救い
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【前回までのあらすじ】
令和のある日曜日に、一緒に暮らしていたカノジョから“キスがうまいだけの男”というレッテルを貼られた上に、アパートを追い出されてしまった僕は、なんやかんやしているうちに警察沙汰に巻き込まれてしまい、でもなんやかんやの末に誤解が解けて釈放。その後、なんやかんやで入った不動産屋で、けちょんけちょんに打ちのめされてブルーになったまま今に至る……
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不動産屋さんを出た僕は、変に足元が寂しく感じて、自分がサンダル履きだったことをいまさら思い出した。
しかも、署での取り調べ中に借りたトイレのやつを履き間違えてきてしまっていて、甲のところに黒マジックで警察署名と『取り調べ者トイレ』と入っていてとても体裁が悪い。
仕方なく僕はとぼとぼと歩く。まるでスピンオフ版の何かみたいに……。
地球上で最初にとぼとぼ歩いた人類はどれくらい出世できたんだろう。そしてキスがうまい人類はだいたいいつ頃登場したんだろう。タイムマシンでそのキスを止めに行ったら、僕は幸せになれるんだろうか……。弱気だと、変な想像ばかりしてしまう。
もう少し楽に、住むところが見つかると思っていたさっきまでの自分ってなんて無邪気だったんだろう。社会を舐めすぎていた。
けっこう歩いたかと思ったけど、全然進んでない。
商店街のアーケード看板に備え付いた時計の針は15時を指している。
もう3時かー。3時のおやつの時間だ。
朝、アパートを追い出されてから何も口にしていない。なんだったら、昨夜も茶漬けしか食べていていない。基本、僕はブラックジャックの次くらいに茶漬けしか食べない人なので、きっとカノジョも料理の作り甲斐がなかったかもしれない。というか、なんもしてない僕が料理くらいするべきだったんだろう。
もっとも、食器と楽器の境界線が曖昧な僕でも作れる料理があればの話だけど……。
それに、ブラックジャックは天才外科医だから茶漬けばかり食べてても絵になるけど、僕の場合はただのブラックジョークにしかならない。
いろいろ考えているうちにお腹まで鳴った。
するとタイミング良く、商店街のなかからいい匂い。
生まれて初めてマンガみたいに鼻をクンクンさせながら匂いをたどった。サンダル履きで。
すると、行き着いた先のコンビニ前で新発売商品のイベントをしてるのを発見。いい匂いはそこにあるスナック菓子からだ。
スナック菓子の匂いを遠くから嗅げるなんて嗅覚が研ぎ澄まされている。早くも野良化してきたのかもしれない。
そこでは若い女の子たちのグループが大きな声で呼び込みをしていた。
「ご試食いかがですかー。ただいま新商品のポッキーのご試食ができまーす」
派手なハッピ姿で声を揃える彼女たちはどうやら地下アイドルグループのようだ。
グッズとか買わされそうになったらどうしよう……。
でも背に腹は変えられないので、とりあえず僕は商品が並べられた簡易のテーブルの前へ。
「あ、いらっしゃいませー」と明るい対応だ。
「あのー、これ食べてもいいんですか?」
「どうぞー。食べた後にここに感想いただければありがたいです。あと私たち、この度『ポケベルが鳴りすぎて』っていう曲でデビューするので、そちらもよろしくです」
「あ、素敵なタイトルですね。頑張ってください」
ポケベルが鳴りまくってたらたぶん急用だろう。
僕は数種類あったポッキーを多めに食べた。とても甘い。塩対応ばかりの後のポッキーがこんなに甘いとは……。
感慨深く味わっていたら、僕のポッキーの食べ方を見た女の子たちが何やらヒソヒソしだした。
明らかに不審人物を見る目になっている。
「だよねー、やばくなーい」
「マジでやばいよー、言っちゃいなよー」
おっと、この展開、既視感あるぞ。
そして1人のリーダーぽい子が他の子をかばうみたいな体勢で僕に言った。
「あのー、ちょっと、もしかしてポッキーキスしようとしません?」
「え!? そんないじゃないけど……」ポッキーを咥えたままでまごつく僕。
