第9話「グレゴリーさん、落ち着いて! 目を離さず、そのまま奴らを見ていてください」

予定通り、午前5時に王都サフィールの正門を出発したロックとグレゴリー。


目の前には南への街道、アガットへの道が延びていた。


この道をずっと南下し、アガットへと赴く。


明け方から分かっていたが、天気は快晴になりそうだ。

改めて見上げても、大空には雲ひとつない。


いよいよクランステイゴールドとしての仕事の開始である。


今回の依頼に備え、ギルドの闘技場も含めた王都市内とその周囲で、

まっすぐ進め、速度徐々にアップ、速度急ぎアップ、全速力で進め、

速度徐々にダウン、即座に止まれ、一時停止、バック、左右へ移動、静かに待機、

等々の合図も決めて、これでもかというくらい散々、訓練を実施。


丁寧にこまめな反復練習をし、ふたりの息はぴったり合うようにはなったが……

グレゴリーの方向音痴はそう簡単には修正出来ず、

地図無しやロックの指示無しでは、やはり迷ってしまった。


という事で、道中は地図の携帯とロックの指示が必要不可欠となる。

不安そうなグレゴリーの為に、ロックは最大級のサポートをしなければならない。


300㎞もの移動は故郷の村を出た時以来だというグレゴリー。

その際は道に迷いに迷って、挙句の果てに死にかけた!

というとんでもない黒歴史がある。


以来、長旅は彼の大きなトラウマとなっており、

それが今回、前職クランをリリースされた原因のひとつにもなっていた。


だから自分の背に乗り、逐一指示を出してくれるロックが大いに頼りである。


正門からしばし歩いた場所で、周囲を確認後、走行の準備をする。


王都とその近郊で、何回も練習した魔導しょいこでの移動。

もう手慣れたものである。


まずは空間魔法で魔導しょいこを搬出。

次にグレゴリーの背へ装着。

ロックがグレゴリーへおぶさり、自身の身体をハーネスで固定する。


これで、いよいよ出発。


たっ、たっ、たっ、と、最初はゆっくり走りつつ、顔をこわばらせながら、

申し訳なさそうにグレゴリーが話しかけて来る。


「ロックさん、やはり俺、方向音痴が出ないか心配です。フォローの方、何卒何卒、宜しくお願い致します」


対して、ロックは快諾。


「了解です、グレゴリーさん。あまりくよくよせず、俺を信じて頼りにしてください。とりあえずこの街道を真っすぐ、道なりで進んでくださいね。速度はグレゴリーさんの巡航速度時速30㎞でお願いします」


「ま、真っすぐ! み、道なりで! じ、時速30㎞! わ、分かりましたあ!」


小さく頷いたグレゴリーは、時速30㎞へ速度を上げる。


先述したが、今回の依頼にあたり、ロックは数多の地図を購入した。

そしてグレゴリーも元々、方向音痴が原因で、

不安から地図を買いまくり、コレクターとも言えそうな地図マニアである。


王都サフィールからアガットへ至るまで、

今回の走路に関係ある自分の持つ地図だけでなく、

グレゴリーの持つ地図も含め、ロックは全ての地図を隅から隅まで目を通していた。


またロックは生来の凝り性なので、ベースとなる一枚の大地図へ、

他の地図に記載されている必要な情報を丁寧に書き込んでもおいた。


例えば、その地域の強盗、おいはぎ等の犯罪発生率的に基づく危険度、

人間を襲う魔物や肉食獣の種類及び生息数、出現頻度。

またはキャンプ可能な休憩地点、街道沿いの各店舗、

あるいはその地の名産品などなど多岐にわたった。


改めて言えば、ロックは記憶力も抜群に良い。


基本的に1回読めば記憶出来るが、今回は特に念の為、

書き込みいっぱいの地図を何度も何度も何度も何度も繰り返して読み返し、

その全てを頭へ叩き込んだ。


結果、何も見ずとも、記憶を呼び覚まし、

王都からアガットへ難なく行く事が可能だ。


「了解です、グレゴリーさん。あまりくよくよせず、俺を信じて頼りにしてください」という力強い言葉は、そのこまめで地道な作業の賜物たまものであった。


当然、慢心はせず、何かあれば、ロックはすぐ地図を参照し、

間違いの無いよう確認をするつもり。


そして、これも何度も先述しているが、

ロックは勘が良いというか、良すぎるくらいだ。


加えて、魔法使い特有の力ともいえる、

人間の心の波動は勿論、動物、魔物の出す波動を察知する能力にも長けていた。


遠く離れていても、その所在、気配を確認する事――索敵のスキルを、

行使する事が可能なのである。


そんな素晴らしい能力を秘めながら、

何かにつけ、鈍足、半端者と散々、蔑まれ、全く期待をされていなかった。


なので、クランリーダー以下、クランラパスのメンバーが、

ロックの隠された素晴らしい能力を知る事は遂に無かったのだ。


さてさて!

