第19話「だが! そんなロックはもう居ない!」

翌朝5時、ロックとグレゴリーはアガット町を出発した。

同時刻に王都サフィールを出発し、たっぷりと休憩を取りつつ、

午後7時前にアガットへ到着した経験に基づいたのである。


前夜、ジェラルド支店長以下社員と家族達、そしてホテルへも事前に伝えていた。

当日の見送りは不要ですと。


ルナール商会アガット支店強盗襲撃事件で有名になってしまったが、

これは痛し痒し。


リディとのやりとりで、「輸送は出来るだけ目立たぬよう隠密裏に」

と指示されていたからだ。


しかし、今回は非常事態。


強盗に襲撃された支店長以下社員達をスルーしたり、見捨てる事など出来ない。


支社社員達の命には代えられない、という事なのだ。


ルナール商会からはリディ以外、マティアス部長からも、

「輸送が目立たないように隠密裏に行動を」と念押しで指示をされた。


「その為には、何が起ころうとも、何もせず全てを無視しても構わない」

と万が一言われていたとしても……


ロックとグレゴリーはためらわず、

強盗に襲われた社員達を助ける事を優先したに違いないのだ。


まず課された仕事はきちんとやっている。

これがまずありき。


人としての筋を通し、行動した結果、

ジェラルド支店長達から、社員達の家族から、アガットの町民達からも感謝された。


そして暴漢に絡まれていた王都在住女子のアルレット・クラヴリーをも助け、

彼女からも感謝され、グレゴリーは個人的に彼女と仲良くなれるかもしれない。


そんなこんなで、実り多き初仕事、往路の輸送となった。


それらの行動に、後悔などは全く無い。


さてさて!

未知だった往路に比べ、当たり前だが復路は一度通った道。


勝手知ったるとまでは行かないが、

記憶力抜群のロックは街道のおおよそを把握していた。


王都を出た時に比べ、ロックもグレゴリーも緊張、不安は極めて少ない。


本日も天気は晴天、雲ひとつ無い。

結局、今回の往復輸送はずっと晴天続きである。


ふたりは顔を見合わせ「ふたりとも晴れ男だ!」と笑う。


念の為、まっすぐ進め、速度徐々にアップ、速度急ぎアップ、全速力で進め、

速度徐々にダウン、即座に止まれ、一時停止、バック、左右へ移動、静かに待機、

等々の合図も改めて確認。


魔法杖は、風属性、水属性、回復魔法と3本とも魔力満タン。

ロックは全てを魔法杖専用の魔導ホルスターへ入れ、腰からげる。

一度使ったら、その都度満タンにし、極力魔力切れ――弾切れの無いよう心掛ける。


空間魔法で魔導しょいこを搬出。

次にグレゴリーの背へ装着。

ロックがグレゴリーの背へおぶさり、

自身の身体をしっかりとハーネスで固定。


これで、いよいよ出発準備は完了。

当然ながら、ホテルの部屋でストレッチを充分に行い、身体をほぐしてあった。


ロックはグレゴリーの背から声をかける。


「さあ、行きましょうか、グレゴリーさん」


「はい!」


「帰りは来た道を戻るだけですが、勝って兜の緒を締めよ、ということわざもあります。俺も索敵でフォローしますが油断は禁物です。この街道を真っすぐ、王都サフィールを目指し、充分に注意しながら道なりで進んでくださいね」


「了解ですっ!」


「速度はグレゴリーさんの巡航速度時速30㎞でお願いしますが、余裕があればもっと速くしても構いません」


「ロックさん、重ね重ね了解です! 俺、このルートのペースを完全につかみましたから、復路はスピードとペースを上げ、1時間は短縮しましょう! 索敵、そして賊、魔物の駆逐は宜しくお願いします」


「OK! こちらも、もろもろ了解です! 但し、オーバーペースにならないよう、こちらも充分に注意してください」


「分かりました! 気を付けますっ!」


気合い充分なグレゴリー。


アルレットという気になる存在が出来たから、

仕事にも生きがいを感じているようだ。


そしてアガットでロックが購入した中級レベルの回復魔法杖も良い感じ。


ふたりで試してみたら、体力はすぐに回復し、気分も爽快となった。

その結果もあり、100回も使える事にグレゴリーは強気なのだろう。


力強く頷いたグレゴリーは、たっ、たっ、たっ、と、最初はゆっくり走りつつ、

巡航速度の時速30㎞……そして更にスピードアップ、40㎞へ速度を上げて行く。


時速40㎞で、快調にグレゴリーは街道を走って行ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


王都を出発した往路において風弾の魔法射撃で蹴散らし、駆逐したが……

街道にはこりないというのか、再び賊――強盗どもが現れた。


ロックは往路同様に風弾の魔法杖で威嚇射撃し、駆逐する。


賊どもは、恐れおののき、一目散に逃げて行った。


戦いが終わり、「ふう」と息を吐くロック。


この分だと、さらなる賊どもは勿論、魔物どもも現れるに違いない。


……確か、今日、アルレットさんも王都への帰路につくと、言っていたな。


ロックがそう考えていると……

グレゴリーは、ロックを背負ったまま、おずおずと話しかけて来る。


「あのう、ロックさん」


「はい、何でしょうか? グレゴリーさん」


「このような賊、そして魔物が出ると、旅人などが難儀するに違いありません。下手をすれば怪我、運が悪ければ命も落とす……俺、気にしいなんで凄く心配なんです、アルレットさんの安否が……」


「心配ですか? ええ、俺も同じ思いですよ」


「で、ですよね!」


「ただそうは言っても、優先順位はあります。俺達と依頼を受けている荷物に危険が及ぶ討伐は行いません。本末転倒となりますから」


「は、はい。その通りです。状況を考えず、無理をして賊や魔物と戦い、俺達がヤバくなったり、支店から預かったルナール商会本店宛ての荷物を失っては、折角の信頼を完全に失いますよね」


「ええ、その通りです。この仕事を任せてくれたリディさんにも迷惑がかかります。

それにアルレットさんの乗る王都行きの旅行馬車便には必ず護衛がつくはず。ですから俺達は出来る限りのレベルで、賊や魔物を掃討しておきましょう」


「お気遣いありがとうございます。その分、俺がペースアップしますから」


「……分かりました。でも無理にペースアップしなくても良いですよ。往路はたった1日で走破しましたし、アガットの町に滞在したのは出発した日を含め、たった3日。そしてこの4日目に出発ですから」


「はい、その通りです」


「ちなみに、リディさんから貰った猶予は通常商隊の運行日数15日です。まだ4日弱しか消化していません。このまま本日中に王都へ到着すれば、11日短縮完遂のインセンティブも確実に受け取れるでしょう」


「ですよね」


「はい、じゃあ、こうしましょう。折衷案とし、時速35㎞で行きましょうか。また休憩を若干減らし、その分、回復魔法杖でケアしましょう」


「おお、良いですね! 分かりましたっ!」


グレゴリーは満面の笑みで頷き、ロックを背に、ダッシュ良く、軽快に駆け始める。


かつてクランラパスでは最後方を、無能、半端と邪魔者扱いされながら、

使えない荷物持ちとして、陰口を叩かれ、とぼとぼ歩いていたロック。

そしてしまいには、メンバーの意見一致で、ぽいっ!と、

呆気なくリリースされてしまった。


だが! そんなロックはもう居ない!


長らく逆境に耐えた末に、元々持てる眠った才能を開花させ、

更に著しくビルドアップ、遂には進化もさせる隠しユニークスキル、

『逆境からの逆襲』が遂に発動。


結果、索敵探知能力は他に類を見ないものとなり、

更に魔法射撃スキルは達人の域へ達した。


そしてグレゴリー・バルトとの運命的な邂逅で大きく運が向き……

自身の才能開花を後押しするだけではなく、他者の力を借り受け、

欠点を補うどころか、強みにする事が出来る隠しユニークスキル、

『邂逅による開運』も追っかけ発動。


名も無き勇者は指摘しなかったが、

ロックに眠っていた才能の中には、底知れぬ深謀遠慮、瞬時の状況判断、

緻密かつ大胆な作戦立案力、

そして冷静沈着かついさぎよき決断力もあったに違いない。


今や、それらの才能が続々と開花。

ビルドアップし、更に進化しつつある。


そして、ロックは素晴らしいモチベーターでもあった。


何かにつけて自分を卑下、自信が全く無さげに、

己の人生に対し絶望していたグレゴリーが、今や威風堂々!


課せられた仕事に生きがいを感じ、断固たる意志を持ち、

力強く突き進んでいる。


しかし!


ロックの『本格化』はまだまだ始まったばかり。


これからどのような才能が目覚めるのか、

どのような異能者と出会い、化学反応を巻き起こすのか、


王都への街道を疾走するグレゴリーの背に、大きな希望に満ち満ちて、

冒険者ロック・プロストはったのである。

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