実状

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【前回までのあらすじ】

 いっしょに住んでいたカノジョから“キスがうまいだけの男”というレッテルを貼られた上にフラれて、アパートを追い出された僕にさらなる悲劇が。

 公園に佇んでいただけでなぜかキス関連で警察署に連行されてしまう。

 疑いが晴れてすぐに釈放されたものの、社会経験が無さすぎてこれからどうしていいかわからずにいたところ、ちょうど入りやすそうな不動産屋さんを見つけ、入ることになった……


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「いらっしゃいませー」と店内にいるスタッフさん全員から声がした。意図してかはわからないかけどちょっとハモっていた。


僕の担当の方もそうだけど、けっこう爽やか体育会系の感じのスタッフさんが多い印象だ。



不動産屋さんの店舗内に1人で入るのなんてもちろん初めてだ。けっこう他のお客さんもいる。そしていろいろ真剣に相談している。


地に足ついてしっかりと生活している人たちは僕には眩しすぎていつもしっかりとは見れない。


さっき声をかけてくれた若い男性のスタッフさんが、「どうぞそちらへおかけください」と促してくれた。 


「あ、どうも」


椅子の角っこにだけお尻を乗せて座る。別にすぐに逃げ出そうとしてるわけじゃないけど……。


ス「お飲み物はダージリンティーでよろしいですか?」


僕「え?あーはぁー」


一瞬、だんじりに聞こえてしまって焦った。店舗内で祭りが始まっても困る。


ス「あ、すいません、もしかしてアールグレイ・ダージリンティーのほうがよろしかったですかね?」


僕「あ、いただけるならなんでもかまいませんが」


ずいぶん洒落たものを飲ませてくれるんだなぁ。そういえば署での取り調べでいっぱい喋ったから喉が渇いている。



用意してくれてる間、僕は店内を見渡していた。明るくて広々としている。インテリアに合わせて観葉植物がオシャレに配置されていて、なんだか清々しい気分になれる。デスクのあるエリアの方には今月の目標とかナンたら率とかいっぱい数字が張られている。


ス「お待たせしましたー」


僕らは商談用の丸テーブルに向かい合わせに座った。真っ白い天板。


結局出てきたのは普通のお茶だった。喉が渇いていたからとくにかまわない。茶漬け出されるより全然いいし。


最初のハモリもそうだけどこれも体育会系のノリのひとつみたいなのだろうか。業界的にノルマとかがいっぱいあって大変なのだろう。


担当スタッフさんが椅子を引き直して、話し始める。短髪をツンツン立てている。


「それでは、わたくし、本日担当させていただきます『わたくし』と申します」


──??


「え? は? あれですかね? これって笑うところですかね」僕は空気読めてないと思われてもいやなので聞いた。


担当スタッフさんはしばらく僕のリアクションを泳がせて見てから、「いやー、これは形式的なやつなんで気にしないでください」と言った。


僕「はぁー、形式的なやつですかー」


ス「最近はカスハラとかいろいろあって名前は伏せてるんですけど、このご挨拶だけは名残りで残ってまして、それでなんですよ」


僕「なんか、わかります」


頷いてはいるが、社会経験がまるでない僕にはなんもわからない。


ス「失礼ですがお客様は今回お部屋探しは初めでいらっしゃいますか?」


僕「恥ずかしながら……」


ス「なるほどです。でもご安心ください。うちは大手ですから、とにかく他社とは取扱い物件の数が違いますから」


胸を張ってそう言うと担当スタッフさんはタブレットでスクロールしてざっと物件例を見せてくれた。


確かにこの近くの物件でもすごい数がある。


おや?


見ていてふと気になったことがあり、聞いてみる。


僕「すいません、あのー、素人目での質問で申し訳ないんですが」


ス「ええ、どうぞ」


僕「こちらで扱ってる物件の建物名が、なんか変わったのが多いなぁーと思って」


けっこう個性的な建物名が多くて目についた。


ス「あ、お気づきになりましたか。実はですね、うちで取扱いさせていただいてる物件はですね、全てネーミングライツ制度を導入していただいておりまして、企業名とか商品名とかを冠しているんですよ」


僕「え!? そういうのあるんですか?」


ス「あるんです。そのおかげで借り主様のご負担も軽減されてご満足いただけるサービスとなっております。例えばこちら、『スタミナ焼肉もりもり亭駅前二号店A棟』はですね地元の焼肉店がネーミングライツを取得してくださっています」