ロックは突如、走るグレゴリーの肩を軽く叩き、徐々に速度を落とす合図を送った。


ゆっくり減速するグレゴリー。


充分に速度を落とすと、ロックが話しかける。


「ええっと、グレゴリーさん。約300m先に人間の気配が複数あります。結構な殺気を感じますから、強盗か、追はぎ等の賊だと思われます」


「ほ、本当ですか!? ロックさん! 練習の時も索敵スキルが凄いとは思いましたが、更に、こんなに遠くからも分かるのですか!?」


「はい、分かりますよ」


「おお! す、凄いです! ロックさんの索敵探知能力は、一流レベルのシーフ職顔負けですよ!」


「ありがとうございます! 褒めて頂き、嬉しいです! クランメンバーの誰からも鈍足で体力無しのお前は、絶対にでしゃばるな! 決して余計な事を言うな! と言われていましたが、実は俺、冒険者となってから、日々悔しい思いをしている内、急激に索敵スキルが上達し、今では1㎞先の気配をつかめるんです」


冒険者となり、悔しい日々に耐えつつ、急激に上達した索敵スキル。


今では1㎞先の気配をつかめる!


ロックの鈍足さは、とんでもなく致命的欠点なのだが……

クランメンバーには知られていなかった、

この索敵探知能力を有するならば充分にお釣りが来る。


であれば!

ロックにはシーフ職の素晴らしい資質がありありという事。


つまり、リリースされた際、クランラパスのリーダーが真っ向から否定した事を、

ロックは180度、完全にくつがえしたのだ。


更にロックは言う。


「そして300mなら俺の風弾の射程距離500m圏内ですので、現在位置から魔法杖射撃で威嚇し、こいつらを追い払います」


「りょ、了解です!」


そう!

リディが言った通り、リリースされた事から風弾の魔法杖射撃を極め、

加えてグレゴリーとの運命的な出会いが、

ロックの『化学反応』を間違いなく確実に起こしていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


襲撃者の存在をキャッチしたロックは、グレゴリーへ一時停止の合図を出し、

口頭でも告げる。


「グレゴリーさん、一旦止まりましょうか」


「は、はい」


という事で、グレゴリーは一旦停止。

街道上に立ち止まった。


更にロックは言う。


「これ、先日王都で購入した500m先まではっきり見える魔導望遠鏡ですが、300m前方を見て貰えますか?」


ロックは、腰に差した魔導望遠鏡をグレゴリーへ渡した。


魔導望遠鏡を受け取り、構えたグレゴリーは、


「は、はい! ……あ! か、街道上に10人くらいの人間が見えます! な、何か、待ち伏せしているみたいです!」


と興奮気味にしゃべった。


「そいつらですね、賊は。先に襲って来たら、正当防衛で容赦なく倒しますが、こちらが先に気付いたので追い払いますね。奴らの手前、10mの地点に風弾を着弾させます。驚いて逃げると思いますので、そのまま見ていてください」


望遠鏡を覗いたまま、ロックの指示を聞き、


「は、はいっ!」


とグレゴリーは返事をした。


ロックはグレゴリーの背におぶさったまま、風弾の魔法杖を構える。


「カウントダウンしますよ。5,4,3,2,1,撃ちます!」


ロックが言い切った瞬間!


ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ! 


5発の風弾、重い空気の塊が魔法杖から撃ち出された。


すぐ近くで大気を切り裂く音を聞き、望遠鏡を顔にあてたまま、

グレゴリーは悲鳴をあげる。


「わあ!」


「グレゴリーさん、落ち着いて! 目を離さず、そのまま奴らを見ていてください」


「は、はいい~! あ、ああ! 奴らの手前に土煙が! 狙いと寸分違わず、風弾が着弾したようですっ! ああ! お、驚いて逃げて行きますっ!!」


「よし! 次、行きます! 5,4,3,2,1,撃ちます!」


ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ!


「おお! お見事っ! 今度は奴らが逃げる背後に着弾しましたっ!」


「よし! とどめの念押し行きます! 撃ちますよ!」


ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ!


「ああ! さすがです! また奴らが逃げる背後へ正確に着弾しましたっ! 奴ら、ひどく怯えて遠くへ逃げて行きますっ! まるで追い立てられるようにっ!」


「よし! これで奴らはびびって、当分、街道には近付かない。俺がわざと外しているのが分かったでしょうから」


「はいっ!」


「と、いう事で、奴らが戻らないうちに、アガットへ進むのを再開しましょう」


「了解ですっ!」


待ち伏せしていた賊どもを呆気なく一蹴。


ロックとグレゴリーは再び街道を進み始めたのである。

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