さらに女の子が僕のサンダルをめざとく認めて叫ぶ。
「あー!見て見て、サンダルに『取り調べ』って書いてある、犯人だよーやばいよーキャー」
僕「あ、これはそのー、そういうんじゃなくて、キスも、その、ポテンシャル的なあれで……」
弁明虚しく、早くもスマホで速やかなる110番をされてしまっている。
パーポー、パーポー。サイレン。きたよ。
パトカーから降りてきたのはやっぱりあのチョビ髭お巡りさんだ。勢いが良すぎて制帽が浮いている。
「ちみ、ちみー、またちみかねー」
僕「はい……」
お巡りさんは女の子たちに「大丈夫だったか」と確認してから僕の前に来た。
巡「今度という今度は、仏の顔だよ、ちみー」
上手いこと言えないなら言わないでほしい。
僕「すいません……でも、ただポッキー食べただけですから……」
僕の話を完全無視の彼は「マル被確保」とか肩の無線で言ってる。コントか。
── そしてガチャリと手錠。
僕「えー!! 任意同行ですよねー、ポッキー食べただけで手錠とかやめてくださいよー」
巡「早く乗るんだ、キス太郎左衛門め」
わー、助けてー。僕はパトカー酔いするしー。
午前中に引き続き、またまたパトカーに押し込まれそうになったその時、
── 奇跡が起こった。
颯爽と現れたのだ。
「その人は何もしていません。私はずっとその樫の樹の影から見ていました。確かです」
助かった。証人が現れてくれた。樫の樹はどこにもないけど。
そのひとは僕と同じくらいの年頃の眼鏡をかけたビジネスマン風の人で、ライン間隔が太いストライプ柄のスーツを着ている。
巡「おたくだれ? 見てたってほんと?」
ビ「ほんとうです、そこの樫の樹の影から見
ていましたから」
指差した方向に樫の樹がないのがちょっと不安だ。このお
やはり、その人の信憑性を疑うお巡りさん。
だが、ビジネスマン風さんが名刺を差し出すと、状況は一変した。
巡「あー、あなたは、あの会社のお方でしたか。これは失礼致しました。3Dプリント密造銃の事件では捜査協力いただきありがとうございました」
ビ「いえいえ、お力添えできてよかったです。ですから、まー、この場もどうか穏便に済ませてください。私がこの人がキスがうまいだけであとは何もできないクソでポッキーをぽりぽり食べるだけのカスなことと、無実であることを保証しますから」
全力で僕をかばってくれるあまりに、全力でディスることにつながってしまっている。
巡「あなたがそこまでおっしゃるのなら、仕方ありませんな」
ちょっと乱暴に手錠を外すお巡りさん。「この
走り去るパトカー。
女の子たちも、もう通報したことさえ忘れて自分たちのデビュー曲を振りつきで歌い出している。
🎵 084 3476 426 114104〜 フォー❤️
歌詞が全部ポケベル暗号でさっぱりわからない。
フォーって言われてもな……。ぜったい売れないだろうな……。
おっと、お礼を言わなきゃだ。向き直る。
「あ、どうもありがとうございました」
僕は手首をさすりながらその人にお辞儀した。
ビ「改めてまして、私こういうものです」
名刺を差し出される。社会経験ゼロで、もちろん名刺交換をしたことのない僕のような人間は、こういうとき咄嗟に、手で皿を作って受けてしまう。
その名刺には『シン•3Dプリントホームズ』という会社名が入っていた。
どうやら3Dプリント住宅販売専門の新しい会社みたいだ。
3Dプリント住宅って、あれだよな、建設3Dプリンンタ使って2日くらいで低価格の家建てちゃうってやつだよな、たしか。
僕は名刺とその人の顔を交互に見ながら。
ビ「実は私があなたを助けることができたのは偶然ではなくて、ちょうどあなたを探していたところだったのです」
僕「探していた?? 僕を??」
ビ「はい。まー、立ち話もなんですから、喫茶店ででも話しましょうか。お腹もおすきのようですし。なんでもご馳走させていただきますから」
うまい話には裏があることくらい僕だって知ってる。
僕「紅茶が美味しい喫茶店が近くにありますよ」
ありがちな罠につい引き込まれたい年頃なのかもしれない。
つづく
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