第11話「分かりました! ロックさん、俺が奴らの気を引く囮《おとり》になります!」

少しでも役に立とう!と入れ込み過ぎるグレゴリーを、

何とか上手く抑えながら、街道を進んだロック……


結局、ふたりがアガットへ到着したのは、計算より約2時間後の午後7時少し前。

予定よりも更に休憩を多く取り、「グレゴリーには、絶対、無理をさせない」

というスタンスを貫いた結果である。


そして通常の商隊ならば、片道約6日を要するところをたった1日で到着。

運んで来た荷物も当然無事なので、プラスのインセンティブを受け取れるのは確実。


ただまもなく午後7時なので、

当然、日はとっくに没し、町は夜のとばりに包まれていた。


ここで、ロックは違和感を覚える。


平和なはずのアガットの町から……怒り、脅迫、暴力、殺意などなど、

混沌こんとんとしたおぞましい悪意の波動が、はっきりと伝わって来たのだ。

そして怯える恐怖を発する波動も感じた。


「あの、グレゴリーさん」


「何でしょうか?」


「いきなりですが、注意しましょう。アガットの町から、何か、ヤバい波動を感じます」


「ええ!? ヤバいって!? ほ、本当ですか?」


「はい、本当です。充分注意しながら、町へ入りましょう」


「りょ、了解です」


ロックの索敵能力は凄まじく、底知れない。


何故なら、論より証拠。


実際、ここまでの道中、数多の人間の賊ども、ゴブリンどもを事前に完璧に察知し、

あっさりと追い払っている。


それらをグレゴリーは、目の当たりにしていたからだ。


それゆえ、ロックの告げる事が噓偽りだとは思えない。


なので、ふたりは慎重に気を付けながら、恐る恐るアガットの正門へ接近。


しかし!


「おう、こんばんは! 元気な若者達! 歴史と食の町アガットへようこそ! 何? 冒険者ギルド所属、王都在住のクランステイゴールドだと? じゃあ、所属登録証で身元を確認させてくれよ」


という、たくましくいかつい正門の門番に、ふたりは怪訝な表情。


門番の様子を見ると、今、何かが起こっているという緊迫感は皆無だから。


「あのう……もしかして何か、事件やトラブルが起こっているんじゃありませんか?」


などと、いきなり、単刀直入に門番へ尋ねるわけにも行かず……


仕方なく、そのまま冒険者ギルドの所属登録証を提示し、門番がしっかりと確認後、

ロックとグレゴリーはあっさり無事にアガットの町へ入った。


実際、入ってみても……町は様々な夜の喧騒に包まれ、ヤバい雰囲気は皆無だ。


「ええっと……ロックさん」


「はい」


「アガットの町は何事も無いような平和さです。俺、ロックさんの索敵能力の凄さは分かっていますし、疑うわけじゃありませんが、万が一の勘違いじゃあないでしょうか?」


ただロックは険しい表情を解かない。


「いえ、グレゴリーさん、全然勘違いじゃありません。間違いなく100%、ある方角から気配が伝わって来ています」


「え? 間違いなく100%、ある方角からですか?」


「はい。悪しき気配が伝わって来るのは……手元にあるアガットの地図によれば……ルナール商会アガット支店の方角からです」


「ま、まさか! ロ、ロックさん! そ、それ! 支店内でトラブルが!? お、起きているとか! そ、それとも! ご、強盗!? い、いやまさか!?」


大いに興奮し、声がうわずるグレゴリーと対照的に、

クランリーダーのロックは極めて冷静沈着である。


「はい、社員同士、支店内の内輪のトラブルか、それとも外部からの侵入者などによる強盗なのか……その両方の可能性があります。とりあえず俺達が行って確かめましょう」


「で、でも! もしも強盗とかだったら! 俺達ふたりより、すぐに町の衛兵を呼んだ方が良くないでしょうか?」


「成る程。分かりました、一理あります。ただ支店内の内輪のトラブルなら、世間へ漏れ、おおごとにしたくないとルナール商会本店は言うでしょう。そうなると確認せずに衛兵へ通報した俺達の立場もいろいろと面倒ですし、リディさんにも迷惑をかけます。だから慎重に慎重を期して、まずは、こっそり接近し、そ~っと確認しましょう」


「りょ、了解です、ロックさん」


聞いていた支店の営業時間は、午前8時から午後6時。


この時間は、ルナール商会アガット支店が営業しているか、どうか、

微妙な時間であったが……とりあえずロックとグレゴリーは訪ねてみる事にした。


地図と波動を頼りに、そ~っと支店へ行ってみると、

支店社屋の魔導灯はまだともっていて、社員が残っていると見受けられる。


しかし!

近付いて『不穏な気配』をより一層強く、ロックは感じ取っていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


こっそり接近し、そ~っと確認すると、ロックは告げたが……


魔導灯がまだともる社屋から、約100mまで近付けば、

ロックの卓越した索敵能力は、アガット支店社屋内の様子を、

まるで手に取るように、はっきりとらえてしまった。


「……むう、残念ですが、やはり強盗ですね」


眉間にしわを寄せ、しれっと言うロックに、グレゴリーは驚き、


「ご、ご、強盗!!??」


と小さく叫んだ。


対して落ち着き払ったロックは、立てた人差し指を唇へあてる。


「し~っ、グレゴリーさん、静かに」


「うぐ、す、すみません」


「……成る程。賊は全員が人間族で人数は5名。幸い、攻撃魔法、または弓矢などのを飛び道具を使う者は居ません。賊どもは刃物と暴力で社員さん達を脅迫し、全ての現金と貴重品を要求しています。そして社員さん達は全員、緊縛され、抵抗出来ないよう拘束されていますね」


「す、凄い! ロ、ロックさんには、そ、そこまで分かりますか?」


「はい、接近すればするほど詳しい情報が波動となり、俺の心の中へ流れて来ます」


「そ、そんな感じで分かるのですか!? と、とんでもない索敵能力ですね。で、ど、どうします?」


「う~ん。悩みどころですね。全ての状況をかんがみて、考えてみます。申し訳ありませんが10秒だけ時間をください」


「じゅ、10秒だけ!?」


再び驚くグレゴリーを尻目に、ロックはじっと考え込む。


しかし10秒経つと、小さく頷く。


「……はい、お待たせしました、結論が出ました。本来、伝令の役目は、快足持ちのグレゴリーさんの方が適任ですし、俺は足が遅いんでいかがなものか、なのですが、まずは内情を知る俺がアガットの衛兵隊本部へ走り、状況を簡潔明瞭に説明し、応援を連れて来ます」


「え、衛兵隊へ報せるのですね?」


「はい、その間、グレゴリーさんは状況が変わらないか、この位置から良く見張っていてください」


「わ、分かりました。で、その後は?」


「俺達と応援の衛兵隊全員で、この支店を取り囲み、侵入した賊どもへ、抵抗は無駄で、逃げ場は無い、人質の社員さん達を解放し、投降するよう、呼びかけます。あくまでも社員さん達の命と安全が第一。その後は衛兵隊と相談しながら、状況に応じて対処、という感じでしょうか」


「な、成る程。さすがです、そこまでまとめましたか」


「いえ、これでも凄くおおまかですよ。じゃあ、行きます」


「ロックさん、出来るだけ早く戻って来てくださいね。社員の方々が心配ですから」


「了解です」


とロックが手を振り、

地図を見ながら、アガット衛兵隊本部へ走ろうとした、その時!


「!!!!!????」


ロックがハッとしたように、びくっ!と身体を震わせ、急に歩みを止めた。


「ど、どうしました!? ロックさん! な、何かありましたか!?」


そんなグレゴリーの問いに対し、ロックはひと言。


「ま、まずい!」


「え? まずいとは?」


「ええ、縛られながらも、要求は一切飲めない、金や貴重品は絶対に渡せないと拒む社員さん達へ、遂に犯人のひとりが激高。他の賊もやっちまえ!と全員が同意し、社員さんのひとりを見せしめに殺すと言い、剣を抜き、迫っています」


「ええええ!!?? そ、それはヤバいですよ! ロックさん!」


「ええ、もう猶予が無く、マジでヤバいです。どうにか、すぐ奴らの気を引いて、行動を止め、その隙に俺が魔法射撃で対処出来れば」


「そ、そうですか……」


考え込むグレゴリーだったが……意を決したように、


「分かりました! ロックさん、俺が奴らの気を引くおとりになります!」


「え? グレゴリーさんが?」


「はい、見たところ、近くに衛兵は居ませんし、かといって、一般人へ囮をお願いし、巻き込むわけにはいきません。だからここで囮になれるのは俺しか居ないでしょう? 第一、ぐずぐずしている暇はないです!」


ときっぱり言い切った。


おお、と驚くロックであるが、すぐに気を取り直し、


「了解です。じゃあ、こう言って注意を引いてください」


そう言ったロックは、グレゴリーへ、耳打ちした。


うんうんと頷いたグレゴリーは、


「わ、分かりました。じゃ、じゃあ、行きますね。その後の対処、お願いします」


と言い残し、


たたたたっと、支店の扉前に走り、


どんどんどん!と、強くノックをしたのである。

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