを挟んで僕の前に、腕組みで仁王立ちになる女性店長さん。


先程のスタッフさんが耳打ちで経緯をつげると、さらに厳しい顔になった。


女店「我が社は企業として安心安全な社会づくりに貢献するという理念を持っておりますので、キスがうまいだけの男という、女性の敵のような方にはケイタイをお渡しするわけにはゆきません」


僕を見下ろすその表情には正義感がみなぎってる。周りを見ても明らかに勧善懲悪の構図。


そして女性店長さんの、昔付き合ってた誰か(おそらくはダメ男)と僕を重ねている感じが、この場が納まる確率を著しく低くしている。


どうやら、僕の考えが甘かったようだ……。


やはりキスがうまいだけの男に対しての世間の風当たりは厳しい。


誰かが僕の脇腹をツンツンしてきた。


こんな時に誰かと思って見たら、


まだ店内にいたチビッコだった。


「ねぇファミコンなの?ピコピコしていい?」


すでにツンツンした後に聞くあたり、とても健全で可愛らしいチビッコだ。



「こら、いけませんよ」とその子のお母さんが抱き抱えて離れたところに避難する。


「いいんですよ、僕なんて、ピコピコされるくらいでちょうどいい男ですから……」


そう呟きながら、そっと席を立って店を出ようとした。


誰かが叫んだ。


「お電話です!」


一斉にそのひとりのスタッフに視線が集中する。


「店長に緊急のお電話です!」


「誰から?」と女性店長は厳しい表情のままで。


「総務省です」


総務省!?


僕も含めてみんな同じリアクションになる。


「総務省の誰よ?」


「大臣です」


えー!


総務大臣からショップに直電とかあるの? 逆に機種変かな?


急いで電話を変わる女性店長さん。


僕もことの成り行きを見守りつつしばし待機。


電話で込み入った話をする女性店長さんはチラチラ僕の方を見ながらだ。何か僕に関することみたいだ。でも総務大臣とかスケールでかすぎでしょ。


女店「はい、承知致しました。ではそのように処置いたします。失礼致します」


電話を切った女性店長さんはなんだか苦虫を噛み潰したような顔で僕のところに来た。いや、ほとんど顔が苦虫になっている。


女店「単刀直入に言います。大臣から密命が降りまして、お客様にケイタイをお渡しすることになりました」


僕「えー!? いいんですか?」


時代劇の恐れ多いときのポーズになる僕。あまりにも急転直下の斜め上だ。


“でもどうして”、と納得のいかない他のスタッフさんたちは説明を求めた。僕だって知りたい。


渋々ながら女性店長さんは説明を始めた。


「説明するのも嫌ですが、ご説明しましょう。携帯電話で特に多く使われているプラチナバンド周波数帯では、しばしば混雑が起こって問題となっていて、総務省でも頭を抱えていました。そこへあなたが現れたのです。プラチナバンド周波数帯というのは波長の性質的に女性的なところがあって、あなたのようなキスがうまいだけの男が近づくと、それを避けようとして広がる性質があることがわかったのです。つまりあなたが歩き回れば歩き回るほど携帯がつながりやすくなるわけです」


「なんか……すいません」


それしか僕には言えない。


女店「その貢献に応えて、今回特例としてあなた様にケイタイをお渡しします」


そこまで言って、店長さんは奥へ引っ込んでしまった。本当に申し訳なく思います。僕は。


後を引き継いだ最初の女性スタッフさんと再び対面式で座る。


僕「あのー、何にも持ってきてなくて…」


ス「いいですよ、なくても、特例ですから。ご住所だけいただけますか?」


僕「あ、えっと住所は……」


あの家の住所をビジネスマンさんにもらってはいたけど、ちょっとすごい住所だからこれを言ってもいいのかな……。


ス「ご住所おねがしますっ」


僕「はい、住所は、東京都点P……です」


ス「は? ふざけてます?」


スタッフさん、こめかみがピクっときてる。


僕「これはその、本来、建たないところに建つ住宅なんでこういう住所になるみたいです」


ス「そうですか」


明らかに嫌々打ち込んでいる。


ス「それじゃあ、本体をお渡ししますね、はいどうぞ、これが『キスホ』です」


僕「キスホ!? スマホじゃないんですか?」


ス「キスホを渡すようにと店長からの指示なので」


僕「キスホって何が違うんですか?」


見た目はスマホとそんなに変わらなく見える。


ス「このキスホはうちの開発担当がイライラしてる時に作ってしまったもので、これ一台しかないんです。キス顔認証なのでキス顔でロックを解除してください。あとキスの口じゃないと通話ができないんで、気をつけてくださいね」


僕「……」


またキスかよ……。


ス「キス放題プランお付けしときますんで」


僕「どうも」


── どうも。


手に汗を握りながらではあったけど、


全ての登録手続きを終えた。


スマホならぬキスホをゲットだ!


店を出たところで、さっそく大臣からショートメールが来た。


『この度の貴殿の働きは、通信業界のさらなる発展に資するものであり、その功績を高く評価します。これからもブラブラしてね、よろ』


大臣からのメールなのに、自動で迷惑メールに振り分けられてしまっている。


それっぽい返信を返しておく。


そうだ、元カノに連絡してみよう!


よせばいいのにそう思ってしまった。気が大きくなっていたんだろう。


コール音。


元カノが出てすぐにキレられた。


“別れた次の日に生存報告とかいらん”とのこと。


すぐに電話は切られた。キス顔が向こうに送信されていたらしく、それも彼女の怒りに油を注いだ。


立ち尽くす、僕。


ガジェットそしてトワイライト……。


さてと、仕事を見つけよっと。


あの家に帰る足取りはさすがに重かった。








                    つづく

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