第14話「ははは、そう褒められると、のぼせ上って良い気になります。何とかもおだてりゃ、木にのぼる、ですよ」

ジェラルドの言葉に甘え、ルナール商会アガット支店を出て、

ロックとグレゴリーは、アガットの街中へ繰り出した。


王都から300㎞離れたアガットは、門番の告げた通り、歴史と食が名物。

クラシックな雰囲気を醸し出した趣きのある町である。

訪れると郷愁を誘う、レトロな雰囲気がたまらない。

セピア色が似合う町とも言われる。


住民は動物、特に犬猫が好きで、ペットとして飼っている者も多い。


グレゴリーが「へえ」という表情で話しかけて来る。


「ロックさん」


「はい」


「前々から感じて、思ってもいましたが、ロックさんって、見ず知らずというのも変ですが、初対面の犬、猫に好かれますよね?」


「ええ、犬、猫に限らず子供の頃から動物全般には好かれますよ」


「成る程、そうですか。王都でもこのアガットでも、散歩中の他人の犬にひどく懐かれたり、民家の屋根で昼寝をしているどこかの飼い猫がわざわざ降りて来てまとわりついたり」


「……ですね。唯一例外だった馬とも、先日のギルドの乗馬講座、御者講座で何とか、コミュニケーションが取れました」


「あはは、良かったですね」


「ええ、両親が健在な頃、実家では犬も猫も飼っていて、俺が世話もしていました。ですが、今はペット不可のアパート暮らしなんで飼うのは無理ですね」


「成る程」


という会話を交わす、ロックとグレゴリー。


実際、グレゴリーの言う通りで、

ロックは街中で出会う犬や猫にとても人気があったのだ。

ただ動物よりも、女子に人気が出て欲しいと切に願うロックである。


さてさて!

ふたりがアガットを訪れた際、門番が言った売りのひとつ、

『歴史』というのは、約800年前、この趣きのある町アガットから、

魔王を倒した偉大な勇者が誕生したという言い伝えに起因する。


この勇者、本名は何故か『不明』となっている。

敢えて本名を名乗らず『獅子』と称えられるふたつ名で通したり、

『大食い』『怠け者』というあだ名でおどけてみたり、

つかみどころがない、ひょうひょうとした人物であった、と伝えられる。


そして、名も無き勇者生誕の場所や出自も一切不明なのだが……

晩年、「人生やるべき事はやり尽くした。引退後は故郷で死にたい」と言い、

このアガットへ移り住み、ストイックに穏やかに暮らしつつ、亡くなったという。


これがアガットが、名も無き勇者の故郷と信じられる由縁。


また召喚魔法の一種に『英霊召喚』という技法があり、

この伝説の勇者を何とか呼び出し、尽力を望んだ者は数多居たが、

これまでに成功したという話は一切聞かない。


後年、町おこしの一端として、『勇者の故郷』というキャッチフレーズで、

行政の予算が組まれ、勇者が晩年を暮らし、

『亡くなった家』という家屋がその跡地に復元され、

今や観光客の人気スポットとなっているのだ。


そう!