僕「なんか情報量がすごいですね。駅前の物件なんですか?」


ス「いえ、めっちゃ駅から遠いです」


僕「……」


ス「でもですね、やはり初期費用が抑えられているので空室はすぐ埋まるんですよ」


僕は変な興味が湧いてタブレットを借りてもう少し探してみる。


僕「あ、これはすごいですね、『毎月10日は半額セール実施中ハイツ』って」


ス「地元のスーパーさんですねー。広告的なのもありなんで」


僕「ハイツってつけて意味あります?」


ス「まーハイツですから」


これってセールの方針が変わったらアパートの名前も変わるやつじゃないんだろうか。どうだろうか。あんまり深く聞くとここに住みたいと思われそうだ。


僕「あ、これは何ですか?『サトル、元気にしてるかコーポ』って言うのありますけど……。


ス「あーこれは遠くに暮らす息子さんへの親御さんからのメッセージタイプですねー」


僕「コーポって要ります?」


ス「まー、コーポですからー」


これって、住所言う時とか書く時とかめちゃくちゃ恥ずかしくないか?住んでる人に聞いてみたい衝動に駆られる。


他にも絵馬みたいに『国家試験に絶対に合格!荘』とかもある。


もうお腹いっぱいだ。いいや。


僕がタブレットから顔を上げると、すかさずハイテンションで担当スタッフさんが営業トークのギアを上げてくる。


ス「ではですね。、どういった条件の物件をお探しかをお伺いする前にですね、ちょっと、AIがお客様にオススメする物件を見てみませんか?」


僕「何にも条件言わなくてもおすすめしてくれるんですか?」


ス「はい、AIが『お客様が店内に入ってからここに座るまでの動き』を分析して判断してくれるんですよ。業界でこれを取り入れてるのはまだウチだけなんです」


僕「へーすごいですねーAIって、じゃあ、お願いします」


確かに、条件とか何を言えばいいかよくわからなかったのでちょうどよかった。


担当スタッフさんが僕の顔をカメラで写してからアプリを開いて操作している。


なんか緊張する。どんな物件なんだろう。


ところが、なかなか操作が終わらない。というか、なんか担当スタッフさんが焦り出している。


ス「あれ? おかしいな? あれ? 0件なはずないんだけどなー? サイバー攻撃かなー」


まーそうだよな。AIって至極まっとうだ。この今の僕におすすめできる物件なんて何もないはずだ。


わかってはいたけど、なんかブルー。


なんとかうまく取り繕おうとする担当スタッフさんに、“大丈夫ですから”と笑って応える。


そしてこれを機に恐る恐る切り出してみた。


「実は僕……全然お金なくて……」


ス「あ、全然大丈夫ですよ。そういうかたでも」


“信頼と実績”の企業CMみたいなスマイルだ。


僕「あと仕事もしてなくて……」


ス「ご安心ください。そういうかたもたくさんご来店されますから」


アスリートの清涼飲料水のCMみたいなスマイルだ。


僕「ケイタイも持ってないし……」


ス「全っ然大丈夫です」


テレビ通販の司会の人がお値段を言う時のスマイルだ。


僕「カノジョにフラれて、それでアパートを追い出されて……だからとりあえず住むところ見つけたくて……」


ス「オールOKです。だいたいがフラれて追い出された人ばっかですよ、来られるのは」


それはさすがに嘘だろ。でも、法律相談番組の人情派弁護士さんみたいな笑顔だ。


だからついつい甘えが出てしまい、僕は言ってしまった。アレを。


僕「それが実は、僕、キスがうまいだけの男ってことになってるみたいで……何にもできない男みたいなんですよ、それがフラれた原因なんですけど……。でもどこかいい物件ありますよね?」


──そこで担当スタッフさんの顔つきが変わった。


まるで“娘さんを僕にください”と言われた時の父親みたいな顔色の変え方に見えた。


おそらくは


何処の馬の骨とも


わからない


僕……


ということになってしまうのだろう……。


ス「どうしてそれを最初に言ってくださらないんですか」


僕「……すいません。なんでかなー?サイバー攻撃かなー」


全然笑わない。


担当スタッフさんは立ち上がると書棚からファイルを取り出してきてテーブルの上にドサッと広げた。


ス「キスがうまいだけのかたってほんとに物件見つからないんですから。大家さんが嫌がるんですよねー。たぶん他の店でも同じです。ご提示できるのはこういう物件しかないんですよ」


指でさしたそのページには“告知事項有り”の記載。


僕「事故物件ってことですか……」


ス「そうなります」


僕「てことはアレってことですよね」


ス「アレってことです」


完全に怪談話する時の顔になってる。なんかこの部屋暗くなってない?気のせい?


冷静に考えてみて、それでも、住めるならそこにするしかない。今の僕に選んでる余裕なんてないのだ。


僕「そこでお願いします」


ス「では確認してみますので、少々お待ちください」


担当スタッフさんは奥のデスクのところで電話をかけ始める。


その様子を、気が気じゃなく遠目で見ながら手を揉んでいたら、首元にヒヤッとするものが触れた。


ヒエーー。


このタイミングでそれってビビるでしょ。僕はイスから飛び上がってしまった。


すぐ後ろで、女性スタッフさんが「おしぼりいかがですか」と立っていた。なぜにそれを首に当てる?わざとでしょ絶対。


おしぼりを受け取り、さらに待っていると戻ってきた。顔つきからはあまりよろしくなかったみたいだ。


僕「ダメでしたかー……」


ス「いやー大家さんは空部屋が埋まってくれるならってOKしてくれたんですが……」


僕「え?じゃあOKじゃないんですか?」


ス「でも幽霊のほうが“ダメだ”って言ってまして……」


僕「……」


ス「女の幽霊の方なんですけど、キスがうまいだけの男だけは嫌みたいなんですよ……」


?? ん?? なにこれ?? サイバー攻撃かなー。


僕はため息をつこうとした。


『そのため息、フキハラですよ』の社内ポスターが目について、


だから僕は、ため息を吸った。








                   つづく

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