契約
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【前回までのあらすじ】
令和のある日……、一緒に暮らしていたカノジョから“キスがうまいだけで何もできない男”というレッテルを貼られた上にアパートを追い出された僕は、住むところを見つけようと不動産屋さんに出向くも撃沈。
さらに警察沙汰に巻き込まれ、連行されそうになったところで、謎のビジネスマンさんが現れて僕の無実を晴らしてくれて助かる。
そのビジネスマンさんは3Dプリント住宅販売会社の人で、なぜか“僕のことを探していた”とのこと。
詳しい話を聞くために喫茶店へと移動することになった……。
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『トナラー問題』とはこういうことなんだろうか。
喫茶店のボックス席で何故かそのビジネスマンの人はガッツリ僕の隣に座った。『向かい合う』一択の状況だと思うが……。
とにかく僕は遠慮なく、コーヒーとナンカレーとナポリタンと茶漬けを頼む。この次にいつご飯が食べられるかわからないので食い溜めだ。およそキスのうまいやつの食い合わせでないことは承知している。
トナラーのビジネスマンさんはメロンソーダを頼んだ。その人はメガネをかけているので、横だと、レンズの厚さがよくわかった。もみあげにこだわりありの人みたいだ。
僕「あのー、それで、僕を探していたというのは……」
明らかにナポリタン食べたやつの口の周りのままでそう尋ねた。例えば、ナポリタンを食べながらする真剣な話って何故か成立しない気がするのは僕だけだろうか。
ビ「実はあなたの情報をさっきの不動産屋さんからいただいて飛んできたんですよ」
僕「え、あの、不動産屋さんが!? でもなんの情報ですか?まさか……」
ビ「そうです! キスがうまいだけでなにもできない人がいる、という情報です」
僕「……」
コーヒーにいっぱい砂糖を入れたはずなのに苦く感じる。この人もまた僕を単にブルーにさせる気で来たんだろうか……。
ビ「あ、いや、誤解なさらないでください。もちろん我が社ではそういう人をピンポイントで探していたわけであって、決して揶揄しているわけでわないんです」
ビジネスマンさんはストローでくるくるしながらそう言った。
僕「……」
茶漬けが来た。そうだ! 京都へ行こう……。
ビ「実は、是非ともあなたに我が社で建てた3Dプリント住宅のモニターになってもらいたいのです」
僕「え!!? モニターに!? 僕が!?」
距離が近いのでそのタイミングで逆にちょっと離れた。
ビ「はい、そうです。あなたにです。新興優良企業である我が社がこれまで手がけてきた3Dプリント住宅の優れた点については言うに及ばないのですが、その裏では実際のところ……、これは企業秘密なのですが、制作過程である程度のミスプリント住宅も発現してしまっていることも事実でして……」
僕「えっ、3Dプリント住宅にミスプリとかあるんですか?」
ナポリタンのおかわりを頼む。
ビ「そりゃあ、ありますよ。機械も人間ですから」
僕「ほぅ」
いや、機械は機械だろ。
そこでビジネスマンさんが僕の膝を急に軽く叩いてきてちょっとビビった。
ビ「あ、もしかして、今、プリプリって思いました? “プリンセスプリンセスの『M』聴きてー”って思ったでしょ? ぜったい」
僕「いや、思ってなかったですし、それを言われた今現在も全く思ってないですね」
その僕の答えを最後まで聞かずに彼は真顔に戻った。
ビ「えっと、住宅のサイズ感としてはLまたはLLですねー」
それを言いたかっただけか。とにかく会話の雑さがとても混み入っている。この人の脳内企業はきっとコングロマリットされてるんだろう。それくらいじゃないと食うか食われるかの新ビジネスでやっていけないのかもしれない。
「なんかサイズとかフライドポテトみたいですね」
僕はピーマンをフォークでよけながらそう答える。
ビ「とにかくミスプリント住宅で暮らした場合のデータを揃えたくて、それでキスがうまいくらいであとは何にもできない人を探していたわけです。なんでもできちゃう人だとこちらが欲しいデータが得られないので」
僕「だとすると僕ですね」
決してドヤるところではない。
「資料も持ってきてますので見てください。こんな感じの建物です」と言って、ビジネスマンさんはテーブルの上に広げて見せてくれた。
カラーの大きめの写真。
そのミスプリント住宅は、感想としては……、なんというか……、住宅としてはフライドポテトよりもまずい形だ……。
ビ「とにかく、これから内見しに行きましょう」
伝票を手に取って立ち上がるビジネスマンさん。
お腹いっぱいにさせてもらった僕は、もちろんついて行くしかない。
さっそく、会社名の入った車に乗って現地へと向かう。
ビジネスマンさんはハンドルを握ると性格が変わるタイプの人でちょっとやだった。
川と踏切を2回ずつ渡って、坂を登って下りた先にその場所はあった。都内。
だだっ広い空き地のような土地の真ん中にその3Dミスプリント住宅はあった。置かれているという感じか。
実際に目の前で見てもやはり感想は変わらなかった。
率直に言って、これって、
── ドラえもんの公園にある土管ですよね……
少なくともそれに毛の生えたようなものにしか見えない。
ビ「3LDKの作りになってます」
僕「ほぅ」
土管が三つ俵積みになってるだけだ。ミスの仕方がすごい本気だ。
機械は人間だな、やっぱ。
ビ「けっこう見晴らしとかも良くていいとこでしょ?」
僕「まーそうですね……」
ビ「ユニットバスになってます」
僕「なってますかね、これ」
ビ「休みの日なんかは子供たちもいっぱい遊びにくるんですよー」
僕「……」
子供が集まってくると僕の場合あまり良くないことが起こるのは序章を参照されたし。
しかしながら僕は、贅沢を言える立場ではない。住めるだけマシなのだ。
ビジネスマンさんがズボンのポケットのなかからカギ束を出す。
ビ「えっと、どの鍵だったかなぁ」
僕「え? 鍵いります?」
全然おうち感はないから……。
ビ「やっぱり何かと物騒ですからー」
中が丸見えだけどなー。
おや?
回り込んで中を見た僕は見つけてしまった。
── 人を。
なんとそこには、人が寝ていた。何故か先にそこを、『住みます芸人』の人が占有していたみたいで、少しモメた。
結局話し合いの末に、チップ的なものを渡して立ち退いてもらい、解決した。
それから、秒で内見を済ませたあと、正式に契約。
鍵を受け取る。
こうして、しばらくの間僕はここで暮らすことになった。
近くの家々からは夕げの匂いが漂ってくる。
「住まう」と「住む」とは違う意味の言葉なんだそうだ。「住まう」とは、安心、安全、健全に住めるという前提のもとに住み続けることなんだそうだ。
もう一度その土管ぽいやつをマシマジと見た。どう見ても前提を欠いているようにしか見えない。
僕「あのー、ちなみにペット可ですか?」
ビ「蓋のついたペットボトルなら持ち込めますよ」
僕「ですよね」
もちろん、聞いた僕がいけないのだ。
ビ「それじゃあ、契約云々は以上となります。今後いろいろデータのやり取りとか、聞き取りの調査とかもあるので、なる早でケイタイ持ってくださいね」
僕「はい、なる早でそうします」
ビジネスマンさんがいなくなってから、家の中で横になった。長かった1日の疲れが出た。
だいたい予想はしていたが、とてつもない寂しさに襲われる住宅だ。
元カノとの暮らしがたまらなく恋しくなってくる。
夜遅くなってもなかなか寝つけなくて、羊を数えてもダメだったので、バーバリーシープを数えてみたら眠れた。
つづく
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