プラティヌ王国民は、実直だったと伝えられるこの勇者に憧れを持っていた。


ロックとグレゴリーも例外ではなく、今回の仕事が決まってから、

もし時間に余裕があればぜひ『勇者が亡くなった家』を訪問したいと、

切に望んでいたのだ。

特にグレゴリーは幼い頃から名も無き勇者の熱狂的なファンであった。


というわけで、ロックとグレゴリーはまず、

『勇者が亡くなった家』へ向かった。


この家は、言い伝えと古文書を元に復元したとはいえ……

観光客向けに相当ブラッシュアップされた、しゃれおつな建物であった。


勇者が隠れ住んだいにしえの渋い家を期待していたふたりは、

少々がっくりし、脱力したが、元々、信心深い事もあり、

丁寧に祈りを捧げ、今は亡き勇者の冥福を祈ったのである。


祈っていたロックがハッとし、言う。


「え!? グレゴリーさん」


「はい、何でしょう、ロックさん」


「今、何か、言いましたか? それも声色こわいろを使って」


「いえ、俺は何も言っていませんが」


「そ、そうですか? お、おかしいなあ?」


「ははは、ロックさん得意の索敵の波動から生じる誰かの心の声じゃあないんですか?」


「いや、そういうのとは違うと思います。リアルな肉声ぽかったんですよ……今は聞こえませんし、まあ良いか」


「ははは、気のせいでしょう。仕事の第一段階がとても上手く行ったから、気が抜けたのでは? 相当疲れているんですよ、ロックさんは」


「ですかね」


「ええ、いいかげん腹も減って来ましたから、売店でおみやげに勇者グッズを買ったら、アガット名物、屋台市場へ行き、晩メシにしましょう」


「良いですね、屋台市場。それと買うおみやげは、守護の魔法がかかったお守りとか、冒険者ギルドの所属登録証を入れるカードケースとか」


「ああ、絶対に欲しいですね。勇者の御利益ごりやくがありそうです」


そんな会話を交わし、ふたりは併設された売店へ行き、

勇者の紋章が記されたグッズをいくつか買い、『勇者が亡くなった家』を後にした。


そしてもうひとつの名物『食』を象徴する、アガットの屋台市場へ赴き、

夜のとばりがおりる中、気楽な立ち食いをしたり……

立ち食いに飽きると、市場共用のフードコート、テーブル席において、

キンキンに冷えたエールを飲みながら、

異国の香りもする伝統的なアガット料理を存分に楽しんだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


アガットの名物『歴史』と『食』を思い切り楽しんだロックとグレゴリー。


やはりというか、宿泊先のホテルへ、

支店長ジェラルドからの作業終了連絡は無かった。


ここはジタバタせず待つしかない。


こういう時間もロックは有効に使いたい。


部屋でお茶を飲み、くつろぎながら、グレゴリーへ話しかける。


「この仕事でルナール商会の信用を得て、更に継続の発注、もしくは他の仕事が貰えるようになりたいですね」


「ええ、そうですね、ロックさん」


「プレッシャーをかけるようで申し訳ありませんが、仕事が上手く行くかどうかは、グレゴリーさんの体調ありきですから、充分身体はいたわってくださいね」


「了解です。お気遣い頂きありがとうございます。ロックさんもですよ」


「ええ、充分に気をつけます。そして、まだ、ればたらですが、今後、発注が増え、手が足りなくなったらメンバーの増員も考えましょう」


「ですね! 我々と仕事がしやすい相性の良い人が居れば最高ですね」


「その通りです。まず相性優先、それから持てる能力ですか。もしも素晴らしい能力があっても俺達と全く合わない人だと、後でいろいろと支障が出ますし、クライアントにも迷惑をかけます」


「はい、激しく同意です。ロックさん、俺、思うんです」


「何をでしょう?」


「俺みたいな、うっとうしいガチムチ野郎が言って、気持ち悪いなどと思わないでください」


「いえいえ、絶対にそんな事は思いませんよ」


「ははは、じゃあ言います。俺、ロックさんと巡り合えて良かった! 本当に良かった!」


「グレゴリーさん……」


「さっきルナール商会の社員達から、ありがとうございます。貴方達は命の恩人だ、一生忘れないと、深くお辞儀をされ、熱くお礼を言われたんです」


「ですね。俺も言われました。凄く嬉しかったですし、社員さん達がご無事で良かったと心の底から思いました」


「ですよね? 全てロックさんのお陰です! あんな格好になってとても恥ずかしかったし、王都へ戻ったら、新しい革鎧をまた買わなければなりませんが」


「いえいえ、全て結果良しです。囮となったグレゴリーさんが、勇気を振るい、最初に突入したから万事、上手く行ったんですよ」


「ははは、そう褒められると、のぼせ上って良い気になります。何とかもおだてりゃ、木にのぼる、ですよ」


「ははははは、何ですか、それ?」


「いえ、俺、これまでは、役立たず、能無し、屑、ろくでなし、無駄飯食いと散々叩かれ、実家を追い出され、冒険者になっても変わらず同じで……生きる希望を無くしていたんです。それがそれが! こんな事になって! 俺、生きていて本当に本当に良かったと思ったんです!」


「グレゴリーさん……俺も激しく同意ですよ」


「はい! 同じようにリリースされたロックさんなら、俺の気持ちを良く分かってくれますよね?」


「です!」


「そして今、ロックさんから今後メンバーを増員するかもしれないと話を聞き、びびっと来ました。ロックさんや俺みたいに、こういう出会いとチャンスさえあれば、人生が劇的に変わる人がきっと居るって!」


「成る程! そうかもしれませんね!」


「ええ、そんな人達と仲間になり、一緒に生きる喜びを分かち合いたい、そう思います!」


「俺、その意見に大賛成です!」


という事で……ふたりの絆は更に更に深まり、気持ち良く就寝する事が出来た。


そして……ぐうぐう寝る、ロックへ、


『お~い、ロック・プロスト君だったかなあ~? スヤスヤ寝ているところを申し訳ないが、ちょっち、起きてくれないかなあ。 大事な話があるんだよ~』


のんびりと、呼びかける声が心の中に響いたのである。

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