第12話「はい、現にここに居ます。ご報告はまずそんなところですかね」

うんうんと頷いたグレゴリーは、


「わ、分かりました。じゃ、じゃあ、行きますね。その後の対処、お願いします」


と言い残し、たたたた!っと、支店の扉前に走り、


どんどんどん!と、強くノックをした。


張り巡らしたロックの索敵によれば、グレゴリーのノックに反応し、

見せしめに社員を害そうとしていた賊の手は止まったようだ。


とりあえず、社員の命が奪われんとする危機が去り、ロックはホッと安堵する。


そして扉の内からは、


「ああ!? だ、誰だ!? こ、こんな時間に!? もう今日の営業は終わりだぞ!」


と、驚きながらも野太い声が響いた。


「ふう」とため息を吐いたグレゴリーは、ゆっくりと話す。


「ルナール商会本店からの緊急便です。取引用の現金を積み、3名で来ました」


「現金を運んで来た」と言えば賊は必ず反応するというロックの読みが、

まずは作戦の『きも』である。


「な、何い!? と、取引用の現金だと? た、たくさんあるのかよ?」


案の定、餌に食いつく賊。


大当たり!

ビンゴである。


対して、グレゴリーは淡々と話を続ける。


「はい、本店からのご指示で、ある商品を購入する為に必要な現金を運べと命じられまして、先ほど王都より馬車で到着致しました」


これは少しフェイクを入れた話。

間違いなく王都から来たが、馬車は使っていない。

まあ、「走って、たった1日で来ました」と言っても、賊は信じないだろうが。


「お、おう、そりゃあ、ご苦労なこった」


「はい、馬車は少し離れたところに駐車し、残った本店の社員ふたりがお金の番をしております。この時間で申し訳ありませんが、引き取って頂かないと困ります」


これは真っ赤な大嘘。


そして!

一言一句、スムーズに、まさに立て板に水、のグレゴリー。


ロックほどではないが、グレゴリーも記憶力は抜群に良かった。

この記憶の良さはふたりでやりとりし、訓練中に発覚したもの。


ここでもロックから指示されたセリフを間違わず、その通りに言い放ったのだ。


対して、賊は問う。


「はあ? 困るだと?」


「はい、輸送して来た現金を支店様に引き取って頂かなければ、すぐに本店の指示でアガットの衛兵隊へ報告し、即、馬車の警備にあたって貰うしかありません。まあ、その前に引き取るよう、この支店へ衛兵が勧告しに来ると思いますが」


「え、衛兵!? お、おい! ちょ、ちょっと待て! す、すぐに、この支店へか!? お、お前……少しこの場で待て!」


「はい、待てと言うのなら、待ちます」


……しばし、経ってから、仲間から何か言われたのか、

閉ざされた扉の、のぞき窓が開き、賊は目だけを見せ、立つグレゴリーを一瞥する。


その姿を見て、「あ!?」と驚く賊。


そして声を張り上げる。


「はあ? お前、ガチムチの革鎧姿じゃねえか! メイスも持っているし、どこからどう見ても商人じゃなく冒険者だ!」


対してグレゴリーは全く動じず、しれっと。


「はい、確かに代理の冒険者ですが、委託したからには、本店の社員としてふるまえと、本店営業部営業部長のマティアス・バシュロ様より命じられております」


先ほど、ロックとふたりで話し、予想した会話の流れとは多少違っているが、

グレゴリーは、臨機応変にアドリブもきくのだ。


そして、ここでカギとなるのが、マティアスの身分と名前だ。


「はあ? 本店営業部営業部長のマティアス・バシュロだと?」


この話し方、この時点で『部外者』だとすぐに分かる賊。

随時、本店と取引をしている支店の社員が、

本店の営業部長の名を知らないはずがないからだ。


「ちょ、ちょっと、待て!」


「また待てですか? もう聞き飽きましたよ、早くしてください」


「うるせえ! 待てと言ったら待て!」


そんなやりとりがあり、再びしばしの後……


本店の営業部長がマティアス・バシュロだと確認が出来たらしく、


賊の野太い声が響く。


「今、確認が取れた! 冒険者のお前ら3人がルナール商会本店から派遣された事は間違いない事が分かった! とりあえずお前だけ中へ入れ?」


やはりマティアス部長の名が、グレゴリーが派遣されたという証拠となったらしい。


しかし、ここでグレゴリーは賊をらす。


「え? 中へ、ですか? でも馬車に他のふたりを待たせていまして」


「黙れ! 今、開ける!」


良し! 賊が遂に罠へかかった!

餌に喰い付いたんだ!


遂にカギが外され、「かちゃ」と扉が開いた瞬間!


「うおおおおおお!!!」


メイスを構えたグレゴリーは凄まじい雄たけびを上げ、扉を思い切り蹴り、

閉められないようにすると、

そのまま支店内へだだだっ!と、一気に駆け、なだれ込んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


少し離れた場所から、精神を張り詰めさせ、その様子を凝視していたロックも、

扉が開き始めた瞬間、使い慣れた風属性の魔法杖を持ち、

脱兎の如く、駆けていた。


ロックはその類まれなる索敵で、人質となった社員は勿論、

悪しき賊どもの位置も寸分間違わず、しっかりと確認していたから、

突入後のシミュレーションも完璧に出来ている。


しかし、しかし!


救出作戦が上手く行くと思われたロックにも想定外の事が起こってしまった。


びりびりびりびり! ぶちぶちぶちっ! びりびりびりびり! ぶちぶちぶちっ!

びりびりびりびり! ぶちぶちぶちっ! びりびりびりびり! ぶちぶちぶちっ!


そう!

元々ガチムチのグレゴリーであったが、

囮となる単身突撃に大いに興奮。


興奮し過ぎて、筋肉量が一時的にムキムキムキムキと! とんでもなく大増加!?


更に超がいくつも付く、ガチムチガチムチの大魔人となり、

大増加した筋肉パワーが、まとっていた革鎧を何と何と何と! 

弾き飛ばすように、見事、四散させてしまったのだ。


まるで、どこかの世紀末救世主のように。


魔物の攻撃にも耐える頑丈な革鎧が四散どころか、

下に来ていた肌着さえも単なる布の破片と化し、

メイスをぶんぶん振り回す筋骨隆々のムキムキグレゴリーは最早『全裸』に近い姿。


「ひえええ!!??」「何じゃあ、こいつは!!??」

「へ、変態か!」「ア、アタオカ野郎だっ!!」「無敵の奴かあ!?」


あまりの雄々しさ!? かつ神々しさ!?


そんなグレゴリーの姿を目の当たりにして、

5名の賊どもは情けない悲鳴と驚愕の声を上げ、ショックで茫然自失、

何と! 何と! 何と! 持っていた武器を「ぽろり」と落としてしまった。


一方、ロックもグレゴリーの『全裸』に結構な衝撃を受けたが、

ハッとして、すぐに自分を取り戻し、賊どもへ風弾を連続発射!


ずどしゅ!ずどしゅ!ずどしゅ!ずどしゅ!ずどしゅ!


先述したが、ロックが放つ風弾は中レベル、

ゴブリンが軽く吹っ飛ぶくらいの威力である。


また致命傷を与えぬよう、急所は外した超正確な魔法射撃。


社員達を人質に取り、支店を占拠していた賊達は、全員が気絶して、

あっという間に戦闘不能となった。


こうして、アガット支店の社員達の救出は、何とか成功したのである。


一方、最初に突撃したグレゴリーの大興奮はまだまだ収まらない。

相変わらず大声で吠え、持つメイスをぶんぶん振り回していた。

いわゆるバーサーカー状態。


そのまま放置したら、下手をすると二次災害?が出てしまう。


ロックは仕方なく、背のディバッグを外し、中から水筒を取り出し、

入っていた冷たい水を思い切り、グレゴリーへぶっかけた。


「う、うわ!? つ、冷たいっ!!」


荒療治で我に返ったグレゴリーは、ハッとして、

自分が全裸状態に近いと知ると、恥ずかしさで赤面してしまう。


「うわううう!!?? よ、鎧が破れてぐちゃぐちゃだ!? お、俺、な、何故!? こ、こんな格好!?」


「気が付きましたか? お疲れ様です。バーサーカー状態になっていたようですが、グレゴリーさんの奮闘で救出作戦は大成功しました」


「え!?」


「安心してください。グレゴリーさんはしっかり働き、役目を果たしましたよ」


ロックはそう言いながら、社員達の緊縛を解いて行く。


固い結び目で解くのは苦労したが、何とかロープを解き終わり……


そして使われたロープで、今度は、気絶した賊達を逆に縛り上げて行く。


賊達を縛り上げながら、


「あの、本店のマティアス・バシュロ部長から、連絡が来ていると思いますが、俺達がクランステイゴールドです」


対して、自由となった社員達に「大丈夫か? けがはないか?」と、

聞き取りをしていた、30代後半らしい支店長らしき男性社員が、


「そ、そうだったのか! 君達ふたりがクランステイゴールドなのか。確かに連絡は本店のマティアス部長から魔法鳩便の速達で来ていたし、既に読んでいるよ。だがまずは、我々を助けて貰ったお礼を言いたい!」


「ですか。とりあえず、支店の部屋をひとつ貸して貰えますか? この状態では気の毒なので、彼グレゴリーを着替えさせたいのです」


「あ、ああ! 確かにそうだな! 俺はアガット支店の支店長ジェラルド・カニャールだ。そこの奥の部屋を使って構わないぞ」


「ありがとうございます、ジェラルド支店長。ほら、グレゴリーさん、これ予備の革鎧と肌着、着替えて来ると良いですよ」


ロックが空間魔法を発動し、予備の革鎧と肌着を搬出すると、


緊縛を解かれ、自由になった社員達が「おおお!」と、どよめいた。


ぱっ!と現れたグレゴリーの革鎧と肌着はインパクト抜群だ。


ここで「し、失礼します……」といつもと違うか細い声で、

予備の革鎧と肌着を拾い上げ、グレゴリーが指定された部屋へ消えて行った。


一方、ロックは話を続ける。


「いかがですか? 王都からお持ちした商品等は、このように俺の空間魔法で収納してあります。そしてマティアス部長の手紙をお読みになったのなら、お分かりですよね。俺達、今朝の5時に王都を出発し、先ほどアガットへ到着したんです」


「えええ!!?? 確かに手紙にはそう書いてあったが、まだ1日経っていないぞ! もう着いたのかい??」


「はい、現にここに居ます。ご報告はまずそんなところですかね」


「というと?」


「ええ、グレゴリーの着替えが済んで戻って来たら、俺、アガットの衛兵隊本部へ行こうと思います。この強盗押し入りの件を報告しに行きますよ」

 

「わ、分かった! では俺も君と一緒に行こう! そして衛兵へ証言するから」


「ですか! そうして頂ければ助かります! でも人質となっていらして、お怪我は? そもそもお疲れではありませんか?」


「いやいや、散々脅されたり、殴られたりもした。だが縄を解いて貰い、すぐ確認をしたけれど、俺を含め、幸い全員が軽傷だ。それに君だけに行かせるわけにはいかない。支店長の俺も責任上、衛兵隊本部へ行くよ」


と言い、にっこりと笑ったのである。

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