大任


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【前回までのあらすじ】を作文風に


 ある日、僕は一緒に住んでいたカノジョにフラれてしまいました。アパートを追い出された挙句に、“キスがうまいだけでなにもできない男”というレッテルまで貼られてしまったのです。とっても悲しいことです。


 それからいろんなことがあって、どうやら社会に出ても、キスがうまいだけでは何もうまくいかないということがわかってきたのです。


 そこで僕は一念発起して“株式会社キスがうまいだけの男”を立ち上げたのでした。絶対に負けられないキスがそこにはあります。


 ところがまったくオファーのない日々……。そして、店屋物の食事にも飽きてきた頃、ついにその電話が鳴ったのです……。


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高らかに電話が鳴った。希望の匂いがするかしないかで言ったら、する。


僕は飛びついて受話器を取る。


「はい、お電話ありがとうございます。株式会社キスがうまいだけの男です」


やや、つかえながら僕が言い切ると、落ち着いた責任感のある男性の声が返ってきた。


「困り事を解決してくれると聞いたものですからお電話を差し上げたのですが、よろしかったでしょうか?」


よし、ついに待ちに待った依頼の電話だ。


僕「ええ、もちろんです。お世話になってます。まだ実績はありませんが、わたくしのこの特性を生かしてどんな問題でも立ち所に解決してお見せしますよ」


「そうですか……、それは心強いです。……実は私は瀬戸内海のある漁港で漁業組合長をしているものなのですが……」


僕「なるほどです。お世話になってます」


社会経験ゼロな僕みたいなやつは“お世話になってます”を乱発する傾向がある。


でも、漁業組合長というのはちょっと意外な依頼者ではあった。立場的にも、冷やかしとかではなさそうだ。キスがうまいだけの僕にいったいどういう依頼があるというのだろうか。


その後、電話越しに組合長が語ってくれた依頼内容は僕の予想を超えたものだった。予想してないのに……。


組「実はこれまで我々瀬戸内の漁師は日々粉骨砕身して。多種多様な内海の幸を水揚げして全国の食卓にお届けすることで暮らしてきたのですが、このところの地球温暖化による海水温の上昇で、海の中に異変が起こってしまい、ある一種類の魚以外まったく獲れなくなってしまったのです……」


僕「一種類、ですか……」


それは食の安全を揺るがす大変なことだ。


組「そうなんです……。その一種類というのが、実は……『キス』でして……」


僕「お世話になってます」


組「……」


僕「キスは美味しいお魚ですよね。内憂外患です」


意味をよくわかってないことばを不適切にどんどんぶっ込んでいくことができるのが、社会を知らない奴の強みなのだ。


組「はい、キスも大変美味しい魚ではあるのですが、いかんせんそれ一種類だけでは加工も含めて地域産業として成り立たないというのが正直なところでございまして……。学識者などにもご相談して八方手を尽くしたのでございますが、万作尽き、藁をもすがる思いで、事ここに至ると言ったところでございます」


まさか魚経由でキスが来るとは……。内容としてはとても切実な訴えだ。でもわかって欲しい、僕はほんとうにキスがうまいだけの男なのだ。他に何もないクズなのだ。それに、魚の知識なんて、せいぜい“左ガレイの右ヒラメ”どまりだ。何ができようぞ。


僕「一通りお話しを伺ってみてですね、ところどころスキームできそうな感じもしますね、まだ未知数ですが」


できるビジネスマンさんがスキームと言ってたのを思い出して使った。使い方は知らん。


組「そう言っていただけるとこちらとしても助かります」


めちゃくちゃな言い回しをすることにより、やんわり断ったつもりだったけど、好意的に受け取られてしまったようだ。絶対に負けられないキスがやはりそこにはあるのかもしれない。


僕「とりあえず、一度そちらへお伺いさせていただきます。詳しい話はそれからということでいかがでしょうか」


まだ慣れていないので瀬戸内海が遠いのを忘れて僕は簡単にそう言ってしまった。


組「ほんとうですか!ありがとうございます。助かります。お日にちなど決まりましたらお知らせください。漁港をあげて歓迎いたしますので」


電話が切る前に、一応カレンダーをめくってスケジュールを確認するをとってみた。予定ゼロ件というのも、ちとかっこ悪い。


僕「では追って沙汰する」


難しく言おうとしすぎて、間違って時代劇で見たセリフで締めて電話を切ってしまった。キスホで確認したら、完全に上からの言葉だ。ただのヤバいやつになってしまった。キャンセルにならないだろうか。


電話を切ってからも何か落ち着かない。


なんとなく魚が食べたくなり、散歩と調査がてら近くのスーパーへ買い物に出た。店に着くと、ちょうど惣菜が半額になる時間帯でとても混雑している。


さっそく鮮魚コーナーで「キスはありますか」と尋ねてみた。


「キスしかないですよ」


ほぅ。


やはり危機は迫っていた。


僕は急いで帰って出発の準備を始めた。









出発の日になって気づいたのだが、僕にははるばる瀬戸内海まで遠征する費用の持ち合わせがまるでない、ということだ。


以前会社を立ち上げる際に銀行に融資のお願いに行った時、ビジネスモデルを聞かれたので、「キスがうまいだけだ」と言ったら、銀行が3時前に閉まってしまった。


どうやって行こう……、先方にちょっと用立ててもらう、というわけにもいかない。


仕方なく苦肉の策でヒッチハイクで行くことにした。


ネットで色々調べて、ヒッチハイク待ちに適したインターチェンジ付近の場所へ。現地に何を持って行ったらいいかいろいろ悩みすぎて、結局、手ぶらになってしまった。


手製のプラカードに『瀬戸内海』と書いて掲げた。


周りにはちらほらヒッチハイク慣れした若者たちも見える。


わりとスムーズに他の人たちは車をゲットしていく。僕は完全スルーなのに……。


やっぱりなんかコツがあるんだろうか。それとも、僕から乗せたくない感じの何かのオーラが出てるのだろうか。


次から次へとビュンビュン気持ちいいくらいに通り過ぎていく。ゴールフラッグを持った方がいいかもしれないくらいだ。


ところがそんな僕に変化が訪れた。


それは、あたりが暗くなってきたときだった。


諦めかけていた僕を追い越したその先で、真っ赤なブレーキランプが点滅した。


すんごいデコトラが止まってくれている。


気合い入った怖いひとだったらどうしようかな……。


ぐずぐずしていると、


助手席のドアが開いた。「さあ、乗れ」と手で合図してくれている。


せっかく止まってくれたんだから、ちょっと話してみるか。


僕はちょこちょこ走って行って高い位置にあるキャビンを見上げた。


そしたら運転していたのは真っ赤に髪を染めた女の人だった。僕よりは少し年上だろうか。特攻服みたいなのを着ている。気合いはかなり入っていそうな感じの人だ。


どことなくガムの噛みかたがフォレストガンプの送迎バスの運転してた女の人に似ている気もする。


「あんたさー、字ちっさいわ、もっと大きく書かんとあかんで。ウチやから、止まったようなもんやで」


「す、すいません」


関西弁のかただ。僕的には、はみ出すくらいに大きく書いたつもりなんだけど……。


「ほなな、頑張り」


手を振ってから扉を閉めてブロロンって、えー、それ言いたいだけー!?


でも、トラックはすぐに止まってまたドアが開いた。


顔を出すトラガール。


ト「なんでやねーん、思った?おもったやろ?乗せてくれるんちゃうんかーいって思ったんちゃうん?」


ドッキリ成功みたいに笑っている。このスケールの乗り物での関西のノリに慣れてない僕としては真顔一択だ。


表現的にわかりにくかったが、どうやら乗せてくれるみたいだ。


いざ乗ってみて驚いたのだが、キャビンの中はテスラ車みたいな最新式のハイテクな作りになっていた。


お約束というべきか、ハンドルとギアレバーだけはぶとぶとハンドルカバーとクリスタルシフトノブみたいだ。やはりそこは譲れないみたいだ。


トラックが走り出す。


ト「で、どこ行くん?」


僕「え!?瀬戸内海ですけど、大丈夫ですか?」


ト「瀬戸内海やろ?ええよ。ごっつ遠いけどな」


僕「……」


ほんとうに大丈夫だろうか……。というかこのトラックはほんとうにこの人のトラックなんだろうか。何かをどこかに運んでいる途中の人のノリには見えない。勝手に誰かのに乗ってないだろうか……。


不安は尽きないが、これがヒッチハイクというものなのだろう……。


僕「あのー、窓少し開けてもいいですか?」


ト「下ネタはちょっと、あかんでしょー」


めちゃくちゃ1人で笑っている。多分社会の窓ってことなんだとは思う。


このノリにずっとついていけるだろうか。窓は少し開けた。


過ぎゆく東京の街並み。たくさんのテールランプ。


とにかくここから長い長い瀬戸内海への珍道中が始まったのだった……。








                    つづく